祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

文字の大きさ
30 / 31
第三章 人

三十話

しおりを挟む
「本当に行くのか?零」

 青色の肌を持つ大男の肩に座った少女が、たんぽぽを風に乗せながら尋ねる。
 聞かれた大男は、少しだけ名残惜しそうな表情を見せてから、足元にあった少女の体躯ぐらいはありそうな岩をいじけたように投げると、

「我ら鬼にもメンツというものがあるからな」

 と短く答えた。
 辺りの木々が風でわさわさと揺れるのに合わせて、少女もぶらぶらと足を揺らす。
 互いにもっと言いたいことがあるはずなのに、それを言ってしまったらお互いの何かが揺らいでしまいそうで、互いに何も言わないまま風の音だけが辺りを支配する。
 それでも少女は鬼の肩からすとんと降りると、高い位置で束ねた髪を翻しながら、

「ま、悪さを止める気になったらいつでも来なよ。また遊ぼうじゃないか」

 と言って笑った。


 一瞬で木の葉のように吹き飛ばされてしまうかと思ったが、意外にもあなたの体は巨大な鉄拳を受け止めていた。
 腕で受け止めているのにも関わらず全身が軋み、足元の地面が有り得ないほどに凹んでいる状態を受け止めていると呼べるのかは疑問であるが。
 頭の先から足元へと突き抜ける衝撃の波が、あなたの体に力を抜けと囁いてくるのを無視するのに必死で、いま自分がどうなっているのかさえ分からない。
 一秒か。十秒か。あるいは既に数分経っているのか。
 あなたの意識が正に消え入ってしまいそうになったその瞬間、あなたは隣にはっきりと誰かの気配を感じて首を傾ける。
 そっとあなたの右手に添えられるように重ねられた手は、やたら白くて、細くて、そして力強くて。
 微笑みを湛えたその横顔は、見たことが無いはずなのに、何故だかどこか懐かしく感じて。

「後継人様ぁーっ!」

 虚ろだったあなたの意識が、聞き慣れた声の叫びで一気に覚醒した。
 ぐっと力を込めた右手が、まるで自分の物ではないかのような力を帯びていくのが分かる。
 そんなあなたを見て、隣に立っていた少女、祖母がしわしわの笑顔をあなたへむけながら、

「もう大丈夫そうだね。じゃ、頑張りなよ」

 と言うと、あなたの手に重ねていた手を離すと、そのままあなたの背中を押した。

「ぬぅっ」

 その勢いがあなたの右手から巨大な拳へと伝わり押し返すと、そのままの勢いで大青鬼の巨体がずしんと尻餅をついた。
 それによって起きた振動で街全体が大きく揺れ、限界まで力を出し切ったあなたの体が膝から崩れ落ちる。
 振動に耐えきれずに倒れているのは周りの鬼達も同じことだったが、あなたには周りの鬼達のように起き上がる力など残っておらず、膝を折った体勢のまま顔だけはなんとか大青鬼の方へ向けた。
 あくまで押し返しただけなので、満身創痍なあなたと違って大青鬼はすぐに立ち上がると、ぶんぶんと頭を振ってからあなたの前に再び立ちはだかった。
 先程の狐と全く同じ状態になっている自分の姿に、あなたは苦笑を浮かべる。やはり祖母の様にはなれないという事だろうか。
 完全に諦めムードで下を向いていたあなたの視界に、二つの影が映り込む。
 並んで立った二つの影は、あなたを守るように両手を広げながらあなたと大青鬼の間を動こうとしない。
 恐怖に揺れる黒髪と迷いに揺れる白髪のコントラストが美しくて、あなたは自分の置かれている状況を忘れてしばし魅入ってしまった。
 守ろうとしていた相手と、守ろうと決めた相手の二人に逆に守られているというのは相変わらず情けない格好だが、今のあなたにはそれを拒む力さえない。
 そんな小さな乱入者を見て大青鬼が、

「く、くく……」

 と小さく笑みを作ってから、

「がーっはっは。まいったまいった」

 空気が揺れるほどに大笑いをしてから、その場で胡座を掻いた。
 面食らうあなた達に、大青鬼は笑みを含んだ顔のまま、

「勝負はワシの負けだ。安心しろ、今度こそは約束を守ろう」

そう言って握り拳を作るとあなたの手を見た。
 拳を受け止めるためにあなたが付き出した手は、確か五本指に開かれていた。
 この状況を見ればどう考えてもあなたが勝ったとは到底思えないが、本人が負けたと言い張るのならば反論する必要もないだろう。
 警戒を解いて地面に手ではなく尻を付けたあなたに、大青鬼は握った拳をそのまま地に立てて頭を下げると、

「煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わん。だが、こいつらのことは許してやって欲しい」

そう願いでた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...