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第4話 聞かされた真実
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体が痛いことはしなかったが、心が痛かった。
この世界は暗闇しかない。
見世物にもなりたくない。
自分は誰にも愛されることはないし、楽しい事もない。
一層、早く死にたくなった。
***
野宿をし、明るくなってから谷を下った。
「おい、次の村でお前は死ねるぞ」
苛立った様子でロベルトが言ったのは、谷底の村へ行くべく足場の悪い道を進んでいる時だった。
小石が邪魔をしてなかなか前に進めなかったブラッドは、顔を上げて随分先にいる青年を映す。
「やっと……か」
呟いてすぐに足元を見る。足場を見付けては慎重に進んだ。
「お前の命無駄にはしないさ」
ゆっくりと近付いて来る自分を見て、ロベルトは鼻で笑いながら言った。ロベルトは大体いつも自分を見下してくる。
「うん」
ボソリと言いそういえば、と続ける。
「昨日店主に、俺を食べるって言ってたけどあれは何?」
「前も言っただろうが忘れんなよ」
やっとの思いで青年の元に辿り着くなり、冷たい碧眼で見下ろされた。
そんな事は聞いていない。
「…………ごめん」
一応謝罪の言葉を口にするものの、返ってきたのは深い溜め息だった。その音を聞く度に気が重くなる。
「仕方ない、もう一度言ってやる。私の時間を止めてくれた悪魔は立ち上がるのも嫌がる面倒臭がりでな。だから私が趣味のいい悪魔の前まで行って、お前を食べなきゃいけないんだよ。そうしたら、面白いショーを見せてくれたお礼に悪魔が時間を百年分止めてくれるのさ。時間が動き出すギリギリじゃないとこいつはやってくれなくてな、私はこのショーを定期的にやっている」
「食べる、って、なに?」
もしかしたら本当に同性を揺さぶらないといけないのだろうか。不老不死も大変だなとちょっと同情した。
しかし。
「生きている奴を文字通り食べるからあいつは喜ぶんだよ」
これで話は終わりだとロベルトは前に進み始める。
「…………え?」
だけど自分は前に進めなかった。
ロベルトの言葉に、後ろから殴られたような衝撃を受けていた。
自分もあの店主と同じで、”食べる”は比喩だと思っていたのだ。まさか本当に人を食べるとは思わなかった。
死にたいのは本当だ。
こんな辛いだけの世界なら死んだ方がマシだ。
しかし死ぬにしても食べられながら死ぬのは、生きているよりも嫌だった。
見世物小屋にいた時、自分は生きている虫を食べてきた。だからって食べられたくはない。
最初に詳細を聞かなかった自分が悪いとは思う。思うが。
生きたまま食べられる。
殴られるよりも虫を食べるよりも何倍も嫌で、怖かった。
今までに味わったことのない痛みの中で、眼前に映る人間に食べられる。その時を想像すると、歯が鳴った。
「……っ」
先に進むロベルトの後を追えずにいると、青年の背中がどんどん遠ざかっていった。
自分も早く後を追わないと罵倒される。
分かってはいるが、どうしてか追い掛けるのが嫌だった。
空を飛ぶ飛空艇の音が、やたらうるさく感じられた。
***
それからはロベルトと一言も話さず、夕刻を迎えた。
前を歩く青年が口を開いたのは、道らしい道が岩間に出来てきた頃だった。
「見えたぞ、あの村だ」
その声に地面から顔を上げる。湿度の高さに疲れていたのでホッとした。
寂しい村だった。
見世物小屋にいた関係大陸を一周した事があるブラッドでさえ、こんな千年前に作られたような村は初めて見たくらいだ。
ぽつんぽつんと立っている藁と木で造られた民家は、風から主人を守れそうにもない程頼りない。痩せている木が一本生えている以外は緑がなく、石だらけの地面が目立っている。日の当たらない谷底というのが、一層村を寂しく見せた。
見た限り人もいないし、幽霊が住んでいると言われても納得できそうな程生活感のない廃村だった。
崖上にあった昨日の村が、繁華街に思えてきた。
「いつ見ても陰気臭い村だな」
ロベルトが吐き捨てるように言う。
「……何でこんなところに村があるんだろう」
思わず呟いていた。
呟いた後、ロベルトに罵倒されると気付いて気まずくなり、視線を地面に落とす。
その時、頭上から聞いたことのない少女の声がした。
「それはね、ここが昔隠遁地だったからだよ」
突然の声にハッとして顔を上げる。今までに聞いたことがないような澄んだ声だった。
この世界は暗闇しかない。
見世物にもなりたくない。
自分は誰にも愛されることはないし、楽しい事もない。
一層、早く死にたくなった。
***
野宿をし、明るくなってから谷を下った。
「おい、次の村でお前は死ねるぞ」
苛立った様子でロベルトが言ったのは、谷底の村へ行くべく足場の悪い道を進んでいる時だった。
小石が邪魔をしてなかなか前に進めなかったブラッドは、顔を上げて随分先にいる青年を映す。
「やっと……か」
呟いてすぐに足元を見る。足場を見付けては慎重に進んだ。
「お前の命無駄にはしないさ」
ゆっくりと近付いて来る自分を見て、ロベルトは鼻で笑いながら言った。ロベルトは大体いつも自分を見下してくる。
「うん」
ボソリと言いそういえば、と続ける。
「昨日店主に、俺を食べるって言ってたけどあれは何?」
「前も言っただろうが忘れんなよ」
やっとの思いで青年の元に辿り着くなり、冷たい碧眼で見下ろされた。
そんな事は聞いていない。
「…………ごめん」
一応謝罪の言葉を口にするものの、返ってきたのは深い溜め息だった。その音を聞く度に気が重くなる。
「仕方ない、もう一度言ってやる。私の時間を止めてくれた悪魔は立ち上がるのも嫌がる面倒臭がりでな。だから私が趣味のいい悪魔の前まで行って、お前を食べなきゃいけないんだよ。そうしたら、面白いショーを見せてくれたお礼に悪魔が時間を百年分止めてくれるのさ。時間が動き出すギリギリじゃないとこいつはやってくれなくてな、私はこのショーを定期的にやっている」
「食べる、って、なに?」
もしかしたら本当に同性を揺さぶらないといけないのだろうか。不老不死も大変だなとちょっと同情した。
しかし。
「生きている奴を文字通り食べるからあいつは喜ぶんだよ」
これで話は終わりだとロベルトは前に進み始める。
「…………え?」
だけど自分は前に進めなかった。
ロベルトの言葉に、後ろから殴られたような衝撃を受けていた。
自分もあの店主と同じで、”食べる”は比喩だと思っていたのだ。まさか本当に人を食べるとは思わなかった。
死にたいのは本当だ。
こんな辛いだけの世界なら死んだ方がマシだ。
しかし死ぬにしても食べられながら死ぬのは、生きているよりも嫌だった。
見世物小屋にいた時、自分は生きている虫を食べてきた。だからって食べられたくはない。
最初に詳細を聞かなかった自分が悪いとは思う。思うが。
生きたまま食べられる。
殴られるよりも虫を食べるよりも何倍も嫌で、怖かった。
今までに味わったことのない痛みの中で、眼前に映る人間に食べられる。その時を想像すると、歯が鳴った。
「……っ」
先に進むロベルトの後を追えずにいると、青年の背中がどんどん遠ざかっていった。
自分も早く後を追わないと罵倒される。
分かってはいるが、どうしてか追い掛けるのが嫌だった。
空を飛ぶ飛空艇の音が、やたらうるさく感じられた。
***
それからはロベルトと一言も話さず、夕刻を迎えた。
前を歩く青年が口を開いたのは、道らしい道が岩間に出来てきた頃だった。
「見えたぞ、あの村だ」
その声に地面から顔を上げる。湿度の高さに疲れていたのでホッとした。
寂しい村だった。
見世物小屋にいた関係大陸を一周した事があるブラッドでさえ、こんな千年前に作られたような村は初めて見たくらいだ。
ぽつんぽつんと立っている藁と木で造られた民家は、風から主人を守れそうにもない程頼りない。痩せている木が一本生えている以外は緑がなく、石だらけの地面が目立っている。日の当たらない谷底というのが、一層村を寂しく見せた。
見た限り人もいないし、幽霊が住んでいると言われても納得できそうな程生活感のない廃村だった。
崖上にあった昨日の村が、繁華街に思えてきた。
「いつ見ても陰気臭い村だな」
ロベルトが吐き捨てるように言う。
「……何でこんなところに村があるんだろう」
思わず呟いていた。
呟いた後、ロベルトに罵倒されると気付いて気まずくなり、視線を地面に落とす。
その時、頭上から聞いたことのない少女の声がした。
「それはね、ここが昔隠遁地だったからだよ」
突然の声にハッとして顔を上げる。今までに聞いたことがないような澄んだ声だった。
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