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第3章 それは湿った蒸気のように
2-24 「なあ……俺老けて見える?」
しおりを挟む「ん? あっ、ノアじゃんか!」
丁度教師達との話も終わったらしく、相棒の異変に気が付いたリチェも自分達を認め表情を明るくする。教師達が校舎に戻っていく中、2人がこちらへ歩いてくる。
「よー、こちらは友達か?」
「あ、こんにちは。ノアのクラスメイトで付き添いのドミニク・クロスです」
「こんにちは……」
リチェの疑問に答えるように、ニコリと笑った親友が自己紹介を始めた。人当たりの良いドミニクには、人見知りのクルトですら挨拶をしていた。
「わざわざどうした? 会いに来てくれたんだろ?」
「ん。2人がもし僕に用があんなら、休み時間だし会いに行った方が良いかなって」
会いに来た理由を説明すると、眼鏡の青年が「あー!」と声を上げ頭を横に振り出した。
「悪い! 今日は大人達に用なんだ! でもわざわざ有り難うな!」
オーバーリアクションで謝る青年に胸を撫で下ろす。自分への用事ではないのなら、どうやら彼等の靴が教室の床を踏む事は無さそうだ。
「いやいや、それならそれで良かったよ。僕はてっきり切り裂きジャックの事で何かあったのかと」
「あー、まあスコッ──」
「リチェ」
何かを喋りかけた先輩を、後輩が窘めていた。どうやらこの眼鏡の青年は余計な事を言いかけていたらしい。
注意されたリチェはわざとらしく大きな咳をした後、何事も無かったように話を続けた。
「やーそれは取り敢えず大丈夫? じゃないか? そっちもついでに聞いてみたが、変に休んでる奴とか居ないみたいだし」
その言葉に、自分よりもドミニクが安心していた。強張っていた表情が解れて行く。
「でも、だからといって油断するなよ。切り裂きジャックはお前みたいなのを狙ってる可能性が高いんだから」
リチェの言葉に神妙な表情で頷き返す。
校内でスクールポリスを見掛ける頻度が増えたように思うし、家族による生徒達の送迎もぐっと増えている。赤毛の男子生徒と言わず、全校生徒の警戒が高まっている。
「ノア……昨日言ってた避難、どうなった?」
こちらを見てくる黒い瞳にあっとなり、隣に立っているドミニクに顔を向ける。
「それなんだけど、ドミニクの家に暫く泊めて貰える事になったからさ。大丈夫。心配してくれて有り難う」
ドミニクにも改めて「有り難うな」と礼をすると、何の話? とばかりに青い目が丸められ──数秒後、納得したのか強く首を振られた。
「あっ、切り裂きジャックに狙われるかも、ってやつ? 刑事さん、ご安心をっ! ノアは今日から暫くオレの家で暮らしますので~登下校も一緒なんで、1人でいるより安全だと思いますよ」
「そうなの……? 君の家ってどこ?」
「ルイリーフのバーバーエルティボって床屋の2階ですね」
何時もよりずっと気楽そうに話しているクルトにホッとした。
「お前に良い友人が居て良かったよ。まー結局は不確定だしお前の判断に任せるけどな、気を付けろよ」
「うん……気を付けて」
自分の今後が決まったからかリチェが話をまとめた。クルトも相変わらずの無表情だが、声が僅かに明るい気がした。
「じゃあ、そろそろ失礼するわ。忙しいのに引き止めて悪ぃな」
「いやいや、んじゃーな」
リチェとクルトはそもそも、自分ではなく教師に用があったのだ。なのに何時までも引き留めるのは悪い。
そう思った時だった。
――不意にリチェが思い出したような声を上げたのは。
「あっノア! ちょっと待った!」
校門を出ようとしていたリチェが、慌てふためいて駆け戻って来る。
「へ? 何?」
「話凄い変わるんだけどさ、お前の隣の医大生、ヴェンツェルさんどうしてる? 怒ってなかったか?」
リチェに向き直りながら「ああ」と思った。
この青年は、共に事情聴取を受けたヴェンツェルの事を気にしているらしい。地元トークを振った際、ヴェンツェルが苛立っていた事を気にしているのだろう。
「ああ……別に怒ってなかったよ。リチェの事は確かに気にしてたけど」
あの日の事を思い出しながら言うと、リチェが耳の垂れた犬のように目を伏せた。
クルトはその場に立ち止まり、少し離れたところからこちらを窺っていた。ドミニクも立ち止まり、何も言わずに話を聞いている。
「いやいやどうかなー……。何て言ってた?」
「やっぱ結局は同郷だからか? あの人幾つ? って気にしてた。24って言ったら意外と若いな、って言ってたよ。ヴェンツェルさん興味ねぇ事は本当興味ない人っぽいから、リチェに興味持ったのがなんか意外だった」
聴取室を出た後交わしたやり取りを伝えると、リチェがショックを受けていた。限界まで目が見開かれている。
「へっ!? っなんだそれ。怒ってなかったのは良かったけど、俺老けて見えるのか!?」
頬を引きつらせて言うリチェはショックを何処にぶつけて良いか分からず、怒るに怒れないように見えた。その様子に笑いを堪えて「かもなあ」と返す。
「なあ……俺老けて見える?」
認めたくないと足掻いている青年の質問は、ドミニクに向けられた。真面目な話から芸人の持ちネタのような話に変わり、親友はプッと笑いだした。
「ええ~。うーん、そんな事無いと思いますよー? オレ小学生の妹が2人居るんですけど、あいつらにとっては23も27も同じに見えるらしいですよ? それじゃないですか?」
「はあああ……大学生から見たらそうなのかねえ……ドミニク慰めてくれて有り難うな。んじゃー……まあ、気を付けろよ……」
死んだ目でぶつぶつ言うリチェが、用事は今度こそ終わったと話を締めてくる。
「ああ、有り難うな。気を付けるから、そっちも頑張ってな!」
もうすぐ昼休み終了のチャイムが鳴るので、手を振って自分達も校舎に向かう。
「あーっ俺老けてんのかなあ……」
校舎に入る直前、諦めたくないとばかりにボヤく青年の声が秋風に乗って聞こえてきた。思わずドミニクと顔を見合わせる。
「……僕らも社会人になったらああなるんかねえ……」
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