童話のような魔法は無いけれど

ハナミツキ

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「まったく、いつまで掛かっているんだい!」

 厳しい罵倒。
 振り降ろされる手の平。
 視界の端でくすくすと笑う義妹。
 いつもと変わらない、光景。

「……申し訳ありません、お母様」

 大人が行えばそうも時間が掛からないであろう水汲みを、わざわざ私にさせた上で叱りつけているこの状況。
 文句の一つでも言いたくなる感情さえも空しくて、私は何も言わず謝罪の意味で小さく頭だけを下げる。

「あはは、お姉さまったら相変わらずどんくさいのね」

 嘲笑の視線を向けながら私の事を見下ろす義妹。
 煌びやかな服で着飾ったその姿と私の姿を見比べて、私たちが姉妹だと思う人はまずいないだろう。

「……」

 ここで表情を露わにするのは逆効果。
 これも今までの生活で得た嫌な経験則だ。
 私は顔を上げぬまま、次の反応を待つ。

「……ふん、次も謝れば済むなんて、思うんじゃないよ」

 どうやら今日は運がよかったらしい。
 皮肉を一言加えただけで、それ以上何かされることもなく二人は屋敷の方へと引っ込んで行った。

(急いで、運ばなきゃ……)

 気分屋の義母の機嫌はいつ変わるか分からない。
 おまけにさっき謝れば済むなんて思うなと言われたばかりだ、次はどんな理不尽な目にあわれるか分かったもんじゃないだろう。
 
(……つめ、たい)

 この時期の洗濯はとても辛い。
 容赦なく指先を襲う冷たさに力がどんどん奪われて、そのせいで作業の手もどんどん遅くなる負の連鎖が生み出されていく。

「あら、まだ洗い物をしているの? お姉さま」

 それでもなんとか作業を続けていた私の頭上に小さく影が掛かる。
 手は止めずに少しだけ見上げてみると、見たくもない顔がそこにはあった。

(……自分は一度もしたことなんて、ないくせに)

 当然口には出さないし、表情にも消して出してなどいない。
 はずなのだが。

「何? 何か文句でもあるわけ?」

 そんなことなどお構いなく因縁を付けてくるところも、義母そっくりにならずともいいものを。

「……お母様! お姉さまがお洗濯をサボっているわ!」

「……っ」

 義妹の大声から少し間をおいて、どたどたと騒がしい足音が聞こえてくる。
 今日は少しだけ運がいい日だと思っていたのだが。
 そうやらそんなことなどまったくなかったらしい。

(……はぁ)

 私は火に油を注がぬよう、慎重に、小さく溜息を吐いた。

(……疲れた)

 結局昼過ぎまでズレこんでしまった洗濯を終え、私はやっと一息つく。
 私は自分の寝床、馬小屋の隣に建てられた少し大きめの用具入れで壁に背を付けた。

(童話の主人公たちは、こういう時何を生きる希望にしていたのだろう)

 お母様がまだ元気だったころ、よく読み聞かせてもらっていた話がある。
 虐げられていた少女が王子様に見初められ、幸せになる……そんな、よくある物語。
 私はその話が大好きで。
 流石に物語と現実がかけ離れていることを理解できない年齢ではなくなってしまったけれど、ほんの小さな希望にはなってくれている

(少しだけ、寝ようかな……)

 確か今日は午後から王宮で舞踏会があると、義妹が自慢げに話していたはず。
 いつ帰ってくるか分からない以上、どれだけ寝れるかもわからないが。
 私は周囲の音に一応気を使いつつ、ゆっくろと目を閉じた。
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