童話のような魔法は無いけれど

ハナミツキ

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(……?)

 それから程なくして。
 何やら気配が近づいてくるのを感じて、私はゆっくり身を起こす。
 馬車のものにしては随分と乱れた、小さめの足音。
 様子を覗うために外へ出ようと立ち上がった私の目の前で、荒々しく用具入れの扉が開いた。

「……っ!?」

 ボロボロの外套を羽織ったその人物は、私の顔を見て驚いた表情を浮かべる。
 私の顔を見て、というよりはこんな場所に人が入っていたことに対して驚いたのだろうが。

「くっ……」

 どうしたものかと立ち往生している男性の背後で、続けて慌ただしい足音が聞こえてきた。
 相当焦っている所を見るに、何者かに追われでもしているのかもしれない。

「……こっち」

 なぜ出会ったばかりの相手にそうしようと思ったのか、自分でも分からないが。
 気づけば私はその人を、藁布団の下へと匿っていた。
 強いて理由としてあげれることがあるとすれば、少なくとも悪い人には見えなかったことくらいだろうか。
 どたどたと重い足音が通り過ぎ、一拍置いて戻ってくる。
 それから一拍もオカズ、先程よりも荒々しく扉が開け放たれる。

(……兵士だ)

 はぁはぁと肩で息をしながらこちらを見下ろす大男は、やはり人がいることが想定外だったのか少し意外そうな表情をしつつ、

「おい娘、ここにこのくらいの背丈の人物が通りかからなかったか?」

 開口一番そう言うと、ちょうど先程匿った男性の背丈の辺りを身振り手振りで表した。

「……」

 私はその質問に答えぬまま、無言で男を見つめ返す。
 そんな私の様子を男はしばらく睨むように見ていたが、やがて埒があかないと判断したのか踵を返して去っていった。
 この姿で物を言わずに見つめ返されれば、言葉を話せないと判断するのは当然のことで。
 みすぼらしい外見も稀には役に立つものだ。

「……助かった、感謝する」

 完全に気配が去ったのを確認してから、隠れていた男の人が立ち上がる。
 出で立ちは私とそう変わらないのに、なぜだか妙なオーラを感じる立ち姿。
 追われていたところを見るに、どこかから落ちのびてきた元貴族なのかもしれない。

(私もこんな風に、逃げ出せてしまえれば……)

 分かっている。
 逃げ出そうと思えば逃げ出せることなんて。
 そしてそれが何の解決にもならないことを。
 
「気づいて戻ってくるかもしれない、早く行かないと……」

 男の人は誰に言うでもなく小さくつぶやくと、扉を少しだけ開けて辺りを覗い始めた。

「……あの」

「む?」

 久々に会えた家族以外の人間に、よほど心が飢えていたのか。
 私はぼさぼさの長い髪の中から出来るだけ状態のよさそうな一本を引き抜くと、端と端を重ねて作った円にふっと息を吹きかけた。

「これは……」

 私の行動に少し驚いた表情を見せた男の人だったが、やがてその表情が関心のような感情の混ざったものに変わる。
 支えを失っても形を保ったまま、淡い光を放つ髪の毛だったもの。これは持っている人を災いから守る、魔法のおまじないの一種だ。
 ずっと、お母様以外には見せず、また見せぬよう言われてきた秘密だったが。
 恐らく二度と会うことなどない相手だからだろうか、頭で考えるよりも体が動いてしまった。

「……それ、あなたを、守ります」
 
 人に話かけること自体が久々で、上手く話せない。
 それでもその人は私からの贈り物を躊躇なく受け取ると、

「ありがとう。この礼は、必ず」

 それだけ言って懐へしまった。

(……変わった人)

 普通、こんな力を見たら他にもっと反応があるはずだろうに。
 まぁ、なぜか受け入れてくれる確信があったからこそ私も見せたのだが。

「……」

 私が返事の代わりにぺこりと頭を下げると、それを合図に足音が遠ざかっていく。

(……多分もう会うことは、ないだろうけど)

 それでも、名前くらいは聞いておいてもよかったかもしれない。
 なんてことを考えていると、遠くからまた慌ただしい足音が聞こえてきた。

 
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