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第二章 回り出す歯車
1-13 「それも……そうね」
しおりを挟む先に部屋を出たクルトに尋ねると頷いたので、オーケーと返して自分も部屋の外に出た。シャワーを借りた時と同じく薄暗い廊下を通って、様々なポスターが貼ってある階段を降りる。
警察署の一階は二階よりも広く、市民が多くて騒々しい。出入口に視線を向けると金髪の女性の姿を早速認め、初めて歩く町で友人と会った時のような安心感がじわじわとこみ上げてきた。
「店長!」
声を掛けると、ヴァージニアがこちらを向いた。深緑の目が緩むのが遠目からでも分かる。
「ノア君! も~いきなり警察から電話がかかってきて心臓止まるかと思ったわよ……」
「悪ぃ悪ぃ。つかわざわざ迎えに来なくて良かったのに」
「そういうわけにも行かないでしょう? お母さんから預かってる子なんだし、私も心配だったし、学生なんだし、着替えだって借りてるって聞いたし……」
「あっ、その着替えなんだけどさ、こいつ……クルトから借りたんだ。いつか返しに来てくれればいいって」
着替えの話になって顔をクルトに向ける。隣に立っている少年が一瞬ビクついた。
「あら? 君、夕方店に聞き込みに来た子じゃない?」
クルトの方を向いたヴァージニアの目が一度瞬き、公園でよく遊んでいる子供が店に来た時のような声を上げた。その言葉に、俯きがちだったクルトの顔が僅かに持ち上がる。
「あ……喫茶ポピーの……?」
「そうそう! あの時受け取ったポスター、ノア君がちゃんと貼っておいてくれましたので」
「有り難う……ノア、そう言えば聴取の際あそこに住んでるって言ってたね」
「ん、あそこでバイトもしてる」
「へぇ……。じゃあ俺が着替え取りに行くこともあるかも……場所、分かるし」
「りょーかいっ。まー僕が届けに行く方が早いと思うけどな!」
にぃっと笑ってふざけ気味に言うと、その時はよろしく、とクルトが頷いた。
「それじゃあ、もうノア君を連れて帰って良いのかしら? まだ話すこととかあります?」
首を横に振ろうとしかけたクルトは、途中で恐る恐る視線をこちらへ向けてきた。多少話すようになったとは言え、この少年が自分から目を合わせようとしたのは初めてで、内心おっと思った。
「いえ……何かあったら連絡するけど、今は特に…………」
が、言い終える前に視線が再び地面に落とされる。目を合わせてきちんとした意思疎通に挑戦しようとするも断念したように見え、仕方ないかと小さく笑う。
自分に兄弟は居ない。クルトのが少し年上だとは言え、弟が居たらこんな気持ちなのだろう。結局断念したとは言え、挑戦しようと思えたのは良い事だ。
「んじゃ、またな!」
「どうもお世話になりました」
じゃあ、とクルトが見送ってくれている中、警察署の扉を開けて人通りの減った通りに出る。警察署の脇にある煙突から、外気に触れ白く可視化された蒸気が吐き出されていた。それを見ていると、ヴァージニアがふぅと息をつくのが聞こえてくる。
「お疲れ様、ノア君。大変な物見ちゃったのねぇ……」
まるで自分が災難にあったかのように疲れた声で続ける。
「なんか滅多にない体験をした気がする。あ、僕夕食にカレーここで食べちまった。悪ぃな、家でも用意してくれてたのに」
「同じ所のカレーでしょ? それくらいいいわよ。でも、よくカレー掛けられて、カレー食べる気になったね」
眼鏡の奥の瞳が楽しそうに細められるのを見て、僅かに唇を尖らせる。
「飯食いっぱぐれた時にカレー差し出されてみろよ! よっぽどカレーが嫌いな人以外は何があっても食うだろ普通」
「それも……そうね」
ヴァージニアは一瞬考えた後納得したように頷く。
その後は、献立で悩んでいるというヴァージニアの為に、今週の献立を一緒に考えながら帰路に着いた。ヘルシーな物を好むヴァージニアとがっつりした物を好む自分とでは意見が割れる事も多いが、それも楽しかった。
どうやら今週はヴァージニアの嫌いな揚げ物が出ない代わりに、ノアの好きなビーフシチューが出るらしい。だからか、帰り道は自然と笑顔が増えてしまった。
***
教会に帰ったアンリ・アランコは牧師館の玄関の前に立ち、作業服に入れておいた鍵を取り出した。
「ただいまー」
扉を開け、テーブルで勉強していたイヴェットと、ソファーで横になっているユスティンに声をかける。
「あっ! アンリさんお帰りなさい! ボランティアお疲れ様~」
ラジオから歌声が流れてきている中頷き、カレーを取り出しソファーで寝ているように見える牧師に声をかける。
「ユスティン、そんな所で寝て風邪引いたら笑いながら信者に言い回るぞ?」
言ってみたが、反応はなかった。本当に寝ていたらタオルケットが掛けられているだろうに、少し様子がおかしい。カレーの蓋を開け、向かいのイヴェットに尋ねる。
「なにあれ」
「さ~? 放っとけば?」
ふんとした言い方に、喧嘩したんだな、と理解した。納得して、万人が食べられるよう甘めに味付けされたカレーを手元に寄せる。
この二人は案外よく喧嘩をする。この前もユスティンがイヴェットの部屋に入ったとかで喧嘩をしていた。
「喧嘩でもしたの?」
ソファーで寝ている人物が明日もぽんこつで居られたら事務をやっている自分も困るので、仲を取り持とうと企てる。
と、イヴェットの表情が僅かに拗ねた物に変わった。
「叔父さんね、あたしが優しいって思った男の子に明日も会いに行くつもりで居たら、拗ねちゃって」
「…………うっわー馬鹿みたい」
「でしょでしょ!」
正直言うと自分も一瞬イヴェットの言葉が飲み込めなかった。が、すぐにユスティンが悪い、と切り捨てる。同じ部屋に居るのだし大した事はないと思ったが、本当に大した事なかった。
と、それに反応したのか牧師館に来てから初めて幼馴染の声が聞こえてきた。
「誰が馬鹿ですかっ!!」
「ユスティン」
カレーをスプーンに乗せながら短く返す。言い終えた後スプーンを口に含むと、辛くも甘い味が口の中に広がった。
「ひどっ、アンリならそう言うと思いましたけど……」
「じゃあ起きろよ。ソファーで横になって無かったらもっと違うこと言うから」
視界の隅でユスティンが衣擦れの音をさせながらソファーの背凭れに腕を預けてこちらを向くのが見えた。
「アンリは拗ねないんですか? しかもイヴェットさんが仲良くしたい方は、私の嫌いなタイプなんですよ」
「なに、ユスティンその人に会ったの?」
「今日ね、色々あってあたしが落としたハンカチをここまで届けに来てくれた同い年の男の子なの! 叔父さんも一緒に居たから知ってるよー」
ふぅん、と頷く。ユスティンが嫌うなら倫理感が未熟なタイプなのだろうが、なかなか見所のある少年ではないか。寧ろ変な人物じゃなくて良かったのではないかと思う。
「ユスティン、ロミオとジュリエット効果って言う、障害があればある程恋愛が燃え上がっちゃうって心理が人類の長い歴史で証明されててね。だからそんなに拗ねたら逆効果じゃない?」
「燃え……」
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