花結びの剪定者

右島咲多

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ガーデン_1

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「どう?綺麗でしょ?」
そう問われた少年は静かに頷いた。
寒空の下、草木が枯れ、動物が土に眠るこの季節。
凍える寒さの森の中、少年はじっと目の前のものを見つめ、立ち尽くしていた。幼い瞳に映っていたのは自分の背丈よりも少し高い小さな木に咲いた一輪の花だった。少年はその花に目を奪われたのだ。
それは何もない空間に火をともすように。それはモノクロの世界に色を付けるように。
その花はそこにいるだけで人を魅了する美しさがあった。
そんな少年を母は隣で膝を曲げ、嬉しそうに見ていた。
「この花はね、お母さんが一番好きな花なの」
数年経った今でもあの時の記憶は鮮明に覚えている。
あの時はなぜあんなに綺麗に見えたのかわからなかった。でも、今なら少しわかる気がする。だってその花は___散るときでさえも美しいままなのだから。


ピピピッ、ピピピッ___
「…………っ…」
聞き慣れたアラームで目を覚ます。
重い目蓋まぶたを開くと目の前には見飽きた天井が視界に広がる。頭上に表示されたアラームの画面に荒い手つきで触れる。
「ふぁ~………………眠い」
大きなあくびをしながら、ベッドから起き上がろうとするも、眠気の波が押し寄せる。
「後五分…」
再び目蓋を閉じる。……………が、コツンッと左手の拳で力なく自分のおでこを叩く。
「ダメだ…………。これ逃したら遅刻する」
睡魔の誘惑にからくも打ち勝ち、どうにかベッドから起き上がる。
壁に掛けてある制服を手に取りそれに着替える。
「はぁ…朝飯準備しねぇと。いいよなぁ~、実家暮らしは。寝過ごしても起こしてくれるし、起きたら朝ごはんがあるんだから」
着替えを終えると手ぐしで頭をかきながら目の前の引き戸へと向かう。
覚醒しきっていない体にムチを打ち、少年、須藤春樹すどうはるきは今日も一日の準備を始める。



自室のすぐ隣のリビングに入るとまず始めにテレビをつけた。理由は特にない。強いて言うなら、毎日の習慣というぐらいだ。
「5月28日木曜日7時15分。朝のニュースをお伝えします。まずは速報です_」
ここに暮らして二年目になると、朝の支度はもう慣れたものだった。バイトの廃棄でもらって冷凍庫に入れておいたパンを適当に掴みレンジに突っ込む。温めている間にすっからかんの冷蔵庫から唯一常備している。カートリッジの麦茶を取り出しコップに注いだ。
しばらくして、チンッと音が鳴る。中のパンを取り出すとコップを持ち、リビングの自分の座椅子に腰を下ろした。
菓子パン二個を食べつつ、時折麦茶を挟み、効率よく食事を進める。
最近、パンばかりで飽きたなぁ。次はおにぎりでももらってくるか。
「昨夜未明、第二十区にて大型のザープが出現しました。調べによりますと_」
たまたまつけたチャンネルでキャスターの男性がニュースを読んでいる。さっきまで聞き流していた春樹の目がテレビに向く。
「ザープ、また出たのか…」
少し眉をひそめ、春樹は呟いた。
特別災害指定植物とくべつさいがいしていしょくぶつ>通称ザープは、二十一世紀後期に起きた超緑化現象ちょうりょくかげんしょうによって突然変異を起こし巨大化し怪物となった植物のことである。名前こそ植物となっているが、彼らには顔や手足のようなものが存在し、その姿は動物に酷似こくじしている。しかし、体を構成している物は葉や花、つるといった植物由来の物であるため、名義上植物という扱いになっている。ザープとなった植物は人や建物に被害を及ぼす。まさに生きる災害である。
画面はリポーターの人が現場へ出向き、壊された家屋などの映像が流れた。
ふと画面端の時刻が目に入った。
それを見た春樹の顔に焦りの色が浮かぶ。
「やべっ!もうこんな時間!」
慌てて残りのパンを口に押し込む。近くに置いてあった鞄を手に取ると玄関に走った。
春樹が靴を手に取ったとき、玄関のドアの鍵が開く音がした。
「はる兄、ちゃんと起きてるー?」
ドアが開き、外から中学生ぐらいの少女が顔を覗かせた。
「おぅ奈津菜。今出るところ」
向かいの家に住む、奈津菜なつなだ。
「またこんな時間に出て…。電車、乗り過ごしちゃうよ」
「大丈夫だって。走れば間に合うから」
「もう…」と奈津菜は呆れ顔をする。
「朝ご飯ちゃんと食べた?ごはん抜いちゃダメだよ」
「はいはい、ちゃんと三食食べてまーす」
毎食コンビニ飯だけど。
奈津菜は春樹が一人暮らしをしてからちょくちょく見に来るのだが、その度にいろいろ小言を言う。全く、世話好きなのかなんのやら。
「そう言えば、シードのメンテナンス行ってる?三、四ヶ月に一回は行かなきゃダメだからね」
「わかった、わかった。今週末に行くって」
軽く手を振り春樹は答えた。
ここの都市に住む人には独自の端末機器を身に付けることが義務付けられている。
シード。この都市の最新技術により空間ディスプレイを搭載した超小型携帯端末。これ一つで電話や買い物、インターネットと様々な機能が備わっている。簡単に言えば、小さなパソコンだ。所持者の親指の付け根に埋め込まれており、そこを刺激することで、起動できる。ガーデンからは定期的にメンテナンスに行くことを推奨しているが、正直、春樹はサボりがちである。
靴を履き終えると春樹は勢いよく玄関を駆け出す。。
「じゃあな、お前も遅れんなよ」
「はーい、はる兄も気をつけてねー」
奈津菜の言葉を背に春樹は駅へと向かった。
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