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第8話:放送——街に選択肢を
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古いマイクは重かった。
握った手のひらが汗で滑り、金属の冷たさが骨に染みる。
朝霧は息を吸い、吐く。
風が強い。塔が微かに揺れる。
下からは装甲隊の金属音が近づいてくる。
ユイが送信機の箱に顔を寄せたまま叫んだ。
「市長!短く!」
「長いと、切られる!」
切られる。
物理的にも、物語的にも。
朝霧はマイクへ口を寄せた。
そして、街へ声を落とした。
「アバンドル市民の皆さん——聞こえますか」
緊急放送用の回線は、遅れている分だけ荒い。
ノイズ混じりで、声が少し割れる。
それでも、届く。
住宅街の古いラジオ。
食堂の天井スピーカー。
廃工場の警報設備。
そして——旧式端末の緊急通知。
街のあちこちで、同じ声が鳴った。
「私は、アバンドル新市長、朝霧恒一です」
その名を告げた瞬間、
街の空気がざわつくのが想像できた。
犯人。
テロリスト。
総理の息子。
“物語”が、もう市民の頭にある。
だからこそ、朝霧は言葉を選んだ。
「私は就任式当日、『都市破壊テロ』の犯人に仕立てられました」
「——ですが、今日は言い訳をしません」
一瞬、塔の上で静寂が増した。
言い訳じゃなく、次の言葉を待っている。
朝霧は続けた。
「この街は、72時間後に——廃棄されます」
ユイが息を呑む。
下で装甲隊の動きが一瞬止まる気配がした。
放送は、彼らにとっても想定外だ。
朝霧は早口にしない。
“恐怖”は急いで伝えると、ただのパニックになる。
「廃棄都市処理プロトコル」
「そう書かれた文書が、旧市庁舎の地下保管庫から見つかりました」
「段階移行条件に——『世論誘導完了』のチェックが入っています」
市民が理解できる言葉だけで、
必要な骨だけを残す。
「つまり、私が犯人にされたことも」
「この街が遅れていることも」
「全部、廃棄のための準備です」
塔を登る金属音が早くなる。
装甲隊が焦っている。
ユイが叫ぶ。
「市長、紙!紙の証拠!」
朝霧は懐の封筒を持ち上げた。
もちろん、ラジオの向こうに紙は見えない。
だが“紙がある”と言うだけで意味がある。
データなら消せる。
紙は燃やさない限り残る。
そして燃やせば、燃やした事実が残る。
「私はここに、文書を持っています」
「紙です。消せません」
「この放送が終わったあと、私はこの文書の写しを——街の複数箇所に分けて残します」
ユイが頷き、配線の陰で小型のプリンタヘッドを叩く。
旧式の複写装置だ。
最先端都市なら笑われる。
でも今は武器になる。
朝霧は、最後の一押しを入れた。
「そして、皆さんに伝えます」
「この街は“捨てられた”のではありません」
「この街は——“隠すために作られた”」
風が唸る。
塔が揺れる。
下から怒号が飛んだ。
「放送を止めろ!」
「市長を確保しろ!」
もう時間がない。
朝霧は、言葉を切り替えた。
恐怖を煽るのは簡単だ。
でも恐怖だけでは、人は“誰かに守られたい”と思う。
その結果、監視が強くなる。
だから、渡すのは——選択肢。
「皆さん」
「72時間後、廃棄されるのは街だけじゃありません」
「あなたの生活も、家族も、記憶も、名前も——“なかったこと”にされます」
塔の上で、朝霧は目を閉じた。
胸の奥に、地下区画Nの目が浮かぶ。
ミナトの声。
ユイの手。
針谷の笑い。
そして、A-001の言葉。
“象徴を奪え”
朝霧は目を開けた。
「だから、皆さんにお願いではなく——提案をします」
「今日から72時間、アバンドルは『止める』」
「働くのを止める」
「回すのを止める」
「従うのを止める」
一瞬、自分でも大胆すぎると思った。
だが、それくらいしないと“物語”は変わらない。
「この街が動かないと、外の都市は困ります」
「アバンドルは遅れているからこそ、人の手でしか回らない場所が多い」
「そこを止めれば、私たちは“捨てられる側”から“止める側”になれる」
ユイが小さく「…やばい」と呟いた。
その顔は、怖いのに、少しだけ笑っている。
朝霧は続けた。
「集まってください」
「旧市庁舎前に。明日の朝6時」
「そこで、文書の写しを配ります」
「そして、皆さん自身の目で確認してください」
装甲隊が踊り場に到達した。
ライトが塔の梁を照らし、影が鋭く切れる。
「終わりだ、朝霧!」
隊長の声が上から響いた。
朝霧はマイクを握り直し、最後の言葉を投げた。
「私は逃げません」
「私はこの街に残ります」
「——廃棄されるなら、ここで一緒に抵抗します」
ユイが叫ぶ。
「市長!切る!」
「最後の一言、強く!」
朝霧は、喉の奥を燃やして言った。
「アバンドルは、まだ生きている!」
ユイが送信機の電源を落とした。
ランプが消え、ノイズが途切れる。
放送終了。
同時に——
装甲隊が塔の頂上へ踏み込んだ。
銃口が向けられる。
ライトが目を刺す。
「拘束する」
隊長が言った。
朝霧は両手を上げなかった。
代わりに、懐の封筒を握りしめた。
「それを渡せ」
隊長の声が硬くなる。
「それは国家機密だ」
朝霧は笑った。
初めて、自分が笑えた気がした。
「紙は、国家より燃えにくい」
次の瞬間、ユイが工具箱を投げた。
金属の箱が隊員の足元に当たり、バランスが崩れる。
「走れ!」
ユイが叫ぶ。
朝霧は即座に動いた。
塔の反対側、保守用の非常梯子へ。
「止めろ!」
銃声——ではなく、警告音。
この場所で撃てば証拠が残る。
彼らは撃てない。
ユイが後ろから降りながら言った。
「針谷は……!」
朝霧は答えられなかった。
下から聞こえる音はもうない。
笑い声も、怒号も。
二人は地上へ降り、夜の街へ走った。
風が冷たい。
だが胸の奥が熱い。
“街の耳”は、奪った。
あとは——
“街の足”を動かす。
その頃。
官邸。
白い部屋。
完璧な静けさ。
総理、朝霧正臣は、端末のログを見つめていた。
放送の記録。
アバンドル緊急回線の復旧。
そして、警備局の報告。
『放送塔より発信。市民の動揺を確認』
秘書が小声で言った。
「総理、これは……」
正臣は、答えない。
その代わり、指先で机を一度だけ叩いた。
——決断の音だった。
「……予定を前倒しする」
総理は言った。
「72時間は長すぎる」
秘書が息を呑む。
「発動を?」
「そうだ」
正臣の目が冷える。
「廃棄都市処理プロトコル」
「——48時間に短縮する」
その瞬間、官邸の壁に映るモニターに赤い文字が走った。
《発動まで 48:00:00》
正臣は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「恒一……」
「お前が選んだなら」
「私は、さらに重い選択をする」
朝霧の端末が震えた。
《廃棄都市処理プロトコル:発動まで 48:00:00》
カウントが、削られていた。
握った手のひらが汗で滑り、金属の冷たさが骨に染みる。
朝霧は息を吸い、吐く。
風が強い。塔が微かに揺れる。
下からは装甲隊の金属音が近づいてくる。
ユイが送信機の箱に顔を寄せたまま叫んだ。
「市長!短く!」
「長いと、切られる!」
切られる。
物理的にも、物語的にも。
朝霧はマイクへ口を寄せた。
そして、街へ声を落とした。
「アバンドル市民の皆さん——聞こえますか」
緊急放送用の回線は、遅れている分だけ荒い。
ノイズ混じりで、声が少し割れる。
それでも、届く。
住宅街の古いラジオ。
食堂の天井スピーカー。
廃工場の警報設備。
そして——旧式端末の緊急通知。
街のあちこちで、同じ声が鳴った。
「私は、アバンドル新市長、朝霧恒一です」
その名を告げた瞬間、
街の空気がざわつくのが想像できた。
犯人。
テロリスト。
総理の息子。
“物語”が、もう市民の頭にある。
だからこそ、朝霧は言葉を選んだ。
「私は就任式当日、『都市破壊テロ』の犯人に仕立てられました」
「——ですが、今日は言い訳をしません」
一瞬、塔の上で静寂が増した。
言い訳じゃなく、次の言葉を待っている。
朝霧は続けた。
「この街は、72時間後に——廃棄されます」
ユイが息を呑む。
下で装甲隊の動きが一瞬止まる気配がした。
放送は、彼らにとっても想定外だ。
朝霧は早口にしない。
“恐怖”は急いで伝えると、ただのパニックになる。
「廃棄都市処理プロトコル」
「そう書かれた文書が、旧市庁舎の地下保管庫から見つかりました」
「段階移行条件に——『世論誘導完了』のチェックが入っています」
市民が理解できる言葉だけで、
必要な骨だけを残す。
「つまり、私が犯人にされたことも」
「この街が遅れていることも」
「全部、廃棄のための準備です」
塔を登る金属音が早くなる。
装甲隊が焦っている。
ユイが叫ぶ。
「市長、紙!紙の証拠!」
朝霧は懐の封筒を持ち上げた。
もちろん、ラジオの向こうに紙は見えない。
だが“紙がある”と言うだけで意味がある。
データなら消せる。
紙は燃やさない限り残る。
そして燃やせば、燃やした事実が残る。
「私はここに、文書を持っています」
「紙です。消せません」
「この放送が終わったあと、私はこの文書の写しを——街の複数箇所に分けて残します」
ユイが頷き、配線の陰で小型のプリンタヘッドを叩く。
旧式の複写装置だ。
最先端都市なら笑われる。
でも今は武器になる。
朝霧は、最後の一押しを入れた。
「そして、皆さんに伝えます」
「この街は“捨てられた”のではありません」
「この街は——“隠すために作られた”」
風が唸る。
塔が揺れる。
下から怒号が飛んだ。
「放送を止めろ!」
「市長を確保しろ!」
もう時間がない。
朝霧は、言葉を切り替えた。
恐怖を煽るのは簡単だ。
でも恐怖だけでは、人は“誰かに守られたい”と思う。
その結果、監視が強くなる。
だから、渡すのは——選択肢。
「皆さん」
「72時間後、廃棄されるのは街だけじゃありません」
「あなたの生活も、家族も、記憶も、名前も——“なかったこと”にされます」
塔の上で、朝霧は目を閉じた。
胸の奥に、地下区画Nの目が浮かぶ。
ミナトの声。
ユイの手。
針谷の笑い。
そして、A-001の言葉。
“象徴を奪え”
朝霧は目を開けた。
「だから、皆さんにお願いではなく——提案をします」
「今日から72時間、アバンドルは『止める』」
「働くのを止める」
「回すのを止める」
「従うのを止める」
一瞬、自分でも大胆すぎると思った。
だが、それくらいしないと“物語”は変わらない。
「この街が動かないと、外の都市は困ります」
「アバンドルは遅れているからこそ、人の手でしか回らない場所が多い」
「そこを止めれば、私たちは“捨てられる側”から“止める側”になれる」
ユイが小さく「…やばい」と呟いた。
その顔は、怖いのに、少しだけ笑っている。
朝霧は続けた。
「集まってください」
「旧市庁舎前に。明日の朝6時」
「そこで、文書の写しを配ります」
「そして、皆さん自身の目で確認してください」
装甲隊が踊り場に到達した。
ライトが塔の梁を照らし、影が鋭く切れる。
「終わりだ、朝霧!」
隊長の声が上から響いた。
朝霧はマイクを握り直し、最後の言葉を投げた。
「私は逃げません」
「私はこの街に残ります」
「——廃棄されるなら、ここで一緒に抵抗します」
ユイが叫ぶ。
「市長!切る!」
「最後の一言、強く!」
朝霧は、喉の奥を燃やして言った。
「アバンドルは、まだ生きている!」
ユイが送信機の電源を落とした。
ランプが消え、ノイズが途切れる。
放送終了。
同時に——
装甲隊が塔の頂上へ踏み込んだ。
銃口が向けられる。
ライトが目を刺す。
「拘束する」
隊長が言った。
朝霧は両手を上げなかった。
代わりに、懐の封筒を握りしめた。
「それを渡せ」
隊長の声が硬くなる。
「それは国家機密だ」
朝霧は笑った。
初めて、自分が笑えた気がした。
「紙は、国家より燃えにくい」
次の瞬間、ユイが工具箱を投げた。
金属の箱が隊員の足元に当たり、バランスが崩れる。
「走れ!」
ユイが叫ぶ。
朝霧は即座に動いた。
塔の反対側、保守用の非常梯子へ。
「止めろ!」
銃声——ではなく、警告音。
この場所で撃てば証拠が残る。
彼らは撃てない。
ユイが後ろから降りながら言った。
「針谷は……!」
朝霧は答えられなかった。
下から聞こえる音はもうない。
笑い声も、怒号も。
二人は地上へ降り、夜の街へ走った。
風が冷たい。
だが胸の奥が熱い。
“街の耳”は、奪った。
あとは——
“街の足”を動かす。
その頃。
官邸。
白い部屋。
完璧な静けさ。
総理、朝霧正臣は、端末のログを見つめていた。
放送の記録。
アバンドル緊急回線の復旧。
そして、警備局の報告。
『放送塔より発信。市民の動揺を確認』
秘書が小声で言った。
「総理、これは……」
正臣は、答えない。
その代わり、指先で机を一度だけ叩いた。
——決断の音だった。
「……予定を前倒しする」
総理は言った。
「72時間は長すぎる」
秘書が息を呑む。
「発動を?」
「そうだ」
正臣の目が冷える。
「廃棄都市処理プロトコル」
「——48時間に短縮する」
その瞬間、官邸の壁に映るモニターに赤い文字が走った。
《発動まで 48:00:00》
正臣は、誰にも聞こえない声で呟いた。
「恒一……」
「お前が選んだなら」
「私は、さらに重い選択をする」
朝霧の端末が震えた。
《廃棄都市処理プロトコル:発動まで 48:00:00》
カウントが、削られていた。
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