7 / 25
12月7日【コマドリ】
しおりを挟む小棚市場でシュトーレンを買ってから、なっちゃんは毎朝、熱い紅茶と一緒に、薄く切ったシュトーレンを一枚いただくことにしています。
シュトーレンというのは、ナッツや果物が練り込んである、とても大きくてずっしりとした、パンのようなものです。表面には、たっぷりの粉砂糖が雪のようにまぶしてあって、冬にふさわしい食べ物なのです。
今日の朝食も、紅茶とシュトーレン。それから、チーズをひとかけ、いただきます。
硬いチーズをこりこりかじりながら、なっちゃんは、これをとろかしたら美味しいだろうな、と思いました。とろんととろけたチーズをパンで受けとめて、ひとくちにがぶりとかぶりつくのです。昔、アニメでそんなシーンを見て、憧れたものです。
チーズをとろかすには、どうすればよいでしょう。パンの上に乗せて、オーブンに入れる? それも良いですけれど、もうひとつ、素敵な方法があります。
そんなわけで、なっちゃんは、リビングの暖炉を掃除することにしました。暖炉の熱でとかしたチーズが、いっとう美味しいに違いないと思ったのです。
それに、寒がりミトラたちに、暖炉に火を入れるよう頼まれていたことを、思い出したためでもありました。
なっちゃんは、そのことをすっかり忘れていましたし、寒がりミトラたちも、暖房の部屋のオイルヒーターが充分に暖かいので、やっぱりすっかり忘れていたのです。
それにしても、暖炉の掃除というのはどうすれば良いのか、なっちゃんは少しも知りません。ですので、とりあえず準備だけやってしまうことにしました。
準備というのは、お掃除にふさわしい格好になるということです。動きやすい服に、汚れてもいい前掛けに、丈夫な長靴、手袋、頭と口元を覆う布巾。ほうき、はたき、雑巾にバケツも揃えます。
「準備、バッチリ」
『ばっちりだね』
バッチリは良いのですが、でも、どうすれば良いのかは、相変わらず分かりません。
なっちゃんが困っていると、キッチンの方で、ことことことん、と音がしました。今日は、水曜日です。小棚市場が開いた音に違いありません。虫たちの楽しげな歌声も聞こえてきて、なっちゃんは、彼らに相談してみることにしました。
「こんにちは」
すりガラスの扉を開きますと、淡い金色の市場が現れます。虫たちは「こんにちは」と挨拶をして、「なにかご入用ですか?」と触角を揺らします。
なっちゃんは、冬のかけらと早朝の光のかけらを支払って、チーズとパンを買いました。それから「ちょっとご相談があるんですが」と、暖炉掃除のことを話しました。
虫たちは「ふんふん」と何やら考えて、「それなら知り合いに、煙突掃除の上手なのがおりますよ」と言いました。
「どれ、ちょっと今、呼んでみましょうか」
虫たちは、銀のティースプーンの上にちょこちょこっと登って、羽ばたき始めました。プーン、プーンと、かすかな羽音がします。どうやらそれが、合図だったようです。しばらくしますと、リビングの出窓の方から、コツコツコツ、とノックの音がしました。
「来たようです」と虫たちが言いましたので、なっちゃんは出窓の方へ行ってみます。
するとそこには、顔と胸が鮮やかなオレンジ色をしている小鳥が、出窓の桟にちょこんととまっており、くちばしでガラスをノックしているのでした。
なっちゃんが出窓を開けますと、小鳥は何度か首を傾げて、そして室内へと入ってきました。
「こんにちは」と、なっちゃんが挨拶をしますと、小鳥は気取った声で「ごきげんよう」と言いました。
「こちらに、ハムシさんがたはいらっしゃる? あたし、ちょうど散歩に出掛けていて、この近くを通りかかったら羽音が聞こえたもんだから、降りてきたのだけど」
なっちゃんが、小鳥をキッチンの方へと案内しますと、虫たちはオレンジ色のお尻を震わせて、「やあ、コマドリさん」と挨拶をしました。小鳥もオレンジ色の胸を膨らませて、「ごきげんよう、ハムシさん」と、挨拶を返しました。
「この人間さんがね、煙突を掃除したいそうだ。コマドリさんは、煙突の掃除がお上手だから、どうだろう、手助けしてやってもらえないだろうか」
そこですかさず「もちろん、お礼は差し上げます」と、なっちゃんが言いましたので、コマドリの真っ黒な瞳が、ちらっと光りました。
「クルミはある?」
「ありますよ」
「ジンジャークッキーは?」
「焼けば、あります」
「では、とびきり上等のかけらはあるの?」
「上等かどうかは、分かりませんが」
なっちゃんは、コマドリを肩に乗せて、かけらの部屋へ案内しました。かけらの部屋には、真冬の低い日差しが、窓から長く差し込んでいます。そうして、丸椅子の上に並べられたかけらたちは、それぞれの持つ様々な色で、反射して光っているのでした。
「あら、素敵ね」
コマドリは、さっと飛び立って、丸椅子のふちにちょんととまりました。夜の静けさのかけらが並べられている椅子です。コマドリはかけらをじっくり眺めて、また飛び上がり、別の丸椅子にとまります。
かくしてコマドリのお眼鏡にかなったのは、冬のひなたのかけらでした。
「これを、あるだけいただける? ハムシさんたちに預けてくれると良いわ。あとで、届けてもらうから」
なっちゃんはもちろん了承して、冬のひなたのかけらを、小棚の中の赤いマグカップに入れました。これで、交渉成立です。
暖炉の、マントルピースの上にとまって、コマドリはなっちゃんの姿を、上から下まできょろりと見ました。そして「格好は、問題なし」と言いました。
「煙突の中は、煤でたいへん汚れていますから。滅多な格好では入れないのだけれど、あなたは合格。掃除をするものとして、心がけがなっているわ」
なっちゃんの心がけを褒めたあと、コマドリは、ぱっと羽を広げたかと思いますと、暖炉の中に飛び込んでいってしまいました。そして、いくらもたたないうちに、シュッという柔らかな羽の音と共に戻ってきました。くちばしの先が、黒く煤で汚れています。
「こっちへいらっしゃい」
コマドリが言いましたので、なっちゃんは、暖炉のすぐそばまで寄りました。
「目をつぶって」
コマドリが言いましたので、なっちゃんは、目をつぶりました。
コマドリのくちばしが、なっちゃんのおでこをなでました。つやつやとした感触が、心地よく、おでこの上を行ったり来たりします。
くちばしについていた煤を、つけているんだ。なっちゃんには、すぐ分かりました。
「もう目を開けても良いわよ」
コマドリのお許しが出ましたので、なっちゃんが目を開けますと、そこは一面、真っ黒でした。
もしかして、煤が目に入ったのかもしれない。そう思って、目をごしごしこすりましたが、目の前は真っ黒なままです。
「目をこすってはだめよ」
コマドリの声が、上の方から聞こえました。驚いて見上げますと、そこには、象よりも大きいかと思われるコマドリが、おかしそうに笑いながら、なっちゃんを見ているのでした。
「さあ、煙突掃除を始めましょう」
なっちゃんは、いつのまにやらコマドリよりも小さくなって、煙突の煤の中に立っているのです。どっちを向いても黒、黒、真っ黒。足元には、雪のように煤が積もって、ざくざくします。
長靴を履いていてよかった。と、なっちゃんは思ったのでした。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い……
「昔話をしてあげるわ――」
フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?
☆…☆…☆
※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪
※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる