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第1章
ランスとアニキ
しおりを挟む人形工房でのクロエの一日は、朝起きたらイザークと自分の朝食準備、工房掃除、居住スペース掃除、洗濯、工房の雑用、三人分の昼食準備、日用品、食品の買出し、工房の雑用、二人分の夕食の準備。割とハードな1日だ。
週に1度休みはあるが、家事に休日など無い。クロエにとっては学園に入る前と大差ない生活なので特に文句も言わず仕事をしていた。
「クロエって働き者だよな」
「え? 何が?」
ここへ来てひと月程経った、ある日の昼食の準備中、食卓の椅子に座ったランスは唐突にそんな事を言う。
「だからさ、若いのに働き者だなって思って。家事は絶対手を抜かないし、工房の手伝いだってオレには任せて貰えない作業もやってるだろ。休む暇無くても文句も言わないなんてスゲーよ。あ、アニキが嫁に欲しいって言ってたぜ」
「あなたに若いって言われたく無いわね。ん? アニキって、グレンさんの事言ってる? 待って、彼29歳でしょ? うちの父さんと年が変わらないじゃないの。あり得ないわね」
「何で? そこそこ稼いでるし、顔も悪くないだろ? 体はでっかくて頼りがいあるし、近所の女の人には人気あるぜ? 年の差はあるかもだけどさ、クロエの父ちゃんて何歳なんだ?」
「33よ。自分の4つ下の息子なんて、あり得ないでしょ」
納得したのかそれ以降食い下がっては来なかった。ランスにとってグレンは育ての親のような存在らしい。
ランスは捨て子だ。人通りの殆ど無い路地裏で母親にここで待っててと言われ、ただじっと迎えを待っていた。グレンがたまたま通りかかり、3才のランスに声を掛けると
「ママがここにいてってゆった」
と答え、頑としてそこを動こうとしなかった。
次の日も、その次の日もランスはそこに居て衰弱し寒さに震えていた。通りかかる度にパンを一つ渡していたが
「ママにあげるの」
と、大事に抱えて放さなかった。
「お前のママはもう来ない。俺と一緒に来い。あったかい飯食わせてやる」
そう言ってランスを抱き上げて連れ帰り、そのまま引き取って今も一緒に生活している。
この話は荷物を届けに来たグレンに、ランスとはどんな関係なの? と何気なく聞いて知ってしまったのだが、当のランスは忘れてしまっているらしい。
連れ帰った翌日から高熱が出て三日間熱が下がらず、回復した頃には自分の名前すら覚えていなかったそうだ。ランスという名は亡くなったグレンの弟のものだ。だからアニキと呼ばせているとグレンは言っていた。
そのグレンは荷運びを生業としていて、この工房からも仕事の依頼を受ける。その伝手でランスは小間使いをしているのだ。10歳にならなければ正式に雇う事は出来ないので、お小遣い稼ぎのような物だ。
その日の昼食後、噂のグレンが荷物を持ってやって来た。
「アニキ! クロエの父ちゃんまだ33だって! だからアニキの嫁にはなれないって!」
グレンの顔を見るなり報告すると、頭にゲンコツが降ってきた。
イザークは食後の紅茶を飲んでいたが、それをいつもの事だと気に留める様子も無い。
「え、ちょっと大丈夫ランス?」
あまりにも良い音がしたので心配になる。
「お前な、そんなの家で報告しろよ。つーか、お前何喋ってんだよ間接的に俺がクロエに振られた事になるだろうがっ。この馬鹿!」
ゴチン
もう一発お見舞いされたランスは涙目で訴える。
「だってクロエを見てたら昨日アニキが言ってた通りだなって思って、つい口から出ちゃったんだよー」
「お前! もう喋るな!」
紅茶を飲み終えたイザークは、グレンに近づき止めを刺す。
「諦めるんだな」
グレンの手から荷物を受け取り、工房へ行ってしまった。
グレンはクロエを見て言い訳する。
「違うから。ほらアレだ、クロエは良い娘だなって話をしただけで、本気で嫁にとかは、な? 働き者で嫁に欲しいくらい良い娘だって思っただけだから! そりゃ来てくれたら嬉しいけど、さすがに無いのわかってるから!」
ドサクサに紛れて本音をポロリしてグレンは勝手口から出て行った。
「えーっと……ランス、頭痛く無い? ちょっと触るわね」
クロエは魔法学園で習得した治癒魔法より弱い、癒しの魔法を使い痛みを和らげた。
「あれ? 痛く無くなったぞ。何かしたのか?」
「ふふ、ちょっとした、おまじないよ。痛いの痛いの飛んで行けーみたいなね」
「それって本当に効くんだな! スゲーな!」
クロエはランスが可愛くて仕方なかった。自分にもこんな弟が居たら良かったのにと思っている。ランスの目はクロエと同じ深い海の色。自分と同じ目を持つ少年をことさら可愛がった。
食器を片付け、買い物へ出る。今日はたくさん買いたいのでランスに荷物持ちを頼んだ。体は小さいけれど、重い荷物を頑張って運んでくれるのだ。
「ねぇランス、明日の昼食は何が食べたい? イザーク様は絶対にリクエストしてくれないの。だから何を作るか迷ってしまうのよね」
「でも、イザーク様はクロエの作ったものなら何だって美味しそうに食べるだろ。何でも良いんじゃないか? そう言えば前はおかわりなんかしたこと無いんだぜ? 確かにどれも美味いもんな。あ、オレ、最初に作ってくれたパスタが良い」
「ミートソースの?」
そう言えば、最初の一度きりで作っていなかった。殺人現場のようだった台所を思い出して、思わず笑う。
「何笑ってんだ? ほら、肉屋に着いたぜ」
ミートソースが好きだから、たくさん作り置きして貰ったのかもしれないわね。
「おじさん、牛引き肉600グラムと鶏もも4枚、鶏むね2枚、豚500グラムください」
「あいよっ」
肉屋の次は八百屋、粉屋、香辛料の店を回り、小さな子供と女の子では少々無理な量を買い込んだ。
「あら? クロエじゃない? どうしてこんな所にあなたが居るの?」
後ろから声を掛けて来たのは鍛冶屋の親方の奥さんだった。
「あ、奥さん、お久しぶりです。親方はその後どうですか? 忙しくてお見舞いにも行けなくて、すみません」
「そうそう、ダンならもう前より元気になっちゃって、バリバリ仕事してるわよ。クロエのお陰ね、まだお礼を言って無かったわね。ダンの命を救ってくれて、本当に感謝してるわ、ありがとう」
「いえ、無事間に合って良かったです。親方には、時間が出来たら会いに行くと伝えて下さい」
「分かったわ。それじゃ、またね」
鍛冶屋の奥さんの質問には答えず、クロエは逃げるように家路に着いた。
勝手口から中に入ると、私の部屋のドアが開いている。室内には見覚えの無い大きな木箱が入れられていた。急いで食品庫に買って来た物を詰め、自室に入りドアを閉めた。
木箱には送り状が貼り付けられていた。アリアの実家の商会経由で魔法省魔道具研究所から私へ向けて送られて来たらしい。
アリアが送って来てくれたのね。すごく大きな荷物だわ。しかもわざわざ綺麗な化粧箱なんかに入れて特殊な鍵までついている。鍵の解除は先に登録した魔力を注げばOKなのよ。これは私が作ってテストした鍵なのだから当然開けられる。カチャと小さな音がして開錠された事がわかる。
「何を送ってくれたのかしら?」
クロエはガバッと蓋を開け、そしてすぐに閉じた。
「何で、何でこんな物送ってきたのよアリア!」
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