ブラックなショートショート集

上津英

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42 鴉

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 その村の外れには、開村以前から『人々の邪悪な気持ちを食べる鴉』を封じ祀った薄気味悪い祠が佇んでいる。
 その祠が昨夜の嵐で崩壊した姿で発見された。
 ――祠の倒壊に巻き込まれ、圧死した女性の遺体と共に。

***

「村の祠が壊れた……!? しかもあいつが死んだ!? だから昨夜帰って来なかったのか……」

 年の離れた親友からの報告を受け、若き村長ランディは固まった。
 妻が死んだ。
 村一番の商家の娘で愛の無い政略結婚だったが、こんな報せは驚く。
 しかし。

「ああ、昨日の嵐が原因だな……。皆これで祠の呪いが解放されたのでは、と怯えている。どうする?」
「どうするも何も、早速修理に向かうぞ!」

 自分はこの村の村長だ。村の大切な祠の修繕をしないわけにはいかない。
 ただでさえ村民は若い自分に不信感を抱いているのだ。こういう事からしなければ、自分よりも村民から慕われているこの冷静な親友に負けてしまう。

「ふっ」

 焦りながら出掛ける準備を始める自分を見て、親友は目を伏せて悲し気に笑った。

「行くのは良いが……自分の女房が死んだと言うのに随分冷めてるな。随分年上だったからか? 政略結婚だったからか? 俺は親友の女房の死が悲しいよ」
「今はそれどころじゃない! 泣くのは全部終わってからにするよ。……全部終わってからな」

 家を出た親友の後を追いながらランディは答える。
 闇に包まれた暗い空の下、外はまだ冷たい雨が降っていた。



「本当だ、祠が倒壊してる……あいつの血はもう雨に流されたようだけど」

 村外れ、無残に崩れ落ちた石を見ながらランディは呟いた。自分も親友も傘は差していない。

「っ……風もまだ強いな。祠の修理はもう少し待ったらどうだ? そんなに焦るのもどうかと。祠がまた崩れるし、修理も大変だぞ」
「いや、今だから良いんだよ」

 冷静な親友の言葉にランディは唇に薄い笑みを浮かべる。
 そして。
 周囲に誰も居ない事を確認し――親友を谷底に突き飛ばした。

「っな!? ランディ……!? いきなりこんなっ、なんで!」

 辛うじて崖の石に捕まり落下を堪えている親友は、驚きの表情でランディを見上げた。

「ふんっ」

 自分でも驚く程の冷たい目で親友を見下ろし、感情のこもっていない声で続ける。

「何でって、お前が僕の妻と浮気してたからだろ?」
「! 知ってたのか!?」

 必死に石にしがみつきながら目を見開く親友を前に淡々と続ける。

「まあ浮気くらい別に良いよ。どうせ政略結婚だし。でも、お前とは駄目だ」

 そう。
 別にそんな事良いのだ。
 ただ──。
 次の言葉を続ける前、ギシリと歯を鳴らした。

「お前とあいつが組んだら村民の支持がお前に傾き、僕は村長で居られなくなる! それは困るんだ。でも祠の呪いに見せかけて、お前とあいつを同時に殺したらどうだ? 妻と親友を同時に失くしても頑張る僕の評判は上がって、地位を脅かすお前らも居なくなって、僕は村長で居られるんだよ!」

 若くして掴み取った村長という地位が奪われる。
 そんな事考えたくない。そんな時妻と親友の不貞を知り、嵐が来たらこうしようとずっと思っていた。
 だから。

「だから死んでくれよ、ここで! 今!」

 声を張り、親友が必死に石にしがみついている手を踏み付ける。
 親友の表情は裏切られたと言わんばかりに悲痛だった。

「ラ、ランディッ! 許してくれっ!!」

 親友の懇願が闇に響く事少し。
 石から親友の手が外れ、彼の体が暗闇に落下していく。

「うわああああああぁぁ……!」

 どんどん小さくなっていく慟哭が完全に消えた時、ランディの唇には笑みが浮かんでいた。

「ふんっ」

 これで良い。これで全部上手く行く。
 興奮で震えているランディの頭を支配しているのは、安全で揺るがない未来。次こそは愛のある妻だって娶れるだろう。

「ん?」

 ふと。
 足元に転がっていた石が妙に気になって立ち止まる。

「なんだこの石、こんなところまで飛んで来て邪魔だな……」

 この石は祠の物。
 何故こんな所にあるのか。倒壊の衝撃と風の影響で随分遠くまで飛んで来たらしい。

「邪魔臭い」

 鼻を鳴らし、その石を蹴飛ばす。カンカン、と軽快な音を立てて暗闇に吸い込まれていく。
 それで気が付いた。
 何時の間にか空がこんなに暗くなっていた事に。頬を叩く程雨が強くなっていた事に。

「この雨だ、祠の修理は明日にするか……あいつの死体も滝に上がるだろうし、なのに健気にも修理して……ふふふっ、タイミングも良いな……」

 目的は果たした。この闇に飲み込まれる前に自分もとっとと帰ろう、と歩き出す。
 ――と。

「っ!」

 先程蹴り飛ばした石にがっつりと躓いたのだ。

「わっわっ!」

 それはランディが体のバランスを崩すには十分で、足を踏み外し宙に身を投げ出していた。

「うわあああああああああああああああ!!」

 落ちる。
 背中から谷底に。
 先程突き飛ばした親友の断末魔よりも大きな声が出た。周囲に誰も居ないのは確認済みなのに、それでも誰かに届いて欲しくて。
 返事は当然無い。
 いや。

「カーカー!」

 確かに聞こえる声があった。
 どうして今、落ち行く中でこんな声が聞こえるだろう。
 ランディの耳に最期に届いたのは、この祠の象徴とも言える鴉の鳴き声だったのだから。
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