飛空艇の下で

上津英

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第5話 少女との出会い

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 どこから声がしたのかと周囲をキョロキョロと見渡し、人影が見えて木を見上げる。

「こんにちは、旅人さんっ」

 一番太い木の枝に座っていたのは、自分と同じくらいの歳の少女だ。
 青白い毛皮の外套に身を包み、頑丈に編まれた革靴を履いた足をぶらぶらと宙に揺らしている。
 胸までの長さの銀髪はキラキラとしていて綺麗だった。長い睫毛に縁取られた青色の瞳は、飛空艇から見下ろした海にように濃い青色をしている。
 こんな可憐な少女があんな痩せている木の上にいるなんて、自殺願望でもあるのだろうか。

「ここは昔、修道士の修行や逃亡者が身を潜めるのに最適な場所だったんだって。悪魔を召喚する儀式とかも行われてたって昔話もあるくらいだよ、っとぉ!」

 言い終えるなり少女は木の上から飛び降り、自分と目を合わせてきた。

「わあ、子供がこんな辺鄙なとこに来るなんて珍しいなあ」
「えっ……と」

 こんな風に誰かと目を合わせるのは初めてのことで、どう反応していいか分からなかった。しかもにこにこと笑いかけてくる。
 言葉に詰まっていると、猫を被ったロベルトが口を開く。

「こんにちは。君はこの村の方ですか?」

 話しかけられたことに気付いた少女の視線が外れ、ロベルトに向いた。

「そうだけど。お兄さん達旅人でしょ? 上の村では見ない顔だし」

 どうやらこの村は崖上の村と交流があるようだ。この少女とも知り合いだたろう店主の件で罪悪感を覚える。

「そう、人を探しに来た旅人と、その連れです。この村には宿がありましたよね? それは今もありますか?」

 少女はロベルトの言い回しに一瞬不思議そうに首を傾げるも、誰かに聞いたのかなとすぐに納得したらしく、首を縦に振る。

「私の家の隣にあるよー。旅人や行商人、上の人達しか利用しないから、いつだって満室にならない所がね! 案内しよっか?」
「ぜひお願いします」

 ロベルトに頼まれると少女は嬉しそうに笑い、村の奥に進み始めた。驚いた。自分と歳も近いのに、どうしてこのように笑えるのだろう。

「ほら、行きますよ」

 いつもと声音の違う悪魔の声が、着いてくるように自分を促す。
 ロベルトの声に、少女がこちらを向いた。
 じぃ、と見られなんだか居心地が悪い。

「……う……うん……」

 首を縦に振ると少女がやっと自分から視線を外し、進んでいく。
 人からそんなに見られた事がないからか体温が上がってしまった。
 冷たい風が自分の髪を靡かせる中、初めて見る生き物を観察するように少女の背中を映し、村の中を歩いていった。

「辺境の村だけどさー、酒場はあるからお兄さんお金落としていってね」
「ふふ、ちゃっかりしてますねぇ」

 少女とロベルトが取り留めのない会話をしている一歩後ろを歩く。

「ここの村の人達、旅人と話すのが好きなんだ。きっとお兄さん、ものすごく絡まれるよ!」
「…………あはは」

 寂しいと思っていた村も中に進むと、殆どが大人ではあったがそこそこに人がいた。きっと若い人は飛空艇に乗って帝都に出てしまったのだろう。
 柵や樽など人工物もちらほらと見受けられて、廃村ではなく寒村程度には生活感があった。
 物珍しそうにじろじろと自分達を見てくる視線もある。悪いことをしている気がして落ち着かない。

「着いたよ、ここが村で一つしかない宿屋でっす」

 自然と剥き出しの地面を見ながら歩いていると、程なくして少女が声を上げた。
 その声に釣られて顔を上げると、切り立った崖を背に石造りの平屋が建っていた。村の中にあった家屋よりも僅かにではあるが小綺麗な外観をしている。

「マーランドさん! お客さん連れて来たよー!」

 少女は手柄を誇るかのように声を上げ、自分達を置いて一人建物の中に入っていく。

「この風景は変わんねぇな……」

 少女が扉を閉めた直後、一息入れた悪魔がぼそりと呟く。
 その声に思わずビクリと肩が跳ねた。食べられると聞いてから拒絶反応が今まで以上に増している。そう実感した。
 隣にいる悪魔は少女の後を追うでも、こちらを見るでもなく、まるで久しぶりに会った友を見ているかのような目で崖を眺めている。
 この悪魔がどれほど生きているかは知らないが、相当生きているだろうことは何となく伝わってくる。その中で人間はたくさん死んでいっただろうが、自然は不変の物なのだろう。

「……」

 ブラッドは応えることなく俯いた。
 髪が風に一度揺れた頃、沈黙は少女の声によって壊された。

「旅人さんっ、早くおいでよー!」
「ああ、すみません」

 ロベルトがにこやかに返事をして、宿屋へと近付いていく。
 一拍遅れてその後を着いていった。

「村の入口で宿屋を探していたから、案内してあげたよ。酒場の宣伝もしておいた! 偉いでしょ? お小遣くれてもいいよ?」

 宿屋の中に入ると、少女が白いエプロンを着けた女将に小遣いをねだっていた。

「ったく、モニカは調子がいいんだから!」

 女将が、どうやらモニカと言うらしい少女を小突く振りをする。

「えへへっ」

 その動作に、モニカはまるで欲しい物でも貰ったかのようにクシャリと笑った。

「……」

 異世界にでも迷い込んだかと思った。
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