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屋久島奪還編

ベルゼブブの籠手

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ヘリコプターの飛行を見て、珍しいなっと思っていると、それは大津町の方へ飛んで行った。
模様から自衛隊の専用機なのだろう。
誰か知っている人が乗っていたかもしれない。
Mドナルドのハンバーガーに齧り付きながら、僕はホテルの部屋でゆっくりとくつろいでいる。

「ねえねえ、いつ行くのー? 私を焦らしても何も出ないよ? 頭抱っこしてあげようか? いい子いい子してあげるよ」

若干一名のせいで、満足にとはいかないが、変な視線やサイン攻めに遭うよりましだ。

「お金も貯まっているのでもうしばらく先ですよ。命の洗濯ぐらいゆっくりさせてください」
「時間は有限なんだよ。特に私のは短くて短くて走り去っていくんだよ。なるべく早く行こうよ。ね? ね?」
「はいはい。あんまり怠けすぎると、本当に動けなくなりそうですしね。っと電話だ」

僕はマナーモードにしていた携帯をとって、誰からの着信かを確認した。

「え? 宮地さん?」

通話のマークをスライドさせて耳にあてる。

「こんにちは。お久しぶりですね、宮地さん」
『久しぶりですね、瀬尾さん。ご活躍は色々と聞いてますよ』
「どこからの情報かお聞きしたいですね。僕としてはあまり騒いで欲しくないんですが・・・」
『まだ阿蘇地区にいるからその程度で済んでいるんですよ。福岡市や熊本市とか、もっと都会に行ったら、多分もみくちゃにされると思います』
「うわー、しばらく寄りつかないようにしたいですね」
『慣れるまではその方がいいかもしれませんね。マスコミも阿蘇市にいるうちは押しかけることもできませんから』
「? 報道規制とかありましたっけ?」
『いえいえ。ただ、そこに行ったり帰ったりするのに組合に護衛の依頼を出したり、いざモンスターに襲われた時のために遺書を書く必要がありますから』

阿蘇市ってそんなに危険地帯だったのか。

『まあ、温泉のおかげでそれでも行きたいと言う人は増えたようですが、会社としては、無闇矢鱈に人を送ることは出来ませんからね』
「温泉と言えば、自衛隊の人は温泉に入っていないんですか? なんか、師団長の東田って人が行く人を止めてるって聞きましたけど」
『今日はその件も含めて、城島隊長と第8師団に来ているんですよ』
「城島さんも来ているんですか? 説得するためですか?」
『ええそうですよ。せっかく組合が見つけた貴重な資源を使用可能で開放してくれているのですから。使用しないては無いと城島隊長から言ってくださるようですよ』

これは嬉しい知らせだ。
組合のロビーでは、高千穂の誰々が一線を退いたや、まだしばらくリハビリだとか、酷いのになると行方不明になったというのまで噂として聞こえてきていた。

「それは良かった。僕たちも気になっていたんですよ。なぜ東田って人は頑なに温泉に行かないようにしていたんですか? 怪我をした人たちや後遺症が残ってしまった人たちのことを考えれば、今の態度はあり得ないと思うのですが・・・」
『えっと、お恥ずかしながら、自衛隊の今も残っている古い考えのせいなのです。東田師団長もその教育を受けていて、彼のプライドが皆さまの施しを受けることができないのです』
「どんな教育なんですか?」
『我々は民間を守る立場なのだから、民間に守られてはならない。入隊してからずっと上司から伝えられる教えです。実際、銃の携帯を許可されている我々が、持っていない皆さまに守られるのは、師団長ではなくともあってはならないと思います。ただ、そのプライドを捨てて部下の怪我が治るなら、私は捨てますけどね』
「そうですよね。僕もそう思います!」

他人を尊重する。
それはどの業種でも共通する基本的な理念。
人間何かしら他の人の助けを受けているのだから、自分以外の人を認めなければならない。
ましてや人材不足が常態化している現在、使い捨てされていい人は1人もいないのだから。

「ひとまず、あの時に怪我を負った人たちが温泉の恩恵を受けることができるなら安心です」
『ご心配をおかけしたみたいですね。組合の方にも噴火の話をするために、そちらにお伺いしますので、また後ほど改めてお礼をします』
「お礼はいいですよ。心配事がなくなっただけで、こちらは十分ですから」
『いえ、他にもお話ししなければならない事がありますので、後ほどお会いすることになります。それではまた』

何だか不吉な言葉を残して、宮地さんの電話は切れた。
面倒ごとが終わって安息日を味わっている最中で、隣のジト目の女性からの要望も引き延ばしているってのに・・・断れない要請が飛んできそうな気がする。


非常に不安な電話があったので、身支度を整えて休憩していると、組合からの呼び出し電話があった。
城島さんたちが組合に来るから、同席するようにとのこと。
一回「遠慮します」と言ってはみたが、「電話があっただろう。強制だ」と返された。
逃げ場は無いらしい。

「ダンジョンの中なら逃げれるよ?」

宮下さんからのアドバイスは聞き流すことにした。
先方からは僕しか呼ばれなかったので、ぶーぶー言われながらも1人で部屋を出て組合へ向かう。
移動の途中で声を掛けられそうになるのを身体強化で躱し、組合の建物に入ってようやく一息つく。

「瀬尾さん、大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。支部長に呼ばれて来たんですが」
「はい、2階の第4会議室に向かってください」

2階へつづく階段を見て、そちらへ移動しようとすと、ガシッと受付の女性が僕の腕を掴んだ。
突然の行動に、びっくりして彼女を見るとそこには受付特有の張り付いた笑顔があった。

「えっと・・・」
「瀬尾さんには、素晴らしい資源を見つけていただき受付一同大変感謝しております」
「は・・・はい」
「特に私共女性にとって、とても有益な効果も期待でき、色々なことに大変助かるという話も聞きました」
「・・・」
「ですが、その資源がある場所はダンジョンの中で、コボルトかゴブリンが近くにいる場所とか・・・何もスキルを持っていない身としてはその場にたどり着くことができません」
「・・・」
「つきましては、瀬尾さんから支部長に言っていただけないでしょうか? 温泉利用の依頼ごとに受付を1人帯同させるということを」
「あ・・・えっと」
「言っていただけないでしょうか?」

怖い笑顔だ。
そして凄い力だ。
僕は「分かりました。支部長に伝えておきます」としか言えず、受付の笑顔の見送りを背に、絶対に支部長に伝えなければと心に刻んだ。

それから2階の会議室の一つにノックをして入ると、そこには支部長、副支部長の対面に城島さんと宮地さんが座っていた。

「やあ、瀬尾さん。お久しぶり」
「お久しぶりです、城島さん」

僕は彼の横に置いてある、頑丈そうなスーツケースに一瞬目がいった。
見るからに特殊な物が入れられていると分かる頑丈そうなやつだ。
そんな僕を微笑んで、「後で見せるよ」と城島さんは僕に着席を促し、副支部長が支部長の横の席をすすめた。

「では、瀬尾さんと支部長に、まずは阿蘇大噴火について、お疲れ様でした。今回のことは今後も有り得る事象として自衛隊の方でも記録を残すつもりです」
「組合の方でも記録を残します。最後の火龍についても、瀬尾がいたから対処ができたようなもの。いなかったらあの場にいた全員が死傷し、自衛隊も半壊していた可能性が高い。1級やそちらの特別上級隊員を出さないと無理だっただろう」
「甘木市の蝿王クラスですか。あれもあの場に瀬尾さんと鬼教官、そして私がいたから何とかできたようなものですね。それを踏まえて、瀬尾さん」
「はい、何でしょうか?」

僕が緊張して城島さんを見るが、彼は笑ってスーツケースをテーブルに置いた。

「ようやく蝿王の皮から貴方へ贈る装備が出来ました。受け取ってください」

中から無骨な肘まであるグローブと呼んでもおかしくない籠手が姿を現した。
色もまんま蝿の腹の色で、あの時の巨大な蝿を思い出してしまう。

「ベルゼブブの籠手っと名付けました。スキルも面白いのが付いてますよ」
「え? 確認したんですか?」
「もちろんです。危ない超レアスキルが付いたりしたら絶対に渡せませんから。それに比べたら、このスキルは使い方次第です」

僕らもその籠手を凝視して、浮き上がる文字を確認した。

「・・・衝撃無効。ただし両手装備時のみ、ですか?」
「セットアイテムというものですが、通常の物よりもスキルの効果が高く、適性が良ければどんな衝撃も瀬尾さんには通用しなくなります」

つまり、物理攻撃のうち、体の内部を破壊するものは僕には効かないということだ。
だけど、それはどうなのだろうか?
僕には凄く微妙に思えるのだが・・・。

「使い方次第だな」
「ええ。なんせ、高いところから落ちても擦り傷で済みますから、身体強化でジャンプして加重で踏み潰すことに躊躇いがなくなります。しかも、どんなに高くても装備さえしておけば、落ちる角度さえ注意していれば問題ないはずです」
「誰も実験していませんよね?」
「動物実験はしましたよ。およそ10階からケースに入れて試しました。体に括り付けてスキルが使用されているかは分かりませんでしたが、見事に生きていましたよ」

適性が良かった動物なのだろうか?
それに、城島さんの言葉から推測すると、僕に適性がなければ、無効にならないってことになる。

「無効になりますよ?」

僕の考えを読んだのか、城島さんが答えた。

「スキルの適性ですが、今回の場合、衝撃無効というスキルなので、使っていれば最低限使用者の両腕は完全に無効になります。適性が高い場合は、装備者の周囲まで影響を与えることになります。例えば、さっきの動物実験で言いますと、ケースは完全に破壊されました。もし適性が高ければケースも無事だったはずです」
「そうなんですね。ところで、皆さんが言う適性って適合性のことですよね? パーセンテージで聞こえる」
「適合性? パーセンテージ?」

城島さんがキョトンっといった表情で僕を見る。
隣の宮地さんも同じ表情だ。
そこで僕は思い出した。
僕の指輪みたいに、通常のアイテムではあの声は聞こえないんだった。

「あ、すみません。勘違いだ・・・」
「それは無理がありますよ、瀬尾さん」
「そうですね。考えれば、瀬尾くんの加重はレアスキルでもないのに効果が強力な気がします。それに、加重が瀬尾くん自身に何も影響していない点も不思議です」

突然の尋問に、僕は頭を掻いてみんなを見た。

「秘密、守れます?」
「まあ、指標にはさせてもらいますよ」
「スキルについて少しでも解明されるのであれば、組合としても助かるな」

もう、聞く姿勢の4人を前に、僕は身から出た錆とはいえ、小さくため息をついた。
話す内容は甘木市の最初にあいつらとダンジョンに入った時のこと。
右手のスキルが移動したことを除いて、聞こえた言葉を全て話した。

「・・・っといったかたちです。なので、僕の二つのスキルは通常のそれよりも、おそらく強力になっているんだと思います」
「・・・うむむむむ・・・」
「これは・・・公表し難い」
「一発狙ってダンジョンで腕を切る人も・・・」
「度胸次第ですがあり得るかと」

それは魅力的だろう。
クズスキルでない限り、D級スキルでも十分使えるスキルになる。
所謂負け組と呼ばれている人たちなら、一発逆転を狙って腕一本切り落とすぐらいする可能性は高い。

悩ましい事実なのだが、城島さんは考えを一旦保留にして目頭を押さえて僕を見た。

「とりあえず、これを装備してくれないか? 実は、その結果次第では頼みたいことがある」
「・・・いい結果が出たら、ダンジョンアタックに駆り出されるということですね」

分かっております。
諦めを含めたため息をつくと、城島さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

僕はベルゼブブの籠手を装備する。
まるで分厚いゴムの中に手を突っ込んだ感覚だが、見た目によらず着け心地は快適で指もちゃんと曲がって拳が作れる。
握りを確認していると、指輪の時と同じように何かが僕の体から抜けて籠手に移っていく。

「スキルは発動してるか?」
「多分・・・」

僕は手のひらを横の支部長に見せる。
彼はそこに、軽く拳を当てて、徐々に速さと強さを上げていく。
僕には何かが手に触れている感覚しかないが、支部長はちょっとムキになって殴ってくる。

「さて、その状態で生身の方を試してみようか」
「え?」

ちょっと怖い。

「大丈夫だ。さっきみたいに軽くからやるから安心してくれ」

そう言うと、支部長は僕の肩を殴り始める。
大丈夫そうだ・・・。
さっきの手のひらに受けていた感じと一緒の感触がする。

「これはこれは」
「凄いですね」

支部長も一生懸命殴っているのだが、ポス、ポスっと気の抜けた音しか響かない。
打撃系にはほぼ無敵と言っていいかもしれない。

「これはもう確定ですね」
「いや、これも聞いておかないといけません。瀬尾くん、君の生命力吸収は草や木にも効果はあるかな?」
「・・・あります」

ありすぎる。
そのせいで小国町では少し問題になったほどだ。
本当に、除草剤要らずとはあの事かと思うぐらい草木が枯れていく。
でも、ちょっとしたら復活するから除草剤はやっぱり要るよなっと数日後には考え直していた。

「ただ、弱らせるだけで復活しますよ?」
「十分です! それが聞けただけで、今度の作戦は成功でしょう」
「後は甲鎧の製作陣がどこまでできるかだな。瀬尾さん」
「はい」

城島さんが深々と頭を下げる。
それに合わせて宮地さんも頭を下げた。

「一般人である君には断る権利がある。だが、我々は君に頼るしか現時点では道がない。無理を承知でお願いしたい。屋久島奪還作戦に参加してくれないだろうか?」

僕は左手で頭を押さえて下を向く。
どう見ても断れる雰囲気じゃないだろ。
ああ・・・大人は卑怯だ。
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