ブラックなショートショート集

上津英

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14 割の良いバイト

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『急募! ストック動画の撮影で顔出し出演してくれる方何人か募集します! 明日都内可能な人、所要時間30分、謝礼2万円。応募は引RTにリプお願いします! マネからDM飛ばすんでリモート面接後採用を決めます。動画は面白く出来たヤツを選ぶんで使うかは分からんけど』

『やって欲しい事はアレです。バラエティで良くある箱の中に手突っ込んで中身当てるアレ。俺が横で煽る中、良いリアクションでそれをやって欲しいんよ。ツイート削除するまで募集しとるんでお願いします!』



「おっ! これやりてぇ~!」

 夏休みも後半のとある深夜。
 ベッドの上でSNSを見てた俺は、ある投稿に釘付けになった。

 それは有名ピン芸人大岩剛おおいわたけしの投稿。
 大岩は、漫談MCが得意なおじさん……なんだけど。
 不倫だ隠し子だ売春だ詐欺だ恐喝だ反社との繋がりだとか、とにかく黒い噂が物凄く多い人でもある。
 おかげでTVから干されてしまったけど、彼の活動はネットで続いてる。動画を毎日配信してて、それが若者を中心に人気なのだ。
 俺も大岩は結構好きで、SNSもフォローしてる。

「動画出演是非応募させて下さい、男子高校生です。っと!」

 早速リプを送った。
 大岩にも会えて、使われれば「この動画出たんだ!」って自慢出来て、金持ちになれる。すげえ良いじゃん。

「2万あったら何買お~」

 動画に出れる気満々でニヤつく。所要時間30分だから実質時給4万円。
 なんて割の良いバイトだろう!



 それからすぐ大岩のマネージャーからDMが来て、早速リモート面接をした。
 彼も面白い人で、夏休みどんな風に過ごしてきたかで盛り上がってたら――『採用です』と言われた。

「っと、ここか~」

 そんなこんなで。
 俺は今都内の貸しスタジオの前に立っていた。

「あっ、来た来た! 今日はおおきになー」

 キョロキョロしてた俺に声をかけたのは、トレードマークの白スーツに白手袋姿の大岩だった。うおおお本物だ!

「え、あっ大岩!? あっ、さん! 大岩さん!」
「ええよそんな気ぃ使わんでも、タメでええし。ほな早速行こか~ごめんなあんま時間割けんくて」

 大岩は気を悪くした風でもなく言い、俺の腕を引いて室内に入っていく。ってか全然普通の良い人じゃん。

「うおおおぉ……」

 カメラが回されてる室内に感激した。すげえ。あ、あのカメラマン、マネージャーさんだ!
 そして、ありました。
 部屋の中央、白いテーブルクロスの上に鎮座している『?』と書かれた箱が。

「じゃっ早速よろしゅう。机の下覗いたらあかんよ、もうカメラ回ってんで~?」
「えっ、じゃ、じゃあ失礼しますぅっ!」

 良いリアクションなんて楽勝だと思ってたのに、声が裏返ってしまった。焦ってカッチカチだし格好悪い……友達に絶対笑われるじゃん。

「箱の中身は何やろなーまずは1発目行ってみよ~!」
「うわっうわっ怖え! えいっ!!」

 思いきって箱の中に手を突っ込み——ヒンヤリした滑らかな手触りに慄く。

「ひぉえ~きもっっ!」

 オーバーリアクションしながら謎の物体をぺたぺた触っていく。

「うーん案外普通の物、っぽい? 金属、かな? 亀とかが入ってたらヤダな~って思ってたから良かったかも~」
「え~良かったん? ほな生き物やってもらおっか~!」
「えええー!?」

 大岩はニヤニヤしながらテーブルクロスを捲って、箱を入れ替え始めた。
 さっきの金属はリハーサルで、こっちが本番……と。ゴクリ、と緊張から喉が鳴った。

「ではっうわああああぁっ!?!?」

 手を突っ込んで——素でビビった。
 ピチャっとヌメッとプニッとしたからだ。

「ひっうわー無理無理無理っ!」

 見えない生き物に触るのってこんなに怖いの!? 横で大岩があれこれ煽ってくるのも焦る。

「えっなにこれっ。えっとぉ……水系の! ヌメヌメ細長い……さ、魚? 分かった! う、ウナギ!!」
「おっ、正解!!」

 パチパチと笑顔の大岩に拍手される。その表情に無性にホッとした。
 ……んだけど。

「じゃ! 次行ってみよか~!」
「は!? まだあんの!?」

 再びテーブルクロスを捲り、ノリノリで大岩は箱の中身を入れ替え始める。

「当たり前やん」

 にっと笑う大岩に頬が引き攣った。
 きっつぅ……でもこれも動画に出る為、2万の為……。

 その後俺はナポリタンやチョコクリームケーキを触った。食べ物普通に怖かった。
 30分後、現金を貰い解散となった。
 時間が押してたらしく、すぐに部屋から出て行った大岩と記念撮影出来なくて残念……。
 でも撮影は面白かった! 金持ちになれたし。
 おしっ早速友達に自慢しよっと。

***

 学生との収録を終えた後。
 退散するフリをして隣の会議室に移った大岩は、数分後部屋に戻って来たカメラマンに話し掛けた。

「ナイフに指紋ちゃんとついた?」
「ああ、後はこれを現場に転がすだけだ。協力ありがとな、大岩さん。これ、バイト代」

 ニッと悪どく笑うカメラマンから厚みのある茶封筒を受け取る。

「おおきに~」

 つられて自分も悪どく笑う。
 これは動画撮影ではない。
 ただの茶番で、個人的なバイトだ。
 先週起きた未発見の殺人事件の凶器である折り畳みナイフに、別人の指紋をつけるという。

 反社と繋がりがあると、こういうバイトが良く回ってくる。
 あの学生は、事件の日にアリバイが無かったから選んだだけ。生き物よりも金属に触らせたかったのだ。
 実際の殺人犯であるこのカメラマンは、学生の指紋に警察が騙されている内に高飛びするらしい。

「じゃあこれは貰ってくよ」

 慎重にカメラマンは折り畳みナイフをしまい、そっと部屋から出て行った。

「馬鹿な学生の指紋を凶器に残す協力をするだけでこない貰えるなんてなあ~」

 自分はあの学生と写真を撮っていないし、DMで直接やり取りもしていない。
 あの動画も勿論使わない。スクショしてた第三者が万が一居ても、幾らでも言い逃れ出来る。
 そもそもあの馬鹿な学生が、この茶番と指紋の関係に気付くだろうか。何の金属に触ったかも興味が無かった奴だ。
 これで300万貰えるのだ。笑いが止まらない。
 だからか、ニンマリしながら叫んでいた。

「あ~割のええバイトやった!!」
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