飛空艇の下で

上津英

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第11話 生きる為に

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 朝露を受けて輝いている葉はこんな時に見ても綺麗だ。きっとこの世界にいることが楽しいのだろう。
 そうだ。
 世界は楽しいのだ。
 思わず足を止め、この世界であの少女と生きたいと、強く思った。
 そのためにはどんな手を使ってもロベルトから逃げないといけない。
 滅多に人が踏み入れないだろう森の中には両手の縄を切れそうな物はない。嫌という程木が茂っているだけだ。

 木の高さはそれぞれで、手を伸ばせば枝に届きそうな物から頂上から落ちれば即死しそうな高さの物まである。
 その木の多さにハッと気付いた。木しかないのなら木を利用すればいい。
 ブラッドは自分よりも僅かに大きく細い木を見付けると、両手を振り上げ枝にぶら下がるように縄を引っ掛けた。足が地面から僅かに離れる。
 その僅かな差を利用して地面を蹴り宙に飛んだ。
 膝を折って勢いよく落下すると、余計についた勢いのおかげで縄が枝に負荷をかけた。ビキ、という鋭い音が響き枝が折れる。

「いたっ!」

 膝が地面にぶつかって痛いし、折れた枝が頭に落ちてきてチクチクする。眉を顰めながら今しがた折った枝を見上げた。
 思ったとおりだった。
 無造作に折った枝は先端が尖っている。ナイフ、とまではいかないものの鋭利な爪よりもずっと切れ味が良さそうだ。
 そこに縄を当て、繊維を切っていく。一度で切れはしないので、何度も何度も勢いを付けて切っ先に縄をぶつけていく。狙いがずれ手首の皮膚を切ってしまい血が手首をつたっていく。
 それを何回も繰り返している内に、縄が緩くなった。本当は縄を切るつもりだったが、この際何でもいい。
 縄を緩めて手の拘束を解く。

「どこだっ!!」

 手が自由になったことに胸を撫で下ろすと同時に、後方からロベルトの怒鳴り声が聞こえてきた。
 昔土地を侵略したという蛮族もこんな怒号を撒き散らしていたのだろう。
 背筋が凍るのを感じ、深く考えずに走り出している自分がいた。

***

 しくじった。
 ロベルトから逃げるため森の更に奥に入り込んでしまった。
 これ以上逃げるところがなく、引き返したらどうしてもロベルトと遭ってしまう。
 だと言うのに手ぶらで逃げてきてしまった。自分を縛っていた縄くらい拾っておけばよかった。切れかけの短い縄でも何かの役に立ったかもしれないのに。
 先程みたく枝を使うのはどうだろうか、と思ったが向こうは剣を持っている。すぐにその考えを頭から振り払った。

 ブラッドは走りながら身を屈めて地面に落ちている掌大の石を幾つか拾い、作業服のポケットにしまった。
 奥に逃げているにしてもすぐに崖にぶつかる森だ。
 目の前に注意しながら逃げて回っていると、ふっと空き地に出た。
 起きた場所とは違う、白い花が咲いている空き地だ。
 人が踏み入った跡はないので、あの村の人も知らない場所だろう。状況が状況だと言うのにあの少女のことを思い出して口元が緩んでしまった。
 不味い、と思って顔を引き締め、前を見て固まった。

「見付けた」

 息を切らした悪魔の声が前方に立っていた。
 出来るなら聞きたくない声だ。

「ここまで諦め悪く逃げ回ったのはお前が初めてだ。こうなったら苦しませずに食べてやるから、大人しくしてろ」
「ロベルト……!」

 ロベルトは肩で息をして、こちらをじっと睨んでいた。
 青年にしては切羽詰まった言葉にあれ、と内心疑問に思う。どうしてだろう、と思ってすぐに思い出した。
 彼には時間がないのだ。
 以前言っていた。
 ロベルトの時間を止めている悪魔は面倒臭がりで、趣味がいい。
 なので直前にならないと再契約してくれないのだと。
 しかも自分を食べるのは、ギリギリでないといけない。

 自分が起きた時早朝だったようなので、時間はギリギリなのだろう。ならさっさと自分を捕まえて食べなければ、ロベルトの時間が戻ることになる。
 ロベルトはきっと悠久の時間を生きてきた。
 その時間が一気に戻ってきたら、ロベルトはその体が残せないくらい時間が戻り、この世からは消えるだろう。
 どんな手を使ってでも生き残るのだと、先程誓った。
 先が見えてきた気がして、思わず口元が緩む。

「笑いごとじゃない!!」

 ロベルトの怒号がこの空間を包むと同時に、なにか物を投げたようだった。直後、視界に映る黒くて大きな塊があっという間に迫ってきた。

「っうぐ!」

 身体が反応するよりも早く、その塊がみぞおちを直撃した。素手で殴られた時よりも重くて固い塊に息が出来なくなる。

「っつぅ……」

 酸素を求めて口を動かすが、思うように息が吸えない。

 ボトリ、と重い何かが落下する音が続く。何を投げられたのかと、痛む腹を抑えながらちらっと視線を落とす。

 どうやらロベルトも自分と同じことを考えていたらしい。

 地面に落ちているのはどこにでも落ちていそうな掌大の石だった。泥が付着しているのが妙に憎たらしい。
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