アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

文字の大きさ
7 / 65
Ⅰ Trollmann―魔法使い―

6 「ま、魔法使いが私に何の用よ?」

しおりを挟む
 ウィルは寂しそうに呟いた後、自分に見えるように杖を掲げる。魔法使いが持つ杖というのは、どうやら細く歪な物らしい。
 慌てて立ち上がり、首を左右に動かして周囲に視線を巡らせた。と、気を利かせてくれたのか火の玉の数が10個近く増え、一気に部屋が明るくなる。

「あ、貴方は本当に人間なの? エルフではなくて?」
「はい。あ、でも神話の時代にご先祖様があの小神族と子を成したおかげで魔法が使えるのですが……俺は1825年生まれの人間です」

 寝台をなんとか4つ敷き詰められそう、という広さの部屋。自分が思っていた以上にウィルは近くにいた。
 ノルウェー人らしく背が高い。明るいところで見ると2歳違いの青年は飾り気が無く、それだけに端正な顔立ちが際立っていた。見目が良いのはエルフの末裔だからでもあるのだろう。

「ま、魔法使いが私に何の用よ?」

 ウィルの顔をじろじろと眺める。
 口調と同じく温和な顔。男嫌いの母親は屋敷に滅多に男性を入れないので、魔法使いを抜きにしても知らない顔だ。

「それなのですが。先程アストリッドは、崖の上の家でピアノを弾いていましたよね?」
「な……っ!? や、うん。弾いてた、良く知ってるね」

 どうして自分の名前を知っているのだ、と驚いたが彼は疑いようもないくらい立派な魔法使いだ。
 なら自分の名前程度知っていてもおかしくない。気を取り直し青い瞳を伏せて頷く。

「俺もあの演奏、実は裏の森で聴いていたんですよ。それですっかり貴女のファンになってしまいまして」

 ウィルは目を細めながらストレートな言葉を投げてくれた。そんな目で見られてはこちらの警戒も緩む。

「え、そうなの……それは有り難う」
「ショパンの子犬のワルツ。どうしてあれを?」
「極夜の時期の昼にはああいう曲が似合うかな、って」

 素敵な選曲理由ですね、と青年は笑った。魔法使いってショパンを知っているんだ……という不思議な気持ちと、擽ったい気持ちと、早く先を聞きたい気持ちが同時に襲ってくる。

「演奏後、貴女は怒り狂った母親にすぐに連れ戻されてしまいました。随分理不尽な理由で怒っていたでしょう。そんな理由で、あんなに素敵な演奏をしていた人が折檻されるのではないか……と貴女が心配になりまして、1ファンとして貴女を助けに来たんです」
「そ、それは有り難う。嬉しいわ。でも助けに、って大袈裟じゃない? お母様もすぐに出してくれるでしょうし」
「大袈裟かどうかはこの後の話を聞いてご判断を。俺は先程ロヴィーサとリーナの話を盗み聞きしたんです」

 2人の名前も把握している事に、鮮やかな手品を見た時に似た感動を覚えつつも――不穏な物を感じた。あの2人が何を話したのだ。
 自分の瞳の揺れに気付いたウィルが唇を動かす。

「貴女が音楽をやるなんて言わなくなるまでずっと地下牢に入ってて貰う、と。ロヴィーサはリーナに言っていました」
「ずっと……って、え、ずっと!?」
「はい。30年経とうともずっと、だそうです」

 困惑すると同時にゾッとした。
 一瞬ウィルが嘘をついているかと思った。が、彼が嘘を付く理由が思いつかないので、母は本気で自分を監禁する気なのだろう。確かに廊下でそんな事を言っていたが、大袈裟に言っているのだと思っていた。
 背筋が寒くなったのは、この空間が寒いからではない。

「…………」

 これからの時間をあんな暗くて寒い空間に費やせる訳が無いし、かといってピアノの道を諦める事も出来ない。
 そんな手段を取ろうとした母とも、悲しいがもう話し合うなんて望めないだろう。だったら進む道は一つしかない。貯金するくらい考えていた事。心はすぐに固まった。

「それで俺は貴女がここから逃亡する手伝いを、と思ったんです。貴女もそれを望むだろうと思ったのですが……要らぬ事でしたか?」
「そんなわけない、そんなわけないよ! ピアノを弾けないなんて嫌。助けてくれて寧ろ感謝してる。有り難う。決めた。私、このまま家を出て音楽を勉強しに行こうと思う。私みたいなお嬢様がやっていけない、ってお母様は嫌がってるのかもしれないけど……だからって監禁されるよりずっと良いもの!」

 覚悟を決めるように告げた言葉。それがいい、とばかりにウィルは頷いてくれた。

「貴女ならそう言うと思っていました。俺も手伝いましょう、落ち着くまで同行させて下さい。申し訳ありませんが貴女を目的地まで瞬時に飛ばせるような魔法は無いんですよね……ですが、護衛くらいは出来ますから」
「ううん十分よ、有り難う! 心強いわ。でも良いの?」
「はい。先程言ったじゃないですか、俺は貴女のファンなのだと。守らせてくれませんか」

 躊躇う事なく紡がれる言葉に、暖炉の温もりに触れた時のように気持ちが解れた。自分の話を聞いてくれる存在がこんなに力をくれるとは思っていなかった。心が温かくなり、目を伏せて「有り難う」と呟くと、ウィルの頬が嬉しそうに持ち上がる。
 では、とウィルの呟きに合わせて周囲に浮かんでいた火の玉が、部屋の奥にある階段の元へ漂っていく。

「……」

 改めて見ると、この階段。
 土を階段の形に拵えただけの簡素な物で、あちこちに凹凸が目立っていた。子供が雪で同じ物を作ったとしてももっと綺麗だろう。
 これはウィルが不器用だからなのか。
 「ふふっ」とこの空間に来てから初めて笑みが零れた。

「どうかされました?」

 すぐ前を歩いていた青年が不思議そうに尋ねてくる。

「ううん、ただ貴方って本当に人間なんだなあって思って」
「はい……? 最初に言いました、よね? 俺はノルウェー生まれノルウェー育ちのノルウェー人ですよ?」

 首を捻りつつ返って来た言葉も少しも魔法使いらしくなくて目を細める。「そうだったね」と笑ったおかげで余裕が生まれた。
 不格好な階段を登り深々と雪が降る森に出るまでの間、アストリッドは一度も口を開かなかった。どんどん寒くなるが、女中が渡してくれたコートを着ていたので助かった。
 考えるのはこれからの事。

「ウィル、あのね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...