アストリッドと夏至祭の魔法使い

上津英

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Ⅳ Farvel―決別―

39 「ところで、ウィル様は嘘をついておられますね?」

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Ⅳ.Farvel―決別―



「リーナ、が……」

 オーロラのせいで呟くウィルの顔が赤く染まっている。
 リーナがこの家を見つけ、騒ぎになるのは時間の問題だろう。出産直後の妊婦が居る家を、ゴタゴタに巻き込むのは嫌だった。

「っこの家で騒ぎを起こさせては駄目! 一度リーナに捕まって、逃げましょう!」
「待って、アストリッド!」

 居間に飛び出し、申し訳無いが急用が出来た事を家人に伝え、ウィルの声を振り払うように玄関の扉を開けた。

「リーナ!!」

 突き刺すような寒さを物ともせず、オーロラの光もあり目視出来る程明るい中雪上に立っていた人物を見やる。
 黒髪をお下げにした、サーミ人らしく小柄な女性。
 名前を呼ばれた女性が、ハッとした表情でこちらを向いた。どうやらリーナ1人のようだ。薄暗い夜の中駆け寄って来る。

「お嬢様っ! ああっ……探して、探しておりました……!」
「リーナ、まずは移動しましょう、この家は昨日子供が産まれたばかりなの。巻き込まないで」

 一歩一歩近付きながら事情を説明する。リーナに痛い程腕を掴まれ、眉間に皺が寄る。

「……リーナ、アストリッドが痛がっています。その手は離して下さい」

 後方で扉が閉まる音がし、青年の声がした。振り返るとそこには、苦い顔で荷物と杖を持ったウィルが立っていた。
 一拍後、リーナは自分から手を離し、背筋を伸ばし目を合わせる。

「貴方が……魔法使いなのですか? こんばんは、私はリーナ・シュルルフ。サーミの民です。ノアイデ様にお目にかかれて光栄です」

 意外にも落ち着いて話すリーナは、神に会ったかのように恭しく頭を垂れてウィルに挨拶をしている。
 敵意のないその様子に、ウィルも自分も困惑を隠せなかった。
 それよりも。

「どうしてそれを……?」

 ウィルの疑問は最もだ。ノアイデと言うのは確かサーミの魔法使い。どうしてそれをリーナが知っているのだろう。
 やっぱりトロムソに向かったルーベンが自分達を売ったと言うのか。カリンを助けて欲しいと言った口で、自分達の――。

「伺いました。さ、早く遠くに行き、お話しましょう」
「そ、そうね……」

 こんなに落ち着いているリーナを見ると、自分を捕まえに来たわけではないのかと思ってしまう。
 しかしロヴィーサは自分を探している筈。では、どうして。

「湖があるあっちの方で良い? 人は居ない筈よ」
「はい、そこで構いません」

 幾らでも疑問はあったが、ここから離れるのが最優先。玄関を薄く開け心配そうにこちらを見ていた家人に問題無い事と世話になった礼を伝え、人家の無い高原へと向かう事にした。

「ノアイデ様、お願いです。興味があるんです、魔法を見せて頂けませんか?」

 高原に向かうべく湖畔を3人で歩いている途中、リーナが先程からどうも落ち着きのないウィルに話し掛けた。

「え……あ、はい。それと俺はノアイデとは別物ですので……ウィルで、良いです」

 話し掛けられるとは思っていなかったのだろう。ウィルの口調はたどたどしい。

「はい。申し訳ありません、ウィル様」

 戸惑ってはいるものの周囲を見回した後ウィルは呟き、掌の上に火の玉を出現させる。オーロラのおかげで元々明るい自分達の周囲が、一層明るくなる。

「凄い……! これが精霊の力なのですね。ああ……ああ……夫にも見せたかったな……!」

 突然現れた火の玉に目を丸くしたリーナは、共にキノコ狩りに行った時のように無邪気にはしゃぐ。いつもリーナは俯いているが、本当は明るい女性なのだろう。
 今も敵意は無いし、母に怯えている様子も無い。上手く事を運べばもしかしたら見逃して貰えるかもしれない。
 リーナがこう明るいのはレオンの熱が下がったからだろう。今レオンはどうしているだろうか、逃げる前に聞いてみようと決意する。
 ウィルはリーナを警戒しているのか、以降彼女と話をする事はしなかった。

「ところで、ウィル様は嘘をついておられますね?」

 遮蔽物が無く妖精が好みそうな丘が見えてきた頃。リーナが突然ウィルに話し掛けた。

「嘘?」

 思ってもいない単語に瞬く。ウィルが嘘なんて――そう思い、ちらりとウィルを見上げてみると、青年は何も言わずただただ視線を落としていて胸がざわついた。
 ――直後、リーナが大きく動いた。明るい夜の中お下げが揺れる。

「お許し下さい!」

 冷たい夜に凛とした声が響いた次の瞬間。
 ウィルの手から杖を奪い取ったリーナが、足を上げて青年の背中を力強く蹴る。

「っな!」

 突然の行動に自分もウィルも反応出来なかった。リーナに蹴られたウィルは勢いのまま湖に落下し、ドボンッ! と水音を立て沈んでいく。

「ウィルッ!!」

 杖が無ければウィルは魔法を使えない。溺れてしまう、と湖に駆け寄ろうとしたが、腕をリーナに掴まれ先に進めなかった。

「行かないでお嬢様っ、話を聞いて下さい!」
「駄目よ! 自分が何をしたのか分かってるのっ!?」

 初めてこの女中を叱りつけたものの、リーナの切羽詰まった表情が揺らぐ事は無かった。

「お嬢様、お願いです! レオンの為にどうか、どうかトロムソに戻って下さい!」
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