ブラックなショートショート集

上津英

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40 運命の人

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(僕の運命の人は月にいるんだ!)

 ある朝、眼鏡の男子高校生はふとそんな事を思った。

(そうだ、月だ! 運命の人が僕に抱き締められるのを待っているっ!)

 一度そう思うと、その考えで胸が一杯になった。まだ見ぬ未来の恋人の事で頭が一杯になる。

(だから地球の女は僕を馬鹿にしてたのか)

 同時に腑に落ちた。
 少年は太っていて歯並びが悪く背も小さい。
 小学3年生になった位から、クスクスと女子に避けられ始めた。消しゴムが落ちている、と話し掛け叫ばれた事もあった。
 誰かと愛し合いたいだけなのに、その土俵にも乗れない。生きているのが辛かった。己の容姿を恨んだ。
 でも、本当は違った。これは。

(全部全部、運命の人の為だったんだ! どうして今までモテない事を僻んでいたんだろう!)

 異星人が運命の人なのだから、こんな不細工に生まれたのも当然だ。
 だって地球人向けのイケメンはきっと月では不細工で、地球人にとっての不細工が月ではイケメンなのだから。いきなりこんな事を思ったのも、かぐや姫が自分にメッセージを送ったから。

「そうか、そうだったのか……僕のお姫様は月に居るのか……待っててね、僕の運命の人」

 少年はにんまりと笑い、愛おしそうに空を見上げ――宇宙飛行士になる事を決めた。
 自分はまだ高校生。これから大層な夢を抱こうが十分間に合う。

「ママー! 僕進路決まったよー!」

 少年は期待に胸を膨らませながら1Fのリビングに降りて行く。
 途中、窓の外に広がる空を見上げるのを忘れずに。



 運命の人に会いに行く。
 その思いに憑りつかれ、あの日から少年は勉強ばかりしていた。
 大好きだったポテトチップスを食べる時間が勿体無い。眼鏡を上げる時間が惜しくてコンタクトにした。
 彼の雰囲気は変わり、何時しか異性からチラチラ見られる存在となった。

「今度カラオケ行かない?」

 頬を赤らめた異性にそう誘われる事も数え切れぬ程。
 けれど。

「行くわけないだろ!」

 運命の人に会いに宇宙飛行士になる――その思いに囚われた少年は、都度誘いを突っぱねていた。

(昔の僕だったら飛び跳ねて喜んでいただろうに、こんなにも興味が無くなるなんてな)

 人間こんなにも変わるものなのか、と驚きだ。
 当然いつしか誰からも誘われなくなったが「これで勉強に集中できる」と寧ろ嬉しかった。
 早く月に行きたい。運命の人に会いたい。
 月に誰か居る事を誰も信じていないけれどどうしてだろう。
 誰か居るからこそ、人は月に惹かれるのに。



「遂にこの日がやって来た!」

 少年――男は今、月の裏側を有人調査する宇宙船の中で、緊張で吐きそうな位胸を詰まらせていた。
 猛勉強の末一流大学に合格し、そこでもまた努力を続けて宇宙飛行士になり、従兄弟に子供が生まれる中念願の宇宙服を着るようになった。

(月の裏側……今まで無人探査機は降りた事があるけど、有人調査はこれが初めてだ。物陰の裏側に運命の人が隠れていたって全く不思議じゃないぞ)

 同時にこうも思う。
 何が起こるか分からぬ月の裏側、調査員が1人行方不明になっても仕方ないのではないか、と。

(植物から酸素を作る勉強もしたし、野菜だって少しは育てられる。運命の人とずっと一緒に居られる……!)

 青年は月に到着するまで、ずっと運命の人の事を考えていた。



「ではこれより作戦を開始する!」
「はっ!!」

 無事に到着した月の裏側に、船長と船員達の勇ましい声が響く。

(今だ!)

 散り散りになった乗組員達の目を盗み青年は物陰の裏に逃げ込んだ。
 夢にまで見た月は殺風景だったが、この無骨さがいっそロマンティックだ。
 そして。

「!!」

 岩陰に、は居た。
 暗闇に同化していて上手く見えないが、頭蓋骨程大きい1つ目でじっとこちらを見ているモノがあるのだ。

「あっあっ……」

 と目が合い、雷に打たれた気分だった。
 大きな口の異形の物に会ったからではない。
 それが運命の人であると、直感が告げて来たからだ。

「お、お待たせ……!」

 今まで運命の人の事ばかり考えていたと言うのに、いざ会ったら気の利いた言葉1つ出て来やしない。なんて格好悪いのだろう。
 しかし。

『ヤットアエタネ』

 運命の人がそんな事を気にした様子はなく、頭に直接語り掛けてきては柔らかく目を細めてくるだけ。
 流石運命の人。
 格好悪い自分でも受け入れてくれる。嬉しくて涙が込み上げて来た。

「会いたかったっ!!」

 半泣きで飛び付こうとした――次の瞬間。
 パクリ! と。
 頭から、その大きな口で丸飲みされてしまったのだ。

『私モ早ク食ベタカッタァ』

 一瞬で視界が真っ暗になる。湿度が高い。

「えっ」

 思ってもいなかった展開に目を見開く。
 運命の人が自分を食べるわけがない。そうだ、だからこれは歓迎のキスなのだ。
 じゃなかったら、自分は今までこの異形に食べられる為に全てを捨てて来た事になってしまうから。

「嫌だ……っ!」

 込み上がって来たのは、運命の人に対する初めての嫌悪感。

「嫌――っ」

 もう一度叫ぼうとしたけれど、ゴクリと言う音を最後に何も聞こえなくなってしまった。

***

『ソッカ、地球ハコンナ星ナノカ……」』

 怪物はモグモグと男を咀嚼しながら、地球の情報を吸い取っていた。
 この怪物は銀河征服を目論む月で、各惑星の情報収集をする任に就いている。
 その星の生命体を食べれば済むので楽ではあったが、月よりもずっと大きな地球を調査するのは慎重に行う必要があった。じゃないと椅子に座った上層部の者がうるさいから。

 そこで考えたのが、愛に飢えている地球人を洗脳し月に来させ食べる事。
 月に来る地球人はエリートらしいので、これだけで十分な情報が得られる。
 案の定電波を受信した地球人は運命の人とやらに盲目になり、沢山の情報を蓄えて食べられに来てくれた。

『運命ノ人、カ』

 胃の中に納まった男が繰り返し思っていた事に、笑いが込み上がってくる。
 あながち間違っていないかもしれない。

『ダッテ私ニ食ベラレル運命ダッタンダモンネェ』

 怪物はそう言ってふふふと笑い、また岩陰に同化し地中の本部へと帰って行った。
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