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第5章 夜明けのプリンス
第22話 「鴻野君が東京戻っちゃったと」
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本当は両親も居る祖父母宅に顔を出す予定だったが、「筋肉痛酷いけん行けんわぁ……」と素直に打ち明け「歩も老けたねぇ、大丈夫と?」と笑われながら、土日は家でずっとゴロゴロしていた。
カレーを食べて体調も万全を期した月曜日。「尚也から理由を聞けるかもしれない」と期待しておおぞらに行った。せっかくなので今日さん・さんプラザに行こうとも考える。
今日の味処奥津はラタトゥイユにミモザサラダのようで、どっちも好きだと胸を踊らせながらおおぞらの自動ドアを開けたところ。
複雑そうに眉間に皺を寄せている小百合がいたのだ。
「藤沢さんどげんしたとですか?」
小百合が事務所ではなくホールに居るのは珍しい。気になって声をかけた。
「鴻野君が東京戻っちゃったと」
「え」
突然の言葉が信じられなかった。何を言っているんだろうと思ったが、少しも変わらない小百合の表情に、その言葉が真実である事をじわじわと理解していく。
「な、何でですと?」
「鴻野君のお姉さんがね……妊娠しちゃったげな」
お姉さん。
一度志摩子の話題に出た事を思い出す。大学生で、彼氏と博多に旅行に来たと言っていた。
「それ、は……確かに、東京さい戻らないけんですたいね……」
相変わらず複雑そうな表情を浮かべている小百合も、自分の言葉に同意するように頷いた。
「うん。お姉さんも相手も動揺しとーげな、お母さん放っておけんくて鴻野君と一緒に戻る事にしたんやと」
大学生が妊娠となれば両親は側に居たがるだろう。あのイケメンな母親なら特に。
「一昨日の夜に東京さい行ったってさっき連絡貰って……あ、佐古川さん有り難う、ってお母さん言ってたばい」
小百合は相変わらず複雑そうな、困ったような表情を浮かべていた。そうだろう、と思う。急逝以外でこんな急に利用者が辞めるなんて、おおぞらで初めてではないだろうか。
「うーん、鴻野君大丈夫やろか。また塞ぎ込むんやないかねぇ」
「それは大丈夫ですばい!」
心配そうに言う小百合に、拳を握って大きな声で言う。
今の尚也なら、きっと大丈夫だろう。
不思議と心配にはならなかった。「理由」が聞けずじまいで終わってまったのだけは心残りだったが。
おおぞらの頭上を飛行機が飛んでいく。何時もうるさく感じるその音が、今日は何故だか穏やかな物に聞こえた。
尚也がおおぞらに来なくなってから初めての冬。帰省中の人が増えて何時もよりも至るところで標準語を耳にするようになった。
液晶画面の中や公園でバスケットボールを見る度あの黒髪の少年の事を思い出してしまって、教えて貰えずじまいだった「理由」を考えてはモヤモヤする時間も確実に増えたように思う。頭上を飛んでいる飛行機も、冬のせいか色が鈍く見えた。
目にゴミが入っただけとか、自分が何かやらかしてしまったとか、色々と推測は試みているが、どれも違う気がして首を傾げるばかりだった。
そうこうしている内にあっという間に正月休みは終わり、今日は一月四日。おおぞらの仕事始めである。
年明け一番のおおぞらにはちょっとした楽しみが待っている。それは、一部の利用者からの年賀状だ。
手が不自由な人が一生懸命書いた年賀状も、絵しか描かれていない年賀状も、「あけましておめでとうございます」の「あ」の字も書かれていない年賀状も、その全てに気持ちを感じるし愛しい。
「今年はどないな感じやろね~」
原付バイクで切る冷たい風から気を逸らすように呟くと、公園をまたいだ先におおぞらの白色の壁が見え出した。
駐輪場に原付バイクを止めおおぞらの中に入ると、暖房の効いた空間が待っていてホッとする。誰か人が居ないか視線を巡らせ――丁度事務室に入ろうとしていた小百合の姿を認めた。年明けはいつも所長が一番に来ている。
「藤沢さん! あけましておめでとうございます~っ!!」
他に人の居ないおおぞらには自分の声が良く響いた。その声にハッと反応した小百合が足を止めこちらを向く。
「あら佐古川君。あけましておめでとう、今日は早いのね」
「みんなからの年賀状が見たかったんですたい」
「ああ。年賀状。いっぱい来とーよ」
そう言い小百合は事務所の中を指差した。きっとあの先に年賀状が置かれているのだろう。早速事務所に入り、十数枚の官製ハガキに目を通していく。
「利用者さんから年賀状貰うって嬉しかねえ」
「あっ、佐古川君。これプリンスから来てたけんね。佐古川君宛てやったけん見んどいたばい」
カレーを食べて体調も万全を期した月曜日。「尚也から理由を聞けるかもしれない」と期待しておおぞらに行った。せっかくなので今日さん・さんプラザに行こうとも考える。
今日の味処奥津はラタトゥイユにミモザサラダのようで、どっちも好きだと胸を踊らせながらおおぞらの自動ドアを開けたところ。
複雑そうに眉間に皺を寄せている小百合がいたのだ。
「藤沢さんどげんしたとですか?」
小百合が事務所ではなくホールに居るのは珍しい。気になって声をかけた。
「鴻野君が東京戻っちゃったと」
「え」
突然の言葉が信じられなかった。何を言っているんだろうと思ったが、少しも変わらない小百合の表情に、その言葉が真実である事をじわじわと理解していく。
「な、何でですと?」
「鴻野君のお姉さんがね……妊娠しちゃったげな」
お姉さん。
一度志摩子の話題に出た事を思い出す。大学生で、彼氏と博多に旅行に来たと言っていた。
「それ、は……確かに、東京さい戻らないけんですたいね……」
相変わらず複雑そうな表情を浮かべている小百合も、自分の言葉に同意するように頷いた。
「うん。お姉さんも相手も動揺しとーげな、お母さん放っておけんくて鴻野君と一緒に戻る事にしたんやと」
大学生が妊娠となれば両親は側に居たがるだろう。あのイケメンな母親なら特に。
「一昨日の夜に東京さい行ったってさっき連絡貰って……あ、佐古川さん有り難う、ってお母さん言ってたばい」
小百合は相変わらず複雑そうな、困ったような表情を浮かべていた。そうだろう、と思う。急逝以外でこんな急に利用者が辞めるなんて、おおぞらで初めてではないだろうか。
「うーん、鴻野君大丈夫やろか。また塞ぎ込むんやないかねぇ」
「それは大丈夫ですばい!」
心配そうに言う小百合に、拳を握って大きな声で言う。
今の尚也なら、きっと大丈夫だろう。
不思議と心配にはならなかった。「理由」が聞けずじまいで終わってまったのだけは心残りだったが。
おおぞらの頭上を飛行機が飛んでいく。何時もうるさく感じるその音が、今日は何故だか穏やかな物に聞こえた。
尚也がおおぞらに来なくなってから初めての冬。帰省中の人が増えて何時もよりも至るところで標準語を耳にするようになった。
液晶画面の中や公園でバスケットボールを見る度あの黒髪の少年の事を思い出してしまって、教えて貰えずじまいだった「理由」を考えてはモヤモヤする時間も確実に増えたように思う。頭上を飛んでいる飛行機も、冬のせいか色が鈍く見えた。
目にゴミが入っただけとか、自分が何かやらかしてしまったとか、色々と推測は試みているが、どれも違う気がして首を傾げるばかりだった。
そうこうしている内にあっという間に正月休みは終わり、今日は一月四日。おおぞらの仕事始めである。
年明け一番のおおぞらにはちょっとした楽しみが待っている。それは、一部の利用者からの年賀状だ。
手が不自由な人が一生懸命書いた年賀状も、絵しか描かれていない年賀状も、「あけましておめでとうございます」の「あ」の字も書かれていない年賀状も、その全てに気持ちを感じるし愛しい。
「今年はどないな感じやろね~」
原付バイクで切る冷たい風から気を逸らすように呟くと、公園をまたいだ先におおぞらの白色の壁が見え出した。
駐輪場に原付バイクを止めおおぞらの中に入ると、暖房の効いた空間が待っていてホッとする。誰か人が居ないか視線を巡らせ――丁度事務室に入ろうとしていた小百合の姿を認めた。年明けはいつも所長が一番に来ている。
「藤沢さん! あけましておめでとうございます~っ!!」
他に人の居ないおおぞらには自分の声が良く響いた。その声にハッと反応した小百合が足を止めこちらを向く。
「あら佐古川君。あけましておめでとう、今日は早いのね」
「みんなからの年賀状が見たかったんですたい」
「ああ。年賀状。いっぱい来とーよ」
そう言い小百合は事務所の中を指差した。きっとあの先に年賀状が置かれているのだろう。早速事務所に入り、十数枚の官製ハガキに目を通していく。
「利用者さんから年賀状貰うって嬉しかねえ」
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