蒸気の中のエルキルス

上津英

文字の大きさ
74 / 108
第3章 それは湿った蒸気のように

2-25 「え、なに? ノア、ガールフレンド居たの?」

しおりを挟む
「なるんじゃないかなー……店のお客さん、見た目年齢気にする人やっぱ多いし」

 笑い飛ばしたい笑えない話題に、親友も苦笑いを浮かべている。
 自分もそれに苦笑いで返し――改めて切り裂きジャックの事を考えていた。
 本当に切り裂きジャックは赤毛の男子生徒を切り刻もうとしているのか。確証は無い共通点だとしても、可能性は0では無いので笑えない。

「……」

 校内の階段を上がる時には黙り込んでしまった。
 が。

「あっやばっ」

 階段を上がり教室のある階に到着した時。
 昼休みが終わった事を告げる電子音が校内に響き渡り、慌てて気怠さの残る教室に戻っていった。



 24世紀、高校の授業内容は多様性に富んでいる。
 公立であるミトズロッドですらそうなのだから、私立はもっと凄いのだろう。
 やりたい事がある生徒は教室どころか校舎を出て学ぶ事も多いし、やりたい事が分からない生徒には調理から乗馬まで様々な体験をさせる。生徒がやりたい事のサポートや、グループ編成を考える事が教師の主な仕事だ。
 座りっぱなしは健康に悪いと言う医学的観点もあり、座学は午前と午後に1コマ程度。それも話し合いなどで席を立つ機会が多い。
 自分とドミニクは高校1年では多数派であるやりたい事を模索するグループである為、午後は別館にある図書室に居た物だった。
 読書と言うこの授業は、生徒に興味のあるジャンルの本を選ばせ教師がそれを参考に導いていく目的と、資格や進学を希望する生徒に知識を蓄えさせる狙いがある。

 ──とは言っても。
 2階建ての図書室には、学術書のようにお固い本ばかりが並んでいるわけではない。
 学校の正面に本屋がある影響か、漫画や小説や雑誌、図鑑やパズル本や官能小説まであり、グループによっては騒がしさは勿論授業ではなく趣味の時間に変わる。フレッドと同じグループになった時は、間違い探しやクロスワードで遊ぶ時間だった。2階建てなので多少うるさくしていても問題ないのだ。
 「この授業が一番好き」と言うドミニクは世界遺産の本を引き抜いてさっさと席に座ってしまった為、自分は今本棚の前で1人腕を組んでいた。

(本読むと眠くなるのって、単調な眼球運動しかしなくなるからだっけ)

 先日ラジオで言っていた事を思い出しながら手に取ったのは、不審者に多い特徴や遭難した時の対処法をまとめた警察による1冊。

 ──だったらもうさ、ミトズロッドの赤毛の男子生徒、ってのが共通点なんじゃねぇの?

 先日の己の発言に多大な影響を受けて選んだ物だ。
 そんな日が来ない事を願うが、万が一切り裂きジャックと遭遇した時に少しでも力になればと思ったのだ。
 1コマかけてじっくり読んでみたが、非常時にこのようにスマートな行動は取れないだろ、という感想に辿り着いた。終業のチャイムがなった時は「案外護身術の本の方が良かったかもなあ」と思った程だ。

「ふあ~こんなに静かなグループに当たるのも偶には良いね~」

 図書室は別館にある上本日最後のコマと言うのもあり、授業が終わったら教室に戻らず直接帰宅して良い事になっている。

「ドミニク世界遺産が好きなんだな」
「うん好き。ナスカの地上絵とか、消える前に一度ちゃんと現物見てみたい。知ってる? あれ一筆書きなんだって。昔の人って凄いよね」

 雑誌でしか見た事の無い世界遺産の豆知識に「は~」となりながら外に出た。今日1日天気が良く、校庭を往復している清掃ロボットも何時もより気持ち良さそうだ。

「じゃ、さっさとうち行こうか。まだ明るいし、霧出てないから歩きで良い?」
「そーだな。っつか、なんでルイリーフなのに汽車乗んだよ勿体無い。それにドミニク定期持ってねぇだろ、ケチる為に」
「定期よりお小遣いのが大切ですからねー。寧ろ汽車希望されたら困ってた」
「じゃあ言うなよ」

 言いたかったんだよ~、と茶髪の少年が笑い連れ立って校門に向かう。
 ──少女の声が校門の外から聞こえてきたのはその時だった。

「あ、ノアさんっ!」

 ん? と思って視線を声がした方に向け、驚きに目を見張る。
 そこに立っていたのは、イヴェットだったのだ。
 近所の私立女子高校の制服であるグレーのブレザーを着て、どこか緊張した面持ちでこちらを見ている。

「イヴェット!?」
「あー会えて良かったぁ……」

 自分の顔を見たイヴェットが、扉が閉まる直前に蒸気機関車に乗り込めた乗客のようにホッと胸を撫で下ろす。

「どした?」

 前に何かあったら家や学校に来て良いと言ったので、恐らく何か用事があるのだろう。リチェ達と言い、どうやら今日はやたらと人に会う日のようだ。

「え、なに? ノア、ガールフレンド居たの?」
「ぶ」

 どこか驚いた表情で自分とイヴェットを見比べるドミニクの声に、思わず変な声が漏れる。
 それはイヴェットも同じで、顔を赤らめて慌てて否定していた。

「ああああ! ガールフレンドとかじゃないよ、ないです! ただのお友達! 単純に用があって。ごめんね、待ち伏せなんてして!」
「……あー、いや別に良いけど……」

 確かにイヴェットとはただの友人だ。
 燃え盛る廃工場で手は繋いだけれど、あんな非常時の行動に深い意味は無い——が。
 イヴェットには種類はどうあれ、多少好意を抱かれていると自惚れていた。だからか目の前でそんなに強く否定され、思わず凹んでしまった。自分の声から覇気が消える程に。
 横に並んだドミニクからチラリと憐憫の視線を向けられたのは、絶対に気のせいではない。

「……あ、こいつは僕の友達のドミニク。今からドミニクの家に行こうと思ってたんだ、こいつの家ルイリーフで床屋やっててさ、髪切ろうと思って」

 その言葉に、イヴェットの緑色の目が泳いだ。

「あっ、じゃあ今って時間ない感じ? 5分くらい貰えたら嬉しいんだけど……駄目かな?」

 おずおずと尋ねられ、自然とドミニクに視線を向ける。

「良いか?」
「5分くらい全然良いよ、オレ待ってる。髪切るのも急ぎじゃないから、ごゆっくり~」

 親友がどこかニヤついた表情で頷いた。早々と校庭の方に引き返して、数人で形成されていた同学年の輪に混じっていく。

「悪ぃ! ありがとっ!」
「ドミニクさん有り難うございます~」

 遠ざかっていく背に礼を言った後、改めて栗毛に視線を落とす。

「で、僕に用事って何だ?」
「あっとね……ちょっと写真撮らせて欲しくて」

 写真。
 思ってもいなかった話に目が丸くなる。
「へっ写真? それも僕の? なんで?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...