ウェズリーが真相に気付く時

上津英

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第一章 必然の再会

3 「話っ……あー、何?」

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 ウェズリーの目をしっかり見た後、自分より少しばかり年上の小説家に深々と頭を下げた。人間違い? という気持ちは押さえ付ける。

「ウェズリー……様、こんにちは。私デヴィッド様のメイドをしていましたリタ・スタンリーと申します。今日はお話があって伺いました」

 リタの言葉を耳にしたウェズリーは、悪びれた素振りなく腑に落ちたように視線を外して伸びをした。

「なら屋敷が売れたって話? 思ったより早かったね。それはご苦労様。じゃあもう帰っていいよ」
「え」

 流れるように言われ一瞬思考が停止する。まさかこんなに直ぐ会話が終了するとは思っていなかった。

「ま、待って下さい! 確かにそれもありますが、私は別件でも用がありまして!」

 負けじと食い下がり、ウェズリーが閉めかけた扉に手を掛けそれを阻害する。ウェズリーの表情が明らかにうんざりとした物になる。

「僕には話は無いんだけど。ああ、お金が欲しいなら売却金は全部あげるよ。それで良いでしょ?」
「良くありません! それにお金の話がしたいわけではありません。……とりあえず家に上げて頂けませんか? 扉を開けっ放しにして煤が屋敷に入ってしまうのはウェズリー様だって嫌でしょう?」

 扉を閉めさすまいと踏ん張りながら、リタは笑顔を浮かべて話し掛ける。理由が出来ればこういうタイプは案外頷くものだと、地方で頑固な老人と良く接していたリタは理解している。

「…………面倒臭っ」

 ボソッと呟いた後、ウェズリーは扉から手を離して急いで屋敷の中に入っていく。委ねられた扉に一瞬呆然としたが屋敷に上がる許可を勝ち取ったのだと理解し、ぱっと表情を明るくする。

「お邪魔致しますっ!」

 弾んだ声で言いリタはメイド服の煤を払ってから、ウェズリーの背中を追って屋敷の中に進んでいった。メイドが居ないだけあり、家具の少ない屋敷の中にはあちらこちらにタイプライターを打ち間違えたらしき紙や本が散乱していた。脱いだままの黒いジャケットも、焼却炉に捨て忘れている雰囲気のゴミ袋も床に落ちている。

「…………」

 生活感しか無い屋敷に、何とも言えない気分になった。駄目だと分かっているのに体が勝手に動いてしまいそうでウズウズする。同時に、ここまでメイドを拒否しているなら自分を雇ってくれないのでは、という考えが嫌でも頭を過った。

「余分な椅子が今無いからそこに立っておいてくれる?」

 そう言いながらウェズリーは自分だけ椅子に座る。机の上にはコーヒーの入ったカップや五十枚程の原稿用紙、タイプライターが置かれていて、先程もあそこに座っていたのだろうと分かった。
 言われた通り壁の前に立ち己のエプロンの前で手を重ねる。が、ウェズリーは次の言葉を発するでもなく、リタが居る事など頭から抜け落ちたかのように原稿用紙を見ながらタイプライターを打ち始めてしまった。

「…………あの?」

 ウェズリーに声を掛けてみたが反応らしい反応を返して貰えなかった。聞こえなかったのだろうかと、先程よりも声を張って話し掛ける。

「あの! ウェズリー様っ!」
「うわっ! ……あーっ!!」

 やっぱり自分の声が聞こえていなかったらしい。ウェズリーはビクリと肩を跳ねさせて二回も驚いていた。特に二回目はこの屋敷に来てから今までで一番大きな声だったので、こちらも驚いてしまった。

「いきなり話し掛けて来るからタイプライター打ち間違えたじゃんかっ!」
「っ」

 門の前で会った青年と同一人物だと思えない物言いに気圧されそうになった。ここまで責められるいわれも無い気がするが、この青年にとって悪い事をしたのは確かなので、すぐに頭を下げる。思えば自分はただ屋敷に上がる許可を貰っただけで、話を聞いてくれる許可を貰ったわけではない。

「申し訳ありませんでした。ですが……私も話がありまして……聞いて欲しいのです」
「話っ……あー、何?」

 落ち着いて対応したおかげか、ウェズリーの反応もやや落ち着いた物になった。タイプライターを打つ手が止まり、青い瞳がこちらに向けられるのを見てから口を動かした。

「先程もお話させて頂いた通り、デヴィッド様の屋敷は午前人の手に渡りました。それと……ウェズリー様には私をメイドとして雇って欲しいのです」

 ようやく話を切り出せたとホッと息をつくリタの前で、ウェズリーは露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。全て言い終わると、すぐに首を横に振られた。

「嫌だよ、確かに僕は爺さんの唯一の血縁だよ? でも前も言った通り爺さんの事が嫌いだし、爺さんも僕にそこまで望んでないさ。何で孫ってだけで、僕が爺さんのメイドを雇わないといけないの。見ての通り僕にはそもそも必要無いんだよね。君も職を失いたくないんだろうけど雇わないから。そういう事で」

 こちらが口を挟む暇など無い程流暢且つ口早に諭され、話は終わりだとばかりに早々に視線を外された。すぐに先程のようにタイプライターを打ち始めたウェズリーを前に、唇を若干尖らせながら考える。
 ウェズリーの言ってる事も分かるしメイドが必要ない事以外頷ける。確かにこの青年には自分を雇う理由が無い。
 悲しいが孫と祖父の仲が必ずしも良いとは限らない。屋敷をプレゼントしようと、嫌われてる人から好かれるとは限らない。分かっているが、こちらにもデヴィッドの死の真相という事情がある。何としてでも雇って貰わないといけない。

「……」

 チラリとボサついた金髪を視界に入れる。ここはもっと慎重に考えるべきなんだろう。リタはその場から動かずに深呼吸をした。
 恐らくウェズリーは今、締め切りに追われている。この集中っぷりで先程わざわざ玄関を開けてくれた事も、第一声で自分を誰かと間違えたのも、そういう理由があったからに違いない。
 一瞬「ならまた呼び紐を引っ張ろうか」と思ったが、急いでいる相手にそんな方法で交渉しても、破談になるだけなのは目に見えている。こちらも急ぎではあるが一分一秒を争う程ではないし、ウェズリーの原稿が終わるまで待っていても問題はない。そう考えたらそもそも自分は礼を欠きすぎていると反省した。

「…………ふぅ」

 仕方ない、とリタは小さく溜め息をつき、ウェズリーの視界に入らぬ位置に立ち直した。リタが育ったムソヒ地方には「逸る射手は兎も射れぬ」という古い諺がある。今はその諺の教えを守るべき時なのだ。

 ウェズリーはたまに傍らのコーヒーを飲むくらいでこちらを見る事は一度もなかった。紙をタイプライターにセットする際のダイヤル音、紙の位置を整える為のスライド音、バシッと響くタイプ音。眠気を誘うくらいそれらの音しかしないので、瞼が閉じそうになる度、新しい服に着替えた時のように背筋を正し直す。数え切れない程それを繰り返した頃、何時の間にかタイプライターの音がしなくなっていた事に気付いた。
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