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第2章
嫉妬
しおりを挟む「イザーク様、おはようございます。朝食の用意が出来ましたよ。起きて顔を洗って下さい」
クロエの声に反応し、いつもの文句を言いながら頭から毛布を被った。
「クロエ、もう少し寝かせてくれ、あと10分……」
「わかりました。今朝は出来上がった人形の引き取りに男爵様ご本人がいらっしゃる予定ですが、では私が対応しておきますね。昨夜は徹夜で仕上げていましたもの、お疲れでしょう。失礼の無いように気をつけますからイザーク様は休んでいて下さい」
「ああ……忘れていた。あの男が来るのだったな」
イザークはもそりと毛布から抜け出し着替えると、階下の台所へ向う。階段を下りる途中から、パンの焼ける良い匂いがする。最近のクロエは自分でパンを焼くようになった。あれからなるべく外に出ない生活をしている。買い物はランスに頼み、工房でも客に姿を見せないように注意している。突然痩せたクロエを見たら誰だって変に思うだろう。
クロエは父エドモンドにも体を無くしたことを話していない。久しぶりに会い今の姿を見て驚く父にはアリアの魔道具で痩せたのだと言って誤魔化した。そしてレオやカール、フランツにはまだ顔すら見せていない。ダミヤンの襲撃事件の事は外部に漏らさず、イザーク、サラ、アリアには口止めをした。ダミヤンがレオの後をつけて来た事は彼の足取りを調べれは明白だった。今まで通りの関係を壊したくないクロエはレオに責任を感じさせたくは無かった。
「おはよう、良い匂いだな」
「あれ? 寝ていたんじゃなかったのですか? ふふ、お腹が空いて寝られなかったのですね。これを食べたら今日は休んで下さい。急ぎの注文は無かったですから、接客は私がします」
「駄目だ、店には俺が出る。まだ1ヶ月しか経っていないのに、その姿は不自然過ぎる」
「でも、アリアのダイエット器具は効果絶大だと評判ですよ? 1ヶ月毎日頑張ればこの位は痩せますよ……多分……」
「駄目と言ったら駄目だ。もう少し外に出るのは我慢しろ」
イザークのこれは慎重故なのか、ただ過保護なのか、元々のクロエにもそうだったがとにかく甘い。男女の仲でこそ無かったが、二人の生活は夫婦に近いものがあった。互いを思いやり尊重し合う良い関係を築いていた。イザークはダミヤンの襲撃があったあの日、以前から注文してあった彼女のぷっくりした愛らしい指に合わせた物を、胸ポケットに忍ばせて帰っていた。渡す事は叶わなかったが。
「イザーク様、どうしたのですか? 朝食、別の物が良かったですか?」
席についてから黙って料理を見つめるばかりで一向に手を付けないイザークに声をかける。寂しげな表情でクロエを見て、首を振った。
「いや、早く済まさねば客がきてしまうな」
楽しかった食事の席は、もう戻って来ないのだと実感する。クロエはお腹が空かず、味見をしても味がわからないと言う。それでも彼女の作る料理は相変わらずどれも美味しい。
「クロエー、おはよー」
「ランス、今日は随分早いわね。朝食は済んだの? まだ少し残っているけど、食べる?」
「へへ、それが目当てだったんだ~。今朝は朝食抜きだったんだよね」
「また何かやらかしたのか?」
「別に何にもしてないし。アニキが今口説いてる女の人とクロエを比べて、ちょっと口が滑っただけなのに、すっげー怒られた」
「お前は余計なことを言うから悪いんだ。女性を比べるものでは無い」
ランスはムスッとしながら席に着き、パンを頬張る。余程気に入らない相手なのだろう。
「クロエはまだアニキに顔を見せないのか? 声だけで顔を見せてもらえないって拗ねてたぜ」
チラリとイザークを見れば、何故か不機嫌そうだ。
「お前は、一週間寝込んで久しぶりにここへ来た時、彼女を見てどう思った?」
「ちょっと見ない間にすっごく綺麗になったなって」
「急に痩せて、おかしいとは思わなかったのか?」
「別に。だってダイエットしてるの知ってたし、あの凄い道具も見たことあるし、こーゆーもんなのかなって思ったよ」
「皆がそう思うとは限らない。せめて不自然でない期間は人目に付かないほうが良いのだ。だから、その軽い口で余計な事を口走るなよ」
凄みを利かせランスに改めて口止めする。この調子ではどこかで喋っていそうだ。
午前中に家事をすべて済ませ、午後からは工房の手伝いをするのが日課となっていた。買い物に出られない分、作業できる時間がたくさん増えた。それはつまり、イザークと一緒にいる時間が増えたという事。クロエは嬉しくて常に口角が上がっている。ひと月で顔の表情は豊かになった。まだ赤面したり涙が出たりはしないが、自然と感情が表にでるようになったのだ。
「イザーク! 会いたかったわ。家庭教師をたくさん付けられて、中々外に出してもらえなかったの。ねぇ、今度一緒に出かけましょうよ。そうだわ! 今夜夕食に招待してあげる。家に来て。お願い」
ドアを開けるなり作業中のイザークに纏わりつき、甘えた声で捲し立てるこの女性は、マリエラ・ドミニク伯爵令嬢。年はクロエと同じ位だろう。親に甘やかされて育った彼女は言動がかなり幼い。クロエがこの工房で働き始めて直ぐの頃、偶然立ち寄って一度人形を注文し、それ以来イザークを口説きにやってくる。
「もう諦めたのだと思っていたが、また来たのか」
「私が来なくて寂しかったでしょ? あなたの事調べたわ。体の弱いお兄さんが家を継げるように侯爵家を出たのでしょう? 私と結婚したら、伯爵を継げるのよ。人形造りがしたいなら趣味でしたら良いのよ、ね? 良い考えだと思わない?」
クロエは工房奥の扉の前で、この会話を聞いていた。恋人も居ないイザークが結婚するなんて、考えてもいなかった。不安で胸がざわつく。生まれて初めての感情にクロエはこれが彼女への嫉妬であると気付かなかった。
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