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第一章 必然の再会
4 「それにあの爺さんは……僕に悼まれるなんて望んでないさ」
しおりを挟むあれ? と思ってウェズリーを見る。タイプライターを机の端に寄せ、万年筆を持って空いたスペースで原稿と睨めっこしてる姿を見て納得した。どうやら推敲の段階に入ったようだった。
ここまで来たら立ち尽くして居られない程には、リタはメイドで居た時間が長い。そっと台所に向かう。台所は居間と壁で仕切られているものの、すぐ隣にあった。
意外と綺麗な台所でコーヒー豆とドリップポットを用意し、室内を独特の香りで満たしていく。朝から何も食べていない身には香ばしい匂いが腹に来た。
「……ある意味凄い……」
幾ら仕切られてるとはいえ、隣で香り付きのこんな事までしてるし音も立てているのだが、ウェズリーが意に介した様子は無く、思わず感心しきった独り言が零れる。嫌いな人でもこれは尊敬出来る。
「は……あ~っ」
ウェズリーの真剣な表情に見入っていたら、暫くして一仕事終わったようにどこか満足気な溜息が聞こえてきた。どうやら原稿が上がったらしい。不機嫌そうだった表情もどこかスッキリした物に変わっている。もうコーヒーの抽出が終わり出すだけだったので、ウェズリーの元に近寄って笑顔を浮かべて机の上に差し出した。
「お疲れ様でした」
コトリ、と軽やかな音を立てて置かれたカップに気付いたウェズリーが、状況でも把握するかのようにどこか慌てて顔を上げる。湖を思わせる色の瞳と目が合った。
「…………君まだ居たの?」
「はい、申し訳ありません。どうしても話を聞いて欲しくてあそこに立って待たせて頂きました」
先程よりも取っ付きやすくなったように感じるウェズリーに返事をする。が、ウェズリーはふいと視線を外して鼻を鳴らした。
「……君が謝らなくても別に良いけど」
原稿が終わったからか、先程よりもこちらの話に耳を傾けてくれているように思う。
「けどさ、君の話って雇ってくれ、ってだけでしょ。それならもう結論は出てると思うんだけど」
黒い外壁とは違い白い壁に掛けられている時計を確認した後、ウェズリーが尋ねてくる。カップに少し口を付けた後僅かに中身の減ったコーヒーカップが机に置かれた。
「ウェズリー様の仰る通りなのですが……申し訳ありません。私、大分説明を省略しておりました。なので一から話を聞いて欲しいんです。まず、これを見て下さい。デヴィッド様が殺される直前、私に遺した手紙です」
旅行鞄の中からデヴィッドから受け取った手紙を取り出した。紙を広げ、文章を見せるように相手に差し出す。コーヒーを飲み終えたウェズリーの青い瞳が、億劫そうに手紙を見て――猫のように細まった。
「ふーん……、面白い事が書いてあるね。ちゃんと爺さんの字だ」
ポツリと呟き、一転して目を離さなくなったウェズリーが興味深そうに手紙をつまむ。
「爺さんは物取りに遭ったと思っていたんだけど……これを見る限り違うみたいだ、事件に巻き込まれたって考える方が筋が通るな。爺さんのイタズラで片付けるにはタイミングが変だし……出来たばかりの警察より、信用出来る人間に託した、ってところか」
手紙を日に透かしながら、建築家の孫はぶつぶつと声を弾ませて呟く。
「リタ。鍵って何?」
すっかり興味を惹かれたらしいウェズリーが、前屈みになって尋ねて来た。あまりの態度の変わりように言葉が出て来ない。芸術家と言うのは興味のある事は追求したい生き物なのだろうが、ウェズリーの態度に引っかかりを覚えた。
この人はちょっと興味のある事だけを追い掛け過ぎではないだろうか。嫌いとはいえ、祖父の葬式に少ししか顔を出さなかった事への罪悪感なんて微塵も感じていないに違いない。
「その……デヴィッド様の死は悼まれないのですね? まずはそれ、ではありませんか……? 手紙にも書いてありますよ……?」
思わずしどろもどろになりながら、鍵については答えずに質問をする。
「悼んでも爺さんは生き返らないよ。それにあの爺さんは……僕に悼まれるなんて望んでないさ」
「そう、でしょうか……。散歩でこの屋敷の前を通る時、デヴィッド様はいつも貴方の事を話していまし――」
「はっ、どうだか」
全部言い終える前に、自分の言葉を信じていないように鼻を鳴らすウェズリーの声が被さった。些か冷たすぎる声だった。
「……デヴィッド様、ウェズリー様の本も全部買われていましたよ。老眼鏡を出して読んでいました。読み終えると、面白かった、って誇らしげで……特に、貝で出来た靴、が大好きでした」
「ふーん。……信じられないけどメイドが言うと説得力があるね」
素っ気なく答えたウェズリーの視線は自分から外れてしまった。
「…………」
口を閉ざしてしまったウェズリーに再び話を切り出しても良いか悩んだ、その時。
「あっれ、珍しくウェズが女性を連れ込んでる。ごめん、邪魔しちゃった?」
不意に知らない男性の声が部屋に響いた。
「へっ!?」
突然の事に驚く。正面に座っていたウェズリーも目を見開いて驚いていたが、その瞳が今し方入ってきた男性の姿を認めるなり不機嫌な色を湛えた。
「なんだ、カッレか。勝手に入らないでくれる?」
「ノックは一応したんだぞ。でも反応が無いから原稿中かと思って上がらせて貰ったんだ。そしたらお前はそこの綺麗な黒髪の女性と向き合っててさ、ビックリしたよ」
カッレと呼ばれたこの人はウェズリーの友人らしい。ようやく安心して振り返る事が出来た。ウェズリーはともかく自分もノックの音に気付けなかったとは、デヴィッドの話によっぽど気を取られていたようだ。
振り向くとすぐに軟派そうな緑色の瞳と目が合った。くすんだ茶髪に切り揃えられた髭を生やした、ベージュのフロックコートが似合う三十代半ばの男性だ。
「こんにちは、レディ」
「こんにちは。私リタ・スタンリーと申します」
握手をしようと片手を差し出す。すぐに握り締められた手は、暫くして離された。
「俺はカッレ、そいつ……ウェズの担当編集者さ。見た所もしかしてリタちゃんはウェズのメイド? ウェズ、何時の間にメイドを雇ったんだ?」
「雇ってないよ。リタは爺さんのメイドで、爺さんの後処理の件でうちに寄ったの」
「デヴィッドさんの? それはそれは、お疲れ様」
確かに興味を持ってくれていたウェズリーが「雇ってない」と断言した事に少しのショックを受けながら、ウェズリーはこの人の事を待っていたんだなと納得する。習慣から客人にコーヒーを出したくなりうずうずと顔を台所の方に向けると、自分の動きを察してくれたらしいカッレに嬉しそうに笑われた。
「ああ、すぐに帰るんでお構い無く。有り難うね、いやあ気が利く女性は素晴らしいなあ! 俺の奥さんに見習わせたいよ」
遊び人の印象を受けたからかカッレが既婚な事に少々驚いた。にこやかにそう言われ、同時にくすぐったい気持ちになる。
「それよりウェズ、頼んだ短編二編の徴収の時間だ」
自分の時に比べて口調がきつくなったカッレに、金髪の青年は不服そうに顔をテーブルの方に向け答える。
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