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Ⅰ Trollmann―魔法使い―
5 「……貴方は……エルフなの?」
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怖い。
不安になって1階への階段を見上げ、ある事に気が付いた。
「っ嘘でしょ?」
階段の脇にある燭台に立てられた蝋燭の火。
それが少しも揺れていなかったのだ。地面はこんなにも揺れていると言うのに。揺れているのは自分の周囲だけ、という事になる。
「なんで……きゃっ!!」
不思議に思うのと、足元が一際大きく揺れたのは同時だった。次の瞬間あろう事か――チョコレートのように、地面が溶けた。
「ひっ、ああああぁ!」
理解が追い付かない。床が抜けた際の浮遊感にまともな悲鳴も上げられなかった。限界まで見開いた瞳には、先程と少しも変わらない鉄格子と地面が映っている。
蟻地獄に吸い込まれる蟻と同じ目線だ、とか。地下牢は広いから誰も自分の声に気付いていないだろうな、とか。
他に考える事はある筈なのに、そんな事ばかり次々と頭に浮かんだ。
「わっ!」
数秒後。
どすっ! と音を立てて臀部から地面に着地した。
地下室の地面に吸い込まれたのに何処かに着地する。意味が分からない。
「いったた……っ!」
いつの間にか瞑っていた瞳を開き、周囲に視線を巡らせる。
暗い。
冥界、と言う単語が頭を過ぎるくらいには閉塞感があって息苦しい。自分が落ちた穴は、水滴が小さな穴を塞ぐ時のようにあっという間に塞がってしまった。
「!?」
おかしい。
こんな事現実では起こり得ない。もしかしたら自分はいつの間にか死んでいて、母親の言う事を聞かなかった罪で冥界に落ちてしまったのだろうか。
いや心臓がバクバク言っているのだから生きている筈、とふと冷静になる。同時に前方で小さな火が燃えている事にも、その隣に人が立っている事にも初めて気が付きハッとする。
「誰か居るのっ!?」
自分よりも少し年上の青年が近くに居たのだ。
冥界への道には物乞いの老人が居るという。どうやら本物は老人ではなく青年のようだ。
黒いフードを深く被っているので、暗闇の中では実像がいまいち掴めないが、それでも美しい青年だと分かった。
白い肌。青い瞳。赤い唇。それにフードから覗く色の薄い金髪だけが、この空間で火以外に色を持っていた。
――悪い人では無さそう。
こんな空間に居る奇妙な人物だと言うのにそんな第一印象を抱く。そう思ったのは、青年の瞳が凪いだ海のように穏やかだったからだ。
「あ……」
自分の姿を捉えた瞬間、申し訳なさそうに青年の眉が下がる。冥界の関係者と思っていただけに、不意に人間らしい表情が浮かんだ事に心臓を揺さぶられたような動揺が走る。
青年は一度咳払いをした後続けてくる。
「手荒な真似をして申し訳ありません。驚き、ましたよね? 怪我はありませんか?」
のんびりとした、どことなく情けない声。
目の前の青年がますます分からなくなり、ただ見上げる事しか出来なかった。
何だろうこの人は。人なのだろうか。本当に物乞いなのだろうか。冥界への道で無いなら一体ここはどこだろう。先程の現象は何だ。
火かき棒で脳味噌をかき混ぜられでもしたかのように、頭の中がグチャグチャだ。
「えー……っと、大丈夫そう、ですね。最初に言っておきますが、ここは北欧神話で語られる冥界ニヴルヘルではありません。貴女が居た地下牢の更に地下です。ここは先程俺が即興で作った部屋でして、屋敷の裏に広がる森に繋がっています」
青年は体の向きを変え後方の階段を指差した。青年の動きに合わせて、この空間唯一の灯りである火も一緒に動く。
「っ」
青年が燭台を持っていれば十分納得出来る動きだが、驚く事に火は浮いていたのだ。ここがニヴルヘルだった方がまだ理解出来る現象だ。
「……貴方は……エルフなの?」
その火の玉を見ていたらウィル・オ・ウィスプという欧州の怪火の伝承を思い出して、ぽつんと尋ねる。
エルフ――北欧神話で語られる魔術が得意な美しき小神族。怪火を扱える美しい存在ならエルフだろうと思ったのだ。
「えっ?」
自分の問いに青年は面食らったとばかりに目を見張り、暫く何も反応しなかった。10秒近く経った後、質問の意味を理解したかのようにふっと目を細める。
「……ああ。この通り魔法使いではありますが、俺はエルフではなく貴女と同じノルウェー人ですよ。申し遅れました、俺はウィルと言います」
はあ、と何とも言えない相槌を返し、ウィルならやっぱりウィル・オ・ウィスプを扱えるエルフなのではないかと思い――とんでもない事を言われた事に気が付いた。
「魔法、使い? 今魔法使いって言った?」
確認するように呟く。
ウィルと名乗った青年が頷くのを見て、驚き以上に腑に落ちるものがあった。こんな奇妙な状況、魔法使いの介入を信じるより他がない。
それに聞いた事がある。200年前ノルウェー最北東部――トロムソのずっと東、ロシアとの国境近く――の町では魔女狩りが過熱しており、人口を考えるとヨーロッパの中でも一際処刑数が多かったという。
トロムソでも3人焼かれたという記録が残っている。これらは彼らが本当にこの地で暮らしていた事と関係があったと言うのか。
「魔法つか……魔法使い……魔法使いっ!? え、魔法使いって本当に居たんだ!」
腑に落ちたものの、じわじわと驚きが込み上げてきて、ようやく夢から醒めた気がした。
王様や高名な演奏家に出くわしたとしてもこんなに驚きはしない。忙しなく視線を動かす。
「はい。けど俺が地球最後の魔法使いだとは思いますけどね。世界中にいた魔法使いも皆さん亡くなられたので……」
不安になって1階への階段を見上げ、ある事に気が付いた。
「っ嘘でしょ?」
階段の脇にある燭台に立てられた蝋燭の火。
それが少しも揺れていなかったのだ。地面はこんなにも揺れていると言うのに。揺れているのは自分の周囲だけ、という事になる。
「なんで……きゃっ!!」
不思議に思うのと、足元が一際大きく揺れたのは同時だった。次の瞬間あろう事か――チョコレートのように、地面が溶けた。
「ひっ、ああああぁ!」
理解が追い付かない。床が抜けた際の浮遊感にまともな悲鳴も上げられなかった。限界まで見開いた瞳には、先程と少しも変わらない鉄格子と地面が映っている。
蟻地獄に吸い込まれる蟻と同じ目線だ、とか。地下牢は広いから誰も自分の声に気付いていないだろうな、とか。
他に考える事はある筈なのに、そんな事ばかり次々と頭に浮かんだ。
「わっ!」
数秒後。
どすっ! と音を立てて臀部から地面に着地した。
地下室の地面に吸い込まれたのに何処かに着地する。意味が分からない。
「いったた……っ!」
いつの間にか瞑っていた瞳を開き、周囲に視線を巡らせる。
暗い。
冥界、と言う単語が頭を過ぎるくらいには閉塞感があって息苦しい。自分が落ちた穴は、水滴が小さな穴を塞ぐ時のようにあっという間に塞がってしまった。
「!?」
おかしい。
こんな事現実では起こり得ない。もしかしたら自分はいつの間にか死んでいて、母親の言う事を聞かなかった罪で冥界に落ちてしまったのだろうか。
いや心臓がバクバク言っているのだから生きている筈、とふと冷静になる。同時に前方で小さな火が燃えている事にも、その隣に人が立っている事にも初めて気が付きハッとする。
「誰か居るのっ!?」
自分よりも少し年上の青年が近くに居たのだ。
冥界への道には物乞いの老人が居るという。どうやら本物は老人ではなく青年のようだ。
黒いフードを深く被っているので、暗闇の中では実像がいまいち掴めないが、それでも美しい青年だと分かった。
白い肌。青い瞳。赤い唇。それにフードから覗く色の薄い金髪だけが、この空間で火以外に色を持っていた。
――悪い人では無さそう。
こんな空間に居る奇妙な人物だと言うのにそんな第一印象を抱く。そう思ったのは、青年の瞳が凪いだ海のように穏やかだったからだ。
「あ……」
自分の姿を捉えた瞬間、申し訳なさそうに青年の眉が下がる。冥界の関係者と思っていただけに、不意に人間らしい表情が浮かんだ事に心臓を揺さぶられたような動揺が走る。
青年は一度咳払いをした後続けてくる。
「手荒な真似をして申し訳ありません。驚き、ましたよね? 怪我はありませんか?」
のんびりとした、どことなく情けない声。
目の前の青年がますます分からなくなり、ただ見上げる事しか出来なかった。
何だろうこの人は。人なのだろうか。本当に物乞いなのだろうか。冥界への道で無いなら一体ここはどこだろう。先程の現象は何だ。
火かき棒で脳味噌をかき混ぜられでもしたかのように、頭の中がグチャグチャだ。
「えー……っと、大丈夫そう、ですね。最初に言っておきますが、ここは北欧神話で語られる冥界ニヴルヘルではありません。貴女が居た地下牢の更に地下です。ここは先程俺が即興で作った部屋でして、屋敷の裏に広がる森に繋がっています」
青年は体の向きを変え後方の階段を指差した。青年の動きに合わせて、この空間唯一の灯りである火も一緒に動く。
「っ」
青年が燭台を持っていれば十分納得出来る動きだが、驚く事に火は浮いていたのだ。ここがニヴルヘルだった方がまだ理解出来る現象だ。
「……貴方は……エルフなの?」
その火の玉を見ていたらウィル・オ・ウィスプという欧州の怪火の伝承を思い出して、ぽつんと尋ねる。
エルフ――北欧神話で語られる魔術が得意な美しき小神族。怪火を扱える美しい存在ならエルフだろうと思ったのだ。
「えっ?」
自分の問いに青年は面食らったとばかりに目を見張り、暫く何も反応しなかった。10秒近く経った後、質問の意味を理解したかのようにふっと目を細める。
「……ああ。この通り魔法使いではありますが、俺はエルフではなく貴女と同じノルウェー人ですよ。申し遅れました、俺はウィルと言います」
はあ、と何とも言えない相槌を返し、ウィルならやっぱりウィル・オ・ウィスプを扱えるエルフなのではないかと思い――とんでもない事を言われた事に気が付いた。
「魔法、使い? 今魔法使いって言った?」
確認するように呟く。
ウィルと名乗った青年が頷くのを見て、驚き以上に腑に落ちるものがあった。こんな奇妙な状況、魔法使いの介入を信じるより他がない。
それに聞いた事がある。200年前ノルウェー最北東部――トロムソのずっと東、ロシアとの国境近く――の町では魔女狩りが過熱しており、人口を考えるとヨーロッパの中でも一際処刑数が多かったという。
トロムソでも3人焼かれたという記録が残っている。これらは彼らが本当にこの地で暮らしていた事と関係があったと言うのか。
「魔法つか……魔法使い……魔法使いっ!? え、魔法使いって本当に居たんだ!」
腑に落ちたものの、じわじわと驚きが込み上げてきて、ようやく夢から醒めた気がした。
王様や高名な演奏家に出くわしたとしてもこんなに驚きはしない。忙しなく視線を動かす。
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