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第6話 初めての世界
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大人と子供が、このように言葉を交わすなど、信じられなかった。
大人は子供を利用するものだと思っていた。
目を丸くしながら二人を見ていると、すぐに女将がロベルトの方に寄ってきた。
「いらっしゃい~、こんな所にわざわざ来てくださり有り難うございます。宿泊、ですよね? 食事もお出しできますが、料金に上乗せでお願いします」
「ねえねえ、人を探しに来たって言ってたけど誰を探しに来たの?」
ロベルトが女将の言葉に頷くより先に、モニカが話に割って入ってくる。そんな風に商売の邪魔をしたら、今度こそ本当に殴られるのではないかと心配になった。
「こらモニカ! 邪魔しないの!」
やっぱり怒られている。しかし殴られてはいなかった。
「知り合いはこの村には居ないんですよ。もっと奥に住んでいる隠者でして」
「ああ。森の奥の奥に行くとたまに焚火の跡がある、ってそういえば男共が言ってたねぇ。その人かい」
「んー、おそらく」
「それじゃあお部屋にご案内いたしますね。こちらへどうぞ」
ロベルトの話を追求することなく、女将は廊下に自分達を案内しようとする。
その動作に正気を取り戻し、ようやく視線をモニカから外した。モニカも自分の視線に気が付いていたらしく、少し罰が悪そうにはにかんでいた。
「はい。……ブラッド、行きますよ」
女将の後を追って廊下に向かったロベルトは、穏やかながらも自分を急かしてきた。
すぐには頷けず、数秒してから二人の後を着いていく。
「ごゆっくり!」
廊下に差し掛かったところで、後ろからどこか満足したようなモニカの声が聞こえてきた。
***
女将に案内されたのは、二部屋ある中でより奥にあるこじんまりとした部屋だった。
「こちらが部屋になります、備品は好きに使ってくださいね」
「有り難うございます。ああっと食事は上乗せでしたよね……では彼の分だけ、夕飯をお願いいたします」
そう言いロベルトはこちらを指差す。
「了解いたしました。お客様は?」
「私は彼女に酒場でお金を落とすよう言われていましてね」
よそ向けの笑顔を張り付けたロベルトが言うと、女将は自分のことのように目を丸くした後あたふたと肩を縮こませた。
「モニカってば……! ご、ごめんなさい、お客様。無理に気を遣わなくていいですから」
「いえいえ、私も酒は好きですから」
恥ずかしがる女将をフォローするようにロベルトは続け、顔を僅かにこちらへ向ける。
「そう言うわけですから、よろしくお願いしますね」
ロベルトはいつもと変わらず猫をかぶっている。対して自分はいつも通り振る舞えずにいた。
「……う、うん」
小さく頷くと、話している相手が人食いとは微塵も思っていないだろう女将が、いいことでも思い付いたかのように声を弾ませ続けてきた。
「そういえば! 昼チョコレートケーキを焼いたのよ、食後のデザートに貰って」
一瞬女将の言葉が飲み込めなかった。
少ししてそれが自分に物をくれるということだと分かり、信じられない思いで顔を上げる。
「へっ?」
口から間抜けな声が零れる。
自分が人から物を貰える価値のある人間だと、思ったことがなかった。
「たくさん作ったから遠慮しなくていいのよ」
まるで母親が子供にするようににっこりと微笑みながら言われ、なぜだか泣きそうになった。
悲しかったからじゃない。ずっと誰かにこう微笑まれたかった。
込み上げてきた涙をごまかすように何度か瞬き、気恥ずかしくなって顔を逸らす。
「ごめんなさい、彼は人見知りが激しくて。どうも有り難うございます」
どうやって「有り難うございます」を言えばいいか悩んでいると、横からロベルトが割り込んでくる。
「あら、そうなんですか。嫌いなのかと思ったけどよかったわ。では失礼いたします、ごゆっくり」
女将はそれ以上話を続けることなく、その場を後にした。廊下に残された自分達も部屋に入っていく。
男二人には少々窮屈な部屋だ。備品と言う程の物もなく寝台と机だけがあるような部屋だ。
後ろ手に扉を閉めるなり、ロベルトが呆れたような溜め息をついたのが聞こえてきた。
大人は子供を利用するものだと思っていた。
目を丸くしながら二人を見ていると、すぐに女将がロベルトの方に寄ってきた。
「いらっしゃい~、こんな所にわざわざ来てくださり有り難うございます。宿泊、ですよね? 食事もお出しできますが、料金に上乗せでお願いします」
「ねえねえ、人を探しに来たって言ってたけど誰を探しに来たの?」
ロベルトが女将の言葉に頷くより先に、モニカが話に割って入ってくる。そんな風に商売の邪魔をしたら、今度こそ本当に殴られるのではないかと心配になった。
「こらモニカ! 邪魔しないの!」
やっぱり怒られている。しかし殴られてはいなかった。
「知り合いはこの村には居ないんですよ。もっと奥に住んでいる隠者でして」
「ああ。森の奥の奥に行くとたまに焚火の跡がある、ってそういえば男共が言ってたねぇ。その人かい」
「んー、おそらく」
「それじゃあお部屋にご案内いたしますね。こちらへどうぞ」
ロベルトの話を追求することなく、女将は廊下に自分達を案内しようとする。
その動作に正気を取り戻し、ようやく視線をモニカから外した。モニカも自分の視線に気が付いていたらしく、少し罰が悪そうにはにかんでいた。
「はい。……ブラッド、行きますよ」
女将の後を追って廊下に向かったロベルトは、穏やかながらも自分を急かしてきた。
すぐには頷けず、数秒してから二人の後を着いていく。
「ごゆっくり!」
廊下に差し掛かったところで、後ろからどこか満足したようなモニカの声が聞こえてきた。
***
女将に案内されたのは、二部屋ある中でより奥にあるこじんまりとした部屋だった。
「こちらが部屋になります、備品は好きに使ってくださいね」
「有り難うございます。ああっと食事は上乗せでしたよね……では彼の分だけ、夕飯をお願いいたします」
そう言いロベルトはこちらを指差す。
「了解いたしました。お客様は?」
「私は彼女に酒場でお金を落とすよう言われていましてね」
よそ向けの笑顔を張り付けたロベルトが言うと、女将は自分のことのように目を丸くした後あたふたと肩を縮こませた。
「モニカってば……! ご、ごめんなさい、お客様。無理に気を遣わなくていいですから」
「いえいえ、私も酒は好きですから」
恥ずかしがる女将をフォローするようにロベルトは続け、顔を僅かにこちらへ向ける。
「そう言うわけですから、よろしくお願いしますね」
ロベルトはいつもと変わらず猫をかぶっている。対して自分はいつも通り振る舞えずにいた。
「……う、うん」
小さく頷くと、話している相手が人食いとは微塵も思っていないだろう女将が、いいことでも思い付いたかのように声を弾ませ続けてきた。
「そういえば! 昼チョコレートケーキを焼いたのよ、食後のデザートに貰って」
一瞬女将の言葉が飲み込めなかった。
少ししてそれが自分に物をくれるということだと分かり、信じられない思いで顔を上げる。
「へっ?」
口から間抜けな声が零れる。
自分が人から物を貰える価値のある人間だと、思ったことがなかった。
「たくさん作ったから遠慮しなくていいのよ」
まるで母親が子供にするようににっこりと微笑みながら言われ、なぜだか泣きそうになった。
悲しかったからじゃない。ずっと誰かにこう微笑まれたかった。
込み上げてきた涙をごまかすように何度か瞬き、気恥ずかしくなって顔を逸らす。
「ごめんなさい、彼は人見知りが激しくて。どうも有り難うございます」
どうやって「有り難うございます」を言えばいいか悩んでいると、横からロベルトが割り込んでくる。
「あら、そうなんですか。嫌いなのかと思ったけどよかったわ。では失礼いたします、ごゆっくり」
女将はそれ以上話を続けることなく、その場を後にした。廊下に残された自分達も部屋に入っていく。
男二人には少々窮屈な部屋だ。備品と言う程の物もなく寝台と机だけがあるような部屋だ。
後ろ手に扉を閉めるなり、ロベルトが呆れたような溜め息をついたのが聞こえてきた。
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