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第一部:オフィス侵攻編
第一話 : コンシーラーという名の防弾チョッキ
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ピカピカに磨き上げられた加湿器を設置し、スイッチを入れる。
しめやかなミストが噴き出し、部長の傲慢な顔を白く煙らせた。
「本日も、晴天なり」
ミストに反射する陽光を見つめながら綺羅々が呟いたその時、背後から自信なさげな声が掛かった。
「あ、あの……南野先輩。加湿器の掃除、終わったんですか?」
そこに立っていたのは、今年入社したばかりの新人、**犬飼健(いぬかい たける)**だった。大型犬のような垂れ目と、まだ折り目の正しすぎるスーツ。彼はこの一ヶ月、教育係である綺羅々の背中を、畏怖と混乱が混ざったような目で見続けている。
「ええ、犬飼くん。不純物はすべて除去(デリート)したわ。あなたのデスクの加湿器も、後で私が『最適化』しておいてあげる」
「いえ! そんな、先輩にそんなことまで……」
「いいのよ。これは私のキャリブレーション(感覚調整)だから。それより犬飼くん、例の資料の入力は終わった?」
犬飼はビクリと肩を揺らした。
「あ、はい……一応。でも、部長から『もっとパッションが伝わるフォントにしろ』って言われて、今直してて……」
綺羅々は無言で犬飼のデスクへ歩み寄り、モニターを覗き込んだ。そこには、およそビジネス文書とは思えない、不必要に装飾された「パッション溢れる」フォントが並んでいた。
彼女は犬飼の肩にそっと手を置く。冷たい指先が、犬飼の体温を奪っていく。
「犬飼くん。パッションはフォントに宿るんじゃないわ。……『正確な数値』と『逃げ場のない論理』に宿るのよ。このフォント、全部MS明朝(デフォルト)に戻して」
「えっ、でも部長が……」
「いいから戻して。その代わり、このセルに隠された『参照エラー』と、部長が見落としている『昨年度比のマイナス要因』を、私が可視化(ビジュアライズ)してあげる。……それが、私たちが部長へ叩きつける、唯一の『誠意』よ」
犬飼は、圧倒的な圧力を放つ綺羅々の横顔に、言葉を失った。この人は、ただの事務員じゃない。会社の不純物を浄化し、理不尽を数字で殴り殺そうとしている、静かなる執行官だ。
「……はい、先輩! すぐ戻します!」
「いい返事ね。じゃあ、まずはこのデータの『全選択(Ctrl+A)』から始めましょうか」
綺羅々の指示に、犬飼は盲目的に従った。それは教育というよりは、もはや「子分」への洗脳に近い光景だった。
「本日も、晴天なり」
窓の外の青空に背を向け、綺羅々はモニターのブルーライトの中で、冷酷に、そして優雅に微笑んだ。
しめやかなミストが噴き出し、部長の傲慢な顔を白く煙らせた。
「本日も、晴天なり」
ミストに反射する陽光を見つめながら綺羅々が呟いたその時、背後から自信なさげな声が掛かった。
「あ、あの……南野先輩。加湿器の掃除、終わったんですか?」
そこに立っていたのは、今年入社したばかりの新人、**犬飼健(いぬかい たける)**だった。大型犬のような垂れ目と、まだ折り目の正しすぎるスーツ。彼はこの一ヶ月、教育係である綺羅々の背中を、畏怖と混乱が混ざったような目で見続けている。
「ええ、犬飼くん。不純物はすべて除去(デリート)したわ。あなたのデスクの加湿器も、後で私が『最適化』しておいてあげる」
「いえ! そんな、先輩にそんなことまで……」
「いいのよ。これは私のキャリブレーション(感覚調整)だから。それより犬飼くん、例の資料の入力は終わった?」
犬飼はビクリと肩を揺らした。
「あ、はい……一応。でも、部長から『もっとパッションが伝わるフォントにしろ』って言われて、今直してて……」
綺羅々は無言で犬飼のデスクへ歩み寄り、モニターを覗き込んだ。そこには、およそビジネス文書とは思えない、不必要に装飾された「パッション溢れる」フォントが並んでいた。
彼女は犬飼の肩にそっと手を置く。冷たい指先が、犬飼の体温を奪っていく。
「犬飼くん。パッションはフォントに宿るんじゃないわ。……『正確な数値』と『逃げ場のない論理』に宿るのよ。このフォント、全部MS明朝(デフォルト)に戻して」
「えっ、でも部長が……」
「いいから戻して。その代わり、このセルに隠された『参照エラー』と、部長が見落としている『昨年度比のマイナス要因』を、私が可視化(ビジュアライズ)してあげる。……それが、私たちが部長へ叩きつける、唯一の『誠意』よ」
犬飼は、圧倒的な圧力を放つ綺羅々の横顔に、言葉を失った。この人は、ただの事務員じゃない。会社の不純物を浄化し、理不尽を数字で殴り殺そうとしている、静かなる執行官だ。
「……はい、先輩! すぐ戻します!」
「いい返事ね。じゃあ、まずはこのデータの『全選択(Ctrl+A)』から始めましょうか」
綺羅々の指示に、犬飼は盲目的に従った。それは教育というよりは、もはや「子分」への洗脳に近い光景だった。
「本日も、晴天なり」
窓の外の青空に背を向け、綺羅々はモニターのブルーライトの中で、冷酷に、そして優雅に微笑んだ。
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