魔法省魔道具研究員クロエ

大森蜜柑

文字の大きさ
29 / 42
第2章

フラッシュバック

しおりを挟む
 クロエはランスの言葉を聞いて鳥肌が立ち、背筋がぞくっとした。何故か母とダミヤンが家を荒らしていた光景が頭を過ぎり、さらにダミヤンが工房に現れた時の記憶が蘇る。もう会う事は無いと安心した矢先に現れたダミヤンに激昂され自分の胸ぐらを掴まれ引き寄せられた時の感覚、そして背中を切りつけられ背後から回された手で直接胸をさわる汗ばんだ手の感触が生々しく蘇った。顔から血の気が引いたクロエはバスルームに駆け込み嘔吐した。
 ランスは慌ててイザークを呼びに行く。

「イザーク様! どうしよう、クロエが……!」

 イザークはガタッと椅子から立ち上がり、工房の手前で立ち竦むランスを押しのけて急いで台所に向った。だがそこにクロエは居ない。

「ランス! クロエはどこだ?!」
「バスルーム……」

 怯えたランスがバスルームを指差す。イザークがバスルームのドアを開けるとザァーっと水を流しながらトイレにぐったりと凭れ掛るクロエがいた。

「クロ……」
「イヤ、来ないで! お願い、もう私に触らないで! ダミヤン!」  

 過去の記憶と混同して、今のクロエにはイザークがダミヤンに見えていた。当時ですらここまで怯えた表情を見せず逆に淡々と状況を説明していたクロエだが、本当はどれほど怖い思いをしたのか。彼女の当時の恐怖が伝わり、イザークは歯噛みした。

「クロエ、俺が怖いか? アリアに来てもらうか?」
「アリア……?」
「男が怖いのではないか?」

 記憶が過去に戻ってしまったクロエの体からは魔力が滲み出ていた。髪が逆立ち、空気が震えている。魔法陣に魔力を吸い出されていて今は少量しか魔力が無いおかげで暴発には至らなかったが、その僅かな余力を使い果たし、クロエは気絶した。
 イザークはクロエを抱き上げて部屋へと連れて行きベッドに寝かせる。そこにアリアも心配してやって来たが、それに構わずクロエの胸に両手を当て、魔力を流し始めた。

「クロエ……魔力切れを起こしたのですか? どうして急に?」
「わからん。とにかくこのままでは危ないから、応急処置をする。すまないが、ランスにもう帰るよう伝えてくれ。相当驚いていたはずだ、クロエのこの様な姿、見るのは初めてだからな」

 アリアは心配そうにクロエを見て、部屋を出た。クロエの側にはイザークが居れば大丈夫だろうと、自分はランスのケアに回った。ランスは涙を滲ませ先ほどと同じ場所で震えていた。

「ランス君、クロエは大丈夫よ。イザーク様が着いているもの。それより君も驚いたわね、私もこんなクロエを見たのは初めてで、動揺してしまったわ。今日はもう上がって良いそうだから、クロエが用意してたお菓子を持ち帰って家で食べなさい。ね?」
 アリアはダイニングテーブルの上に用意されていたクロエの焼いたクッキーを全て紙袋に詰めてランスに手渡すと、勝手口から外に出した。ランスは泣きながら紙袋を握り締め、走って裏路地から帰って行った。
 アリアは裏路地から回り込んで表通りの店の前を覗き見てみた。店の前には馬車が停められていて、まだしつこくマリエラがドアを叩いていた。その背後の馬車の前には身形の良い40歳前後の女性が立っていて、二階の窓を見ているようだった。顔は良く見えないが、遠目に見てクロエに似ていなくも無い。底意地の悪さが面に出ているといった印象の美人だとアリアは思った。

「もしかしたらあれがクロエの母親なの? たしかに綺麗かもしれないけど、心の汚さが顔に出てるわね。マリエラ様とはお知り合いなのかしら? イザーク様の話ではクロエのことはマリエラ様から聞いたと言っていたっけ。お金に不自由しているようにも見えないけど、何のためにクロエを探しているのかしら……」

 アリアが離れた場所からマリエラ達を監視していると、諦めたのか二人は馬車に乗り込んでアリアの居る方へ移動を始めた。この向こうは貴族街だ。アリアはじっと馬車の窓の奥を見ていた。一瞬見えたもう一人の女の顔は、クロエの母親でほぼ間違い無かった。


 深夜になり、クロエはうなされて目を覚ました。

「クロエ、気分はどうだ? 俺がわかるか?」

 イザークはクロエに着いていたくて、アリアを二階の客室に移らせて自分はクロエのベッドに寄せて置いた簡易ベッドの上に座っていた。夢の中でダミヤンに襲われた日を追体験しているのか、うわ言で「やめて」「痛い」「さわらないで」「来ないで」と何度も呟いていた。イザークは苦しそうなクロエに何度も癒しをかけたが、心の傷には効果が無かった。だから常に手を握り、冷たくなったクロエの手を擦って温めていた。

「イザーク様……? 良かった、夢で……」
「ハァ……もう大丈夫そうだな。一時は魔力切れを起こして危険な状態だったんだぞ。まだ完全じゃないから、もう少し休んだら補給してやる」
「イザーク様、顔色が悪いです。もしかして、魔力供給のし過ぎですか? だったらもう止めて下さい。私なんて黙っていれば回復しますから、もうお休み下さい」
「すまんが、休ませてもらう」

 そう言ってイザークはクロエの手を握ったまま簡易ベッドに横になると、そのまま寝息を立て始めた。クロエは隣で眠るイザークの顔が見えるよう寝返りをうって横を向き、青白いイザークの頬に触れた。どれだけ無理をしたのか、目の下にクマまで出来ている。

「イザーク様は私の様に、魔力が豊富ですよね? そんな人がこんなになるまで魔力を使うだなんて、もしかして私の体を再生させていたのですか?」

 クロエは一度手を離し、イザークの体に布団をかけてやるとベッドから降りた。足がガクガクして、この体に宿った時のような感じがした。それでもなんとか台所に向うと、うがいをして顔を洗った。カラカラに乾いた喉を潤すために水差しにレモン汁と塩、砂糖を少し入れた簡易スポーツドリンクのような物を作って飲み、その残りを持って部屋に戻った。

「どこへ行っていた」

 イザークは上半身を起こしてこちらを見ていた。

「喉が渇いたので、水を……イザーク様も飲みませんか?」

 クロエは作ったレモン水をコップに注ぎ、水差しをサイドテーブルに置いてイザークにコップを差し出した。イザークは無言でそれを飲み干し、サイドテーブルにコップを置くと、クロエに向けて両手を開いてここに来いと目で訴えた。

「……早く来い、眠いんだ」

 クロエはおずおずと簡易ベッドに乗りイザークに近付くと、その腕の中に包まれて横になった。そしてイザークはまた直ぐに寝息を立て始めた。

「イザーク様は心配性ですね。ちょっと離れただけで目が覚めてしまうだなんて……魔力切れを起こして冷たくなった体を温めてくれるんですね。本当に優しい人」

 クロエはイザークの体に腕を回し、胸に耳を当てた。トクントクンという規則正しい心臓の音を聞きながら目を閉じ、先ほどまで見ていた悪夢を頭から消し去ると、あるはずの無いイザークとの幸せな未来を想像しながら眠った。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...