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Ⅱ havn―海―

23 「っ!! いってぇな!!」

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 その時。

「くっ――お前らさっさとこっちに移れ! ウィルを、クララを信じろ! 俺はこんなとこで死ねねーんだよっ!」

 甲板の上で張り詰めた表情のルーベンが叫ぶ。「船長!?」と野太い声が呼び止める前に、どさり! と大きな音を立ててルーベンが甲板の上に背中から落下してくる。

「っ!! いってぇな!!」

 甲板の上に横になって悶えているルーベンが、八つ当たるようにこちらを睨んでくる。結構な音を立てて背中から落ちたので、相当の痛みに襲われているようだ。
 身悶えながらもその唇に微かな笑みが浮かんでいる事を、自分の瞳は見逃さなかった。きっとこの船長は進んで第1号になってくれたのだ。良く知らぬ小娘の言葉よりも、船長の言動の方が彼らを動かすのだ、と。
 その計らいが嬉しくて、自分も笑みを浮かべていた。

「それは……ごめんなさい。でもルーベンさんの落ち方も悪いと思います!」
「はっ、お前ほんっとうに気が強いよな……」

 ぐったりと横になりながらも、ルーベンも笑みを浮かべていた。

「っみんな船長に続けぇ!!」

 船体にしがみついていた船乗り達も、ルーベンが飛び降りたのを見て腹をくくったらしい。1人また1人と甲板に飛び降りてきて、その度に甲板が縦に揺れる。

「よし、全員無事か。ばあちゃんは……! って、ん? ん?」

 もう飛び降りて来る人が居ないと判断したルーベンは、甲板に乗っている全員の顔を見た後振り返り――ソニアに被さるようにして眠っているウィルを見て困惑しきった声を上げる。

「ウィルは特定の魔法を使うと眠ってしまうの。ソニアさんは……良かった、治ってる。もう大丈夫ね」

 事情を知らない人から見たら奇妙な光景でしか無いので、自分が説明をする。眠っている女性はもうどこも火傷していなかった。
 あちこちから安堵の息が漏れる中、今までとは違う眼差しを向けられている事を感じる。

「はあ。とにかく、たす……かった、のか。全員生きてるのは奇跡だな。……おいクララ、なんだそいつ?」

 その問いに答える前に、ルーベンのすぐ近くでへたり込んでいた船乗りが叫んだ。

「そいつのせいだ! ロシアだと魔女は男のが多いって聞くぞ! だからそいつはロシア語を喋れるんだ! 船が沈んだのもウィルの――」
「んなわけねーだろ! お前は少し黙ってろ。で? お前も魔女なのか?」

 足を投げ出し後ろ手を突いているルーベンは同年代の船乗りに怒鳴った後、あどけない表情で寝ている魔法使いに顔を向けた。

「さっきも言ったけどウィルは魔法使いよ。人間とエルフの末裔なのだって。でも19でノルウェー育ちのノルウェー人なのは本当。私はただの人間ね」

 自分の説明を聞いたルーベンは思っていた以上に落ち着いていた。何も言わずただただ疲れた顔でウィルを眺めている。

「はっ、広い世界にはそんなんも居る、ってか。アーサー王伝説のマーリンがストーンヘンジを作ったってのも案外本当かもな。助かったよ、感謝する」
「……驚かないんですね?」

 あんな事があり魔法使いを見た直後だと言うのに、ルーベンの受け答えはしっかりしている。船長が落ち着いているからなのか、船乗り達は泣くだけで騒ぐ事が出来ないらしい。

「いや驚いているが、海は魔法使いよりも不思議だからな。クラーケンが居るんだから魔法使いも居るだろ。あー……沈んじまったなあ、積み荷も、キャンパスも……船も……どうするかな……」

 その落ち着きようが不思議で問いかけると、返って来たのは船乗りらしい答え。
 それにルーベンは、魔法使いが実在している事よりも船が沈んだ事の方によりショックを受けているらしかった。再び甲板に寝転びだしたルーベンに、号泣している船員が近寄る。

「船長、すみません! おっ、俺がもっと上手く操縦してたら!」
「うるせー泣くな沈んだもんは仕方ねーよ。航海保険でどうにかするから、お前達は一旦違う仕事でもしてろ。まずは凍死する前にここから1番近い岸に上がるぞ。あー……着いたら起こしてくれ」

 本格的にルーベンが眠る体勢に入りだしたので内心ぎょっとした。こんな事故に遭った後に良く眠れるな、と思ったが違うのだろう。ショックを隠す為にか早々にそっぽを向いた背を見て思った。
 もうすぐ父親になり、自分の夢も諦めていない人だ。腐りたくなる気持ちも分かる。この人は今、揺れる海面を見てどんな表情で何を考えているのだろうか。
 その後は航海士の案内の元、ここから1番近いタルヴィクという町に向かうべく最寄りの岸に向かう事にした。
 呆然としていた船乗り達もようやく正気に戻り、周囲に浮いている木箱や木片を拾ってくれたので、それをオール代わりにしながら岸を目指す。

 ウィルの杖がピッケルにもなる事に船乗り達は大いに喜んだ。豪快な船乗り達に酷使され杖が折れるのではないかとヒヤヒヤしたが、魔法使いの杖は鉄棒のように頑丈だった。
 浮いていた木箱から木苺のジャムが出て来たので空腹をそれで凌ぎながら、空にオーロラが浮かぶ頃、近くの岸に到着した。
 岸に到着した時にはソニアも起き出し、1番若い船員におぶられているウィルに船内で祈っていた時以上に篤い感謝を捧げていた。
 みんなが生還を喜んでいる中。起きたルーベンだけが何時までも黙り込んでいたのが厭に印象深かった。



 とにかくベッドに横になりたい。焼き立てパンを食べたい。コーヒーを飲みたい。
 月と星が教えてくれる方角だけを頼りにランタンも無い闇の中を歩き、こんなに民家って現れないものだっけ? と軽口を叩く者も居なくなり、暖かい家でやりたい事しか頭に浮かばなくなった頃。
 ようやくタルヴィク郊外にある民家の明かりを目にした。
 そこからは海難事故に遭った者として扱われ、ポモール交易でそれなりに栄えている町の宿屋で夜を明かした。
 朝、寝ているウィルと同じ部屋で休憩する事になった部屋の扉を叩いたのは、長旅の支度をし旅立とうとしている金髪の船長だった。その表情はどこか不安そうだった。

「えっルーベンさん、もうどこかに行かれるんですか?」
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