2 / 25
芋虫とカンテラ
しおりを挟むもうずいぶん歩きましたが、実浦くんはどこにも辿り着けずにいました。やっぱり壁には当たらなかったし、何につまずくこともない、平坦な道でした。
だけれど、いくら平坦で歩きやすいからといって、どこに向かっているのかも分からない道のりというのは、それは疲れるものなのです。実浦くんはとうとう立ち止まって、その場に座り込んでしまいました。
そして一息ついたとき、実浦くんはようやく大変なことに気が付きました。肩の上に乗っかっていた女の子が、せっかくあんなに光っていたのに、今はもう冷えた鉄鉱石のように熱も光も失っているのです。
「あっ」と叫んで、実浦くんは手のひらの上に女の子を乗せました。そして、か細い火種から火を起こそうというように、ふうふう息を吹きかけました。
それでも、女の子は冷たいままでした。そうしていますと、元々は女の子から光を分けてもらった実浦くんも、だんだんと真っ暗闇の中に還っていきます。
ひやっと冷たいものが、足元から這い登ってくるようでした。それはまたたく間に全身を覆って、口の中から入り込んで、実浦くんはまた動けなくなってしまうのです。その過程を、実浦くんはよく知っていました。
「ねえ、ねえ起きて」
手のひらの女の子を揺さぶりましたが、女の子はかえってかたくなに冷えていくようです。
実浦くんがとうとう諦めそうになったとき、暗闇のずっとずっと向こうを、青白い燐光が動いているのが見えました。実浦くんは、暗闇になりかけた足を引きずって、一目散にそれに向かって走りました。
「あの、あのう。光を分けてください」
燐光は、驚いたように実浦くんを見上げました。燐光に見上げられて、実浦くんも驚きました。光の塊のように見えたそれは、実浦くんの腕ほどの太さもある大きな芋虫なのでした。
芋虫は夜光虫のように薄ぼんやりと光っていて、みっつもある目をぎょろぎょろ動かしています。たぶん、とてもびっくりさせてしまったのです。芋虫はまさに踏み出そうと持ち上げたばかりの足を、ぴくりとも動かさずに固まっていました。
「あの、すみません。怖いことはありませんから、少し光を分けてください」
芋虫の了解を得ないうちに、実浦くんはしゃがみ込んで、芋虫の背中に触りました。芋虫の光は、女の子の火花のようにまばゆくはありませんでしたが、確かに実浦くんの輪郭を取り戻してくれました。
『ああ、びっくりしたあ』
芋虫が、少しだけ怒ったように言ったので、実浦くんは非礼を侘びて、それから事情を説明しました。
暗闇の中をずっと歩いてきたこと。さっきまで光っていたはずの女の子が、暗く冷たくなってしまったこと。実浦くんも真っ暗闇に呑み込まれそうになっていたこと。
事情を知りますと、芋虫は『それならば、仕方がないね』と神妙な顔でうなずきました。
芋虫が機嫌をなおしたようなので、今度はちゃんと断ってから、芋虫の背中に女の子を乗せてみました。そうすることで、女の子が光を取り戻すのではないかと思ったからです。
けれど、女の子はやっぱり鉄鉱石のまま、冷たく横たわっているのでした。
「どうしよう」
実浦くんの目に、涙の膜がかかりました。『かなしいの』と芋虫が尋ねます。実浦くんは「分からない」と答えました。
実のところ、光らなくなってしまった女の子が可哀想で悲しいのか、光る女の子を失ってしまった自分が可哀想で悲しいのか、実浦くんには分からないのです。
今にも泣き出しそうな実浦くんを見て、芋虫は気の毒そうに『おやまあ』と言いました。
『だいじょうぶ、さっきまで光っていたんでしょう。だったら、また光り始めるよ』
そして芋虫は『そうだ、こうするといい』と嬉しそうに言うやいなや、体をぐんと伸ばして、柔らかなお腹いっぱいに息を吸い込みました。するとどうでしょう。確かに芋虫だったはずの体が、たちまち飴細工のようにぐんにゃりねじ曲がり始めたのです。
実浦くんが呆気にとられているうちに、芋虫はまったく芋虫とは言い難い姿になってしまいました。それは、ちょうど実浦くんが手に持って歩くのに丁度良い大きさのカンテラでした。
芋虫だったころと同じように、青白い燐光を放っているカンテラは、やっぱり芋虫だったころと同じようなみっつの目玉をきょろっと動かして、実浦くんにウインクをしました。
それで実浦くんはすっかり承知して、冷たいままの女の子をカンテラの中に寝かせたのです。カンテラの中は、まるで芋虫のおなかみたいにふかふかしていて、とても寝心地が良さそうでした。
『これで、いつ目が覚めてもだいじょうぶだね。カンテラの中に光があるのは、当たり前のことだもの』
それを聞いて、実浦くんは本当にひと安心して、カンテラを持って立ち上がりました。
『どちらへ歩いて向かっているの』
芋虫だったカンテラが、実浦くんに尋ねます。「どちらへでも」と実浦くんは答えます。
「どちらへでも行くと良いって、この女の子が言ったから」
弁解するように続けたのは、なんだか自分がとても気取ったことを言ったような気がして、恥ずかしくなったためでした。
芋虫は、あるいはカンテラは、『そうなの』と頷いて、それからは黙ってぺかぺか光り続けるばかりでした。
0
あなたにおすすめの小説
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
大人にナイショの秘密基地
湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!
影隠しの森へ ~あの夏の七日間~
橘 弥久莉
児童書・童話
小学六年の相羽八尋は自己肯定感ゼロ男子。
幼いころに母親を亡くした心の傷を抱えつつ、
大きな夢を抱いていたが劣等生という引け目
があって前を向けずにいた。
そんなある日、八尋はふとしたきっかけで
入ってはいけないと言われている『影隠しの
森』に足を踏み入れてしまう。そこは夏の間、
奥山から山神様が降りてくるという禁断の森
で、神様のお役目を邪魔すると『影』を取ら
れてしまうという恐ろしい言い伝えがあった。
神様も幽霊も信じていない八尋は、軽い気
持ちで禁忌を犯して大事な影を取られてしま
う。影、カゲ、かげ――。なくても生きてい
けるけど、ないとすごく困るもの。自分の存
在価値すらあやうくなってしまうもの。再び
影隠しの森に向かった八尋は、影を取り戻す
ため仲間と奮闘することになって……。
初恋、友情、そしてひと夏の冒険。忘れら
れない奇跡の七日間が始まる。※第3回きずな児童書大賞奨励賞受賞作品
※この物語はフィクションです。作中に登場
する人物、及び団体は実在しません。
※表紙画像はたろたろ様のフリー画像から
お借りしています。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる