5 / 24
第1章 おおぞらは空の下
第5話 「どうかしたと?」
しおりを挟む
「……俺博多駅あんま使わんですばいおおぞらから犯罪者は出んです安心して良かです」
思わず早口で一気に喋ると、「そういう問題じゃないでしょ」と冷たい声が返って来て、小百合は助手席に座りシートベルトを引く。自分もアプリゲームのログインボーナスを貰った事を確認し、スマートフォンをポケットに戻し、送迎車のエンジンをかけた。
「藤沢さん」
窓の外の景色が動き出した時、小百合に話し掛ける。
「……例の計画やけど、鴻野君の」
うん、と短く小百合が相槌を打った。
「俺、やっぱり鴻野君に笑って欲しかですたい。笑う事が何かのきっかけになると思いますし、単純に見たいです」
「そう。……旦那が言ってたんやけど」
簡潔に頷いた小百合の旦那は病院で働く理学療法士だ。
視線を隣に座るショートカットの女性にちらっと向ける。今日は白色のティーシャツだ。
「十代で障害を負う事になってしまう子は、障害が重ければ重い程、鴻野君みたいに塞ぎ込んでまう傾向にあるんやって。鬱……ちゅーより、人生詰んだー、どうせ治らんしーって投げやりになりがちなんやと。そげな事聞くとさ、やっぱり私達で励まそうなんて高慢かなぁ思うんやけど、それについてはどげん思っとるの?」
滑舌の良い小百合の声がエアコンのブオオという音にかき消されてしまいそうだった。
「ん。ばってん、旦那さんはそれが不治の病や言うてないっしょ? 誰もが通る道なら絶対出口があるもんですばい! やったら高慢やないと俺は思うたいよ。人を笑顔にさせる事に職業が関係あるって考えのが高慢や俺は思うたい。少しは勉強したんで地雷は踏まんと思うです。藤沢さんやみんなが乗り気やのうても、俺やるたいよ!」
角を曲がると、一番最初に迎えに行く山崎家の青々しい畑が視界に飛び込んできた。夏の作物はどれも太陽に夢中で、見ているこちらまで気持ちが良い。
「そう、まあ程々にやれば。でもね賛成はせんけん仕事ば優先しーよ、それは忘れんで。それで、名前は決めたと?」
「ん。スマイリング・プリンスと!」
速度を落としながら畑道を進み、ドヤ顔で口を動かした。
「……なんそれ、言いたい事しか分からんわぁ。まっいっか、仕事やろ」
「イエスマムッ!」
事に頬を持ち上げて返事をする。「私は船長やない」とにべもなく小百合は返し、扉を開けてすでに玄関で待っていた山崎母子に挨拶をする。自分もペコリと頭を下げた。
「山崎さんお早うございます。先日はきゅうり有り難うございました美味しかったです」
「お早う藤沢さん佐古川さん。あ~だったら良かったばい! いっつも手伝って貰っとるし、今年一番最初のきゅうり、おおぞらの方達に食べて貰いたかったんよ~」
「嬉しいです。あの味噌ディップも美味しかったです、何入ってるんですか?」
「あっ、あれねぇ……」
方言を控えた小百合は母親と味噌ディップのレシピで盛り上がりながら、きちんとダウン症の息子を助手席に誘導している。流石所長、こういう手際の良さは慣れた物で運転担当の歩がサポートをする隙もなかった。
「じゃあ山崎さん、行ってきまーすっ!」
「行って来ます」
「行ってらっしゃい、いつも有り難うね」
良く日焼けした初老の女性に見送られながら、白い車は畑道を引き返し、次の利用者の家へと向かった。
小百合と山崎の短い会話が暫し交わされていたが次第にそれも途絶え、車内にはラジオから流れるJPOPしか聞こえなくなった――その時。
「あっ」
誤タップした時のような小百合の声がした。
「どうかしたと?」
「今日味処奥津のお昼ご飯、茄子の挟み揚げやん。今晩麻婆茄子にしようと思ったのに、馬鹿……っ!」
献立表見忘れた、と嘆く小百合になんだかどっと疲れてしまった。
「……食材続きくらいええやないですか? 俺良くやるたいよ?」
「そういう問題じゃなかとよ、四人家族と一人暮らし比べんとくれる? 佐古川君は主婦の気持ちも勉強しんしゃい!」
小百合がぶつぶつ言っている中次の利用者の送迎も問題無く終え、車内がどんどん賑やかになっていく。
笑い声があちこちから聞こえてくるおおぞらが、歩は何よりも好きだ。
「ソシャゲ以外の趣味は仕事」と言ったら大家さんに笑われた事もあったが、本当の事だから仕方ない。介護職は腰に響く事も多いが、笑顔が間近で見られる事が嬉しい。
「佐古川君、またまた何ニヤついてると? 本当捕まるたいよ?」
「なんでも無かですばい!」
返すと同時におおぞらの瓦屋根が見えてきて、駐車場に入る準備をする。
今日は月曜日、自然と気合が入った。
思わず早口で一気に喋ると、「そういう問題じゃないでしょ」と冷たい声が返って来て、小百合は助手席に座りシートベルトを引く。自分もアプリゲームのログインボーナスを貰った事を確認し、スマートフォンをポケットに戻し、送迎車のエンジンをかけた。
「藤沢さん」
窓の外の景色が動き出した時、小百合に話し掛ける。
「……例の計画やけど、鴻野君の」
うん、と短く小百合が相槌を打った。
「俺、やっぱり鴻野君に笑って欲しかですたい。笑う事が何かのきっかけになると思いますし、単純に見たいです」
「そう。……旦那が言ってたんやけど」
簡潔に頷いた小百合の旦那は病院で働く理学療法士だ。
視線を隣に座るショートカットの女性にちらっと向ける。今日は白色のティーシャツだ。
「十代で障害を負う事になってしまう子は、障害が重ければ重い程、鴻野君みたいに塞ぎ込んでまう傾向にあるんやって。鬱……ちゅーより、人生詰んだー、どうせ治らんしーって投げやりになりがちなんやと。そげな事聞くとさ、やっぱり私達で励まそうなんて高慢かなぁ思うんやけど、それについてはどげん思っとるの?」
滑舌の良い小百合の声がエアコンのブオオという音にかき消されてしまいそうだった。
「ん。ばってん、旦那さんはそれが不治の病や言うてないっしょ? 誰もが通る道なら絶対出口があるもんですばい! やったら高慢やないと俺は思うたいよ。人を笑顔にさせる事に職業が関係あるって考えのが高慢や俺は思うたい。少しは勉強したんで地雷は踏まんと思うです。藤沢さんやみんなが乗り気やのうても、俺やるたいよ!」
角を曲がると、一番最初に迎えに行く山崎家の青々しい畑が視界に飛び込んできた。夏の作物はどれも太陽に夢中で、見ているこちらまで気持ちが良い。
「そう、まあ程々にやれば。でもね賛成はせんけん仕事ば優先しーよ、それは忘れんで。それで、名前は決めたと?」
「ん。スマイリング・プリンスと!」
速度を落としながら畑道を進み、ドヤ顔で口を動かした。
「……なんそれ、言いたい事しか分からんわぁ。まっいっか、仕事やろ」
「イエスマムッ!」
事に頬を持ち上げて返事をする。「私は船長やない」とにべもなく小百合は返し、扉を開けてすでに玄関で待っていた山崎母子に挨拶をする。自分もペコリと頭を下げた。
「山崎さんお早うございます。先日はきゅうり有り難うございました美味しかったです」
「お早う藤沢さん佐古川さん。あ~だったら良かったばい! いっつも手伝って貰っとるし、今年一番最初のきゅうり、おおぞらの方達に食べて貰いたかったんよ~」
「嬉しいです。あの味噌ディップも美味しかったです、何入ってるんですか?」
「あっ、あれねぇ……」
方言を控えた小百合は母親と味噌ディップのレシピで盛り上がりながら、きちんとダウン症の息子を助手席に誘導している。流石所長、こういう手際の良さは慣れた物で運転担当の歩がサポートをする隙もなかった。
「じゃあ山崎さん、行ってきまーすっ!」
「行って来ます」
「行ってらっしゃい、いつも有り難うね」
良く日焼けした初老の女性に見送られながら、白い車は畑道を引き返し、次の利用者の家へと向かった。
小百合と山崎の短い会話が暫し交わされていたが次第にそれも途絶え、車内にはラジオから流れるJPOPしか聞こえなくなった――その時。
「あっ」
誤タップした時のような小百合の声がした。
「どうかしたと?」
「今日味処奥津のお昼ご飯、茄子の挟み揚げやん。今晩麻婆茄子にしようと思ったのに、馬鹿……っ!」
献立表見忘れた、と嘆く小百合になんだかどっと疲れてしまった。
「……食材続きくらいええやないですか? 俺良くやるたいよ?」
「そういう問題じゃなかとよ、四人家族と一人暮らし比べんとくれる? 佐古川君は主婦の気持ちも勉強しんしゃい!」
小百合がぶつぶつ言っている中次の利用者の送迎も問題無く終え、車内がどんどん賑やかになっていく。
笑い声があちこちから聞こえてくるおおぞらが、歩は何よりも好きだ。
「ソシャゲ以外の趣味は仕事」と言ったら大家さんに笑われた事もあったが、本当の事だから仕方ない。介護職は腰に響く事も多いが、笑顔が間近で見られる事が嬉しい。
「佐古川君、またまた何ニヤついてると? 本当捕まるたいよ?」
「なんでも無かですばい!」
返すと同時におおぞらの瓦屋根が見えてきて、駐車場に入る準備をする。
今日は月曜日、自然と気合が入った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる