フキコさんのかけらのおうち

深見萩緒

文字の大きさ
1 / 25

12月1日【フキコさんのおうち】

しおりを挟む

 フキコさんのおうちは、なっちゃんの住むマンションから車で三時間も走った山奥に、ひっそりと建っていました。

 冬の森というのは、なんだか散らかった裁縫箱のようです。かさかさに乾いた落ち葉やら、折れた枝やらが、忘れ去られた端切れのように、無秩序に散らばっています。常緑樹の茂りがあちこちでまだらに視界を遮り、それらを縫い止めるかのように、裸の枝々が風景を突き刺しています。

 そうした混沌の中に、真っ黒な金属の柵は、よく馴染んでいました。そして柵の向こうに佇んでいるのが、フキコさんのおうちなのです。


 お昼を食べてからすぐに家を出たというのに、もう日は傾き始めています。なっちゃんは車を適当なところに停めて、裁縫箱の森に降り立ちました。そして、厚手のコートのポケットから、ずっしりと重い鍵を取り出しました。真鍮製のキーリングには、ふたつの鍵がかかっています。ひとつは、キーリングと同じ真鍮製の鍵。もうひとつは、真鍮よりも少しだけ愛想の足りない、無骨な鉄の鍵です。

 柵は道に面して、堂々とした門をぴったりと閉じていました。これは明らかに、なっちゃんが持っているふたつの鍵のうち、愛想の足りない方の鍵で開きそうです。


 それにしても、どうしてフキコさんは、なっちゃんにこのおうちをくれたのでしょうか。



 フキコさんというのは、なっちゃんのお母さんのお姉さんです。なっちゃんにとって、伯母にあたります。
 なっちゃんがまだ小さな女の子だった頃は、それなりに親しかった記憶がありますけれど、なっちゃんが学校やら何やらで忙しくなってからは、すっかり疎遠になっていました。つまり、おうちのようなとんでもなく大きなものを譲り受けるような、とてもそんな関係ではなかったのです。

 だけれどもフキコさんからの手紙には、確かにフキコさんの字で、こう書いてあったのでした。


『私のおうちは、なっちゃんにあげます。鍵を同封しましたので、使ってください』


 それでなっちゃんは、このおうちに来たのです。少しの荷物と、フキコさんからの手紙と、ふたつの鍵だけを持って来たのです。

 門の前に立って、なっちゃんはもう一度、フキコさんからの手紙を読み直します。手紙には、フキコさんのおうちでの注意点が、いくつか箇条書きにされていましたので、それをおさらいしたかったのです。
 たとえば、一階の南側の部屋は窓枠が外れやすくなっているとか。裏庭の水場には蛙が棲み着いているから、うっかり踏んづけてしまわないようにとか。

 そんな中で、なっちゃんが気になったのは、一番最後の注意点でした。


『先住者には、なるべく親切にすること。ただし、どうしても鬱陶しい場合は、多少ぞんざいに扱ってもよい』


 先住者とは、いったい何のことでしょう。蛙のことでしょうか? まさか、家の中にも蛙が入ってくるのでしょうか?

 蛙との同居生活を想像しながら、なっちゃんは鉄の鍵を手に取りました。なっちゃんの思った通り、門の鍵穴にそれはぴったりはまり、少しだけ錆びた音を立てて回りました。



 門を抜けた先のおうちの玄関は、真鍮の鍵であっさりと開きました。おうちの中は散らかったり荒れ果てたりしていませんでしたし、電気も水道も通っていました。とかく辺鄙《へんぴ》なところに建っているというだけで、フキコさんのおうちはただのおうちなのでした。

 なっちゃんは荷物を玄関先に放っておいて、小走りでおうちの中を見て回ります。玄関を入って、まっすぐ行ったら台所。一階にはリビングのほか、小部屋がいくつか。そのうちのひとつは、窓枠が外れやすいという例の部屋です。

 二階に行くと、階段のすぐ目の前に寝室があります。寝室と部屋続きになっているのは、書斎と天窓の部屋です。天窓の部屋には、小さな望遠鏡がありました。


 なんとも小部屋の多いおうちでした。まるで、小部屋を積み上げて家を作ったような、そんな印象です。そして部屋の多い分、ドアも多いのです。

 フキコさんのおうちに到着してから、なっちゃんは何度もドアを開けて、何度もドアを閉めました。


 変な家。フキコさんらしい家。


 フキコさんは、ちょっとだけ変な人でした。なっちゃんは、フキコさんのそういう変なところが好きだった、ような気がします。

 なにせ幼い頃のことなので、今のなっちゃんにはよく分かりません。またフキコさんに会えれば、分かるのかもしれませんが、それはちょっと、難しい話です。



 おうちの探検を終えた頃には、夕食の時間をとっくに過ぎていました。なっちゃんはお腹がすいていましたが、それ以上にとてつもなく疲れていましたので、さっさと寝てしまおうと思いました。

 二階の、フキコさんの寝室だけ簡単に掃除をして、なっちゃんはお風呂にも入らずに、ベッドに潜り込みました。たくさん移動をして、山の中を歩いて、ほこりと土に汚れていましたけれど、もう良いやと思って眠りました。それくらい、なっちゃんは疲れていたのです。


 夢うつつの中で、誰かの声を聞いたような気がしました。

 だれかな? フキコさんのおともだちかな? もしかして、この子が、なっちゃんかな?

 声たちは、そんなようなことを囁きあっていました。けれど、なっちゃんは気にせずに眠ってしまいました。それくらい、なっちゃんはとにかく疲れていたのでした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

処理中です...