魔法使いのス―パ―ばあちゃん、道に迷ってざまぁ……三昧!悪徳領主に王様まで、街の小物も頭が高い……

La Mistral

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第一章 旅立ちと道草

【第3話】盗賊よ、わしを誰だと思っておる

 南街道を歩き始めて半刻ほどじゃった。

 最初のうちは広々とした道じゃった。農家の軒先に洗濯物が翻り、畑では農夫たちが黙々と鍬を振るっておる。行商人の荷車とすれ違い、旅人の一団とすれ違い、羊の群れを追う少年とすれ違った。少年はわしを見て目を丸くし、羊を追うのをすっかり忘れて羊に踏み越されておったが、まあそれは本人の問題じゃ。

 のんびりしたもんじゃ、と思いながら歩いておったが——だんだんと、道の様子が変わってきた。

 左右の木立が道に迫り出し、空が狭くなる。石畳が途切れ、土の道になる。日陰が増え、空気がひやりとする。旅人の往来もぱったりと途絶えた。

 わしはぴたりと足を止めた。

 シルヴァーが翼をたたんで肩に降り立ち、黄色い目でじっと前方を見た。ルーンも足を止め、しっぽをまっすぐ立てた。

 三百年の経験が、静かに告げておる。

 ——来るな、これは。

 木立の影が揺れた。草むらがざわりと動いた。鳥の声がぴたりと止まった。

 風もない。虫の声もない。あるのは、誰かが息を殺している気配だけじゃ。

「止まれ、婆ぁ!!」

 案の定じゃ。

 ならず者が三人、道の両脇の茂みから飛び出してきた。リーダー格らしき大柄な男が棍棒を、左の細身の男が錆びた剣を、右のずんぐりした男が手斧を、それぞれ構えておる。年齢はそれぞれ二十代から三十代といったところ。服は汚れ、髭は伸び放題じゃ。目つきだけは鋭い。腹を空かせた獣みたいな目じゃ。

「金目のものを出しな! 逆らったら痛い目みるぞ!」

 大柄な男が棍棒を振り回しながら凄んでくる。声は低く、態度は堂々としておる。こういう真似に慣れておるのじゃろうな。

 わしはひとつ、ふんと鼻を鳴らした。

「お前ら、わしが何者か分かって絡んでおるか?」

「あ? 知るか! そこらの旅の老婆じゃろうが! 金を出せ! 早くしろ!」

「そうか。知らんか」

 わしはゆっくりと右手を持ち上げた。

「ならば教えてやろう。わしはマグダレーナ・エルドウィン。王立アルカナ魔法学院、元院長じゃ。魔法使い歴、三百二十年。国王陛下より直々に叙勲された最上位特級魔法師で——」

「うるせえ! 長い! 早く金を出せ!」

「——かつて、北の竜の巣を単身で壊滅させた。それがわしじゃ」

 三人が、ちらりと顔を見合わせた。

 細身の男が「ただのボケ老人じゃねえか?」と笑った。

 ずんぐりした男が「さっさとやっちまえよ」とうなずいた。

 そして大柄な男が棍棒を高く振り上げ、どすどすと地を踏みしめながら、わしに向かって踏み込んできた。

 わしはその男の目を見た。

 本気で振り下ろすつもりじゃ。まあ、そうじゃろうな。

「——ま、やってみよ」

 ぱちん。

 指を鳴らした。それだけじゃ。

 次の瞬間、三人のならず者は揃って、道脇の麦畑の中に頭から突き刺さっておった。

 地面に逆さまに埋まり、尻と足だけが空に向かってぴょこぴょこと情けなく揺れておる。

「いやあああっ! な、なんだこれぇっ!!」

「だせ! だしてくれっ! 土が鼻に入るうっ!!」

「た、たすけてくれええっ! 息ができないっ!!」

 重力反転魔法じゃ。

 対象の重力を真逆にひっくり返す術で、わしが五十年かけて完成させた傑作じゃ。発動に必要なのは魔力の最小出力——ちょうど「指一本鳴らす」程度。実に省エネで、実に効果的で、実に快適じゃ。相手を傷つけず、しかし完璧に無力化できる。わしのお気に入りの魔法のひとつじゃ。

 わしは揃って麦畑に埋まった三本の足を眺めながら、ゆっくりと歩き続けた。

「一刻もすれば術が解ける。死にはせん」

「たすけてくれええっ!!」

「次に悪さをしようと思うたとき、今日のことを思い出すがよい」

 それだけ言って、あとは振り返らなかった。

 後ろから「だれかたすけてくれぇぇぇっ」という叫び声が長々と続いたが、無視した。自業自得というものじゃ。

「キュルル」

 シルヴァーが嬉しそうに鳴いた。

「そうじゃな、幸先がよいのう」

 ルーンはすでに盗賊たちが落とした袋を器用に爪で引っかいて開け、中を探っておった。干し魚が出てきた。どこで仕入れたのか、なかなか立派な干し魚じゃ。ルーンは迷いなく咥えた。

「……まあ、盗賊から盗っても罰は当たらんじゃろ」

 指一本鳴らす労力すら惜しいくらいじゃったが、今日は旅の初日じゃ。気前よく相手をしてやったわしを、むしろ褒めてほしいくらいじゃ。

 叫び声がだいぶ遠くなったころ、ルーンが干し魚を咥えたまま颯爽と追いついてきた。

「……お前はいつでも自分のことだけじゃな」
「にゃあ」

 まったく悪びれない。

 わしたちが街道をさらに進んでおると、道端に農夫の爺さんがひとり立っておった。さっきの騒ぎを遠目に見ておったのじゃろう、目を丸くして口をぽかんと開けておる。

「あの……婆さん、今のは……」

「重力反転魔法じゃ。一刻で解ける。死にはせん」 

「は、はあ……」

 爺さんはまだ状況を飲み込めておらんようじゃ。

「あの連中……この辺じゃ有名な盗賊でしてね。もう何人も被害に遭っておるんですが、衛兵がなかなか動いてくれなくて……」

「ほう」

 わしは足を止めて、爺さんの顔をまじまじと見た。日に焼けた、苦労の滲む顔じゃ。皺が深い。手が荒れておる。毎日よう働いておる人間の顔じゃ。

「衛兵に訴えたのか」

「何度も。でも、袖の下を渡さんと動かんくて……うちらみたいな農民じゃあ、そんな金も……領主様への年貢もかさんでおりますし……」

「そうか」

 わしはふむ、と顎を撫でた。衛兵が動かん、か。では——

 わしはもう一度指を鳴らした。今度は二本。麦畑の中で「ぐわあっ!」という声が三つ重なった。重力が戻り、頭から地面に落ちた三人分の音じゃろう。続いてぐしゃり、どすん、という情けない音。

 それからするするっと細い縄を魔法で生み出し、ふわりと飛ばした。縄は自動的に三人の手足をぐるぐると縛り上げ、芋虫みたいに丸めて道の真ん中に転がした。

「衛兵に持っていくとよい。土産がある方が動きやすかろう」

「い、いいんですか?」

「どうせわしには要らん。好きにせい」

 爺さんが「ありがとうございます! ありがとうございます!」と何度もお辞儀をした。

 転がった三人が「この婆あ、覚えてろ!」「ただじゃおかねえ!」と喚いておったが、縛られたままじたばたするだけで何もできん。

「覚えてろ、と言うたか」

 わしは振り返って、芋虫になった三人を見た。

「次に会うたときは、今日よりもっと手加減せんからな。それだけ覚えておけ」

 三人がぴたりと黙った。

 わしは鼻を鳴らして、また歩き出した。
 背後で爺さんが「本当にありがとうございました!」と叫んでおった。

 盗賊を退治し、爺さんの役に立ち、腹も満ちておる。シルヴァーは気持ちよさそうに青空を旋回し、ルーンは干し魚を満足げに咥えて跳ねておる。

 なんとも気持ちのいい、旅の初日じゃった。


                      ――第3話 了――
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