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Ⅳ Farvel―決別―
40 「お願いします、レオンを助けてやってください」
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「……え、レオン? レオンがどうかしたの? 寝台の下で熱があるとは聞いたけど、もう熱は下がったのでしょう?」
突然出てきた名前に足も止まった。
ふと違和感が生じた。
リーナが本気で自分を連れ戻す気なら、今すぐ自分を馬車に乗せるだろうし、そもそも1人で町に来ない。それに、ウィルは蹴り飛ばすより捕まえたり殺した方が安全な筈。
リーナはただ、自分からウィルを遠ざけたかっただけなのだ。
恐らく、ウィルに聞かれたくない話があって。
「レオンの熱は1度持ち直しただけで! お嬢様が家を出たあの日からずっと、もうずっと熱に浮かされています!」
「え、で、でもウィルが、下がったって……」
対話に応じようと思ったものの、リーナが何を言っているのか理解出来なかった。レオンの熱が下がっていないと言うのは、聞き間違いだろうか。
タルヴィクの宿屋で。下がった、とウィルははっきり言ったじゃないか。
「やっぱり……っ!」
困惑している自分を見てリーナは目を伏せ、すぐに声を張って続けた。
「ウィル様は嘘をついているんです!」
「な……、なにを言っているの?」
次がれた言葉が咀嚼出来なかった。
ウィルが嘘を吐くとは思えない。しかし、リーナも嘘を吐くとは思えない。
「っアストリッド! 逃げて!」
その時、湖面から顔を出したウィルの声が丘に響いた。きっとリーナが自分の腕を掴んでいるから、捕まったと思っているのだろう。
でも逃げなかったのはリーナの言葉が胸に刺さって抜けないから。
「どういう事?」
「言葉の通りです。……お嬢様、私は何としてでもレオンを助けたいんです。ですから、どうか、どうかトロムソに戻ってください! レオンを助けられるのはお嬢様だけなんですっ!」
そう叫ぶリーナの目元に、オーロラの光に反射して輝く大きな涙が見えた。その涙は嘘を吐いているようには見えなかったが、ウィルが嘘を吐いていたと言うのも信じられなくて、目の前の光景が現実で起きている物なのかすら実感が沸かなかった。
「え? え?」
「これ、読んでください!」
何が真実か分からず困惑している自分のポケットに、リーナは木で出来た封筒を滑り込ませる。その際リーナと目が合った。
「お願いします、レオンを助けてやってください」
泣きながら告げていると言うのに、その目は不思議と穏やかだった。どうしたらこんな不思議な目が出来るのかと思う程に。
「離れて下さい!」
ウィルの声が聞こえた次の瞬間。
リーナがポケットから短剣を取り出した。
鈍色に光る刃が見えたのと、強くて小さい風が起こした砂嵐に目に瞑ったのは殆ど同時だった。
***
突き刺すように冷たい湖面から這い出たウィルは、すぐにアストリッドの元へと駆け出した。
リーナが突然害を成してくる可能性も考えていた。けれどそれ以上に、何時レオンの話が飛び出して来るかで頭がいっぱいだった。
今頃アストリッドは自分が吐いた嘘を知った筈。
真実を知ったあの少女はさぞ失望するだろう。その時彼女がどのような目で自分を見るのか、考えるだけで怖かった。
「離れて下さいっ!」
エプロンドレスのポケットから何かを取り出そうとしているのが見え、声を張り上げる。ここまで来れば魔法が使えるので、リーナが取り出した短剣を風で弾き落とそうとし――気が付いた。
リーナが取り出した短剣の矛先がアストリッドに向けられていない事を。逆に、その矛先がリーナ自身に向けられている事に。
「リーナ! 止めっ――」
グサリ、と。
肉を裂く音が自分の耳に届いた。
リーナの目の前に居るアストリッドが、砂塵に耐えるように丁度目を瞑っていたのは良かったのだろうか。
己の喉に短剣を突き刺したリーナは、1度雷に打たれたように震えた後、喉から血液を噴き出した。赤黒い液体が噴水になってアストリッドの髪を、顔を、服を濡らしていく。
少ししてリーナの体から力が抜け、行き場を求めるようにアストリッドの体に倒れ込んだ。
「ひっ」
大きく目を見張ったまま固まっているアストリッドはその重みに耐え切れず、ベチャリと粘っこい音を立てて共に地面に倒れ込む。
「リーナ!」
一目散にピクリとも動かなくなったリーナの元に駆け寄った。湖畔には少しも似合わぬ濃い鉄の臭い。アストリッドの上から退かせた体に、人体魔法がもう使えない事を悟る。
アストリッドも、自分も、暫く何も言えなかった。
一際強い風が吹いたが、アストリッドの歯が鳴り出したのは濡れた体が寒いからではないだろう。
「……し……死んでしまった、の……?」
カチカチという音が聞こえる中、強張った表情の少女の呟きがやけに大きく聞こえる。
「あっ、貴方が、殺したのっ?」
「違います! ……自分で喉を切ったんです」
首を大きく横に振って否定をし、喉に刺さったままの短剣を引き抜いた。その際、虚ろな目をしているリーナが視界に映り眉を顰める。
「いや、嘘、どうして……っさっきまで、生きていたじゃない! いや、起きなさいよぉ!」
「アストリッド、落ち着いてっ!」
大きな声を上げリーナの遺体を揺さぶる少女は、どう見ても錯乱していた。この濃い鉄の臭いも心を掻き乱して来る一因だ。きっと今の彼女に冷静な判断は下せない。
「だって! こんな事っ!」
「落ち着いて……」
突然出てきた名前に足も止まった。
ふと違和感が生じた。
リーナが本気で自分を連れ戻す気なら、今すぐ自分を馬車に乗せるだろうし、そもそも1人で町に来ない。それに、ウィルは蹴り飛ばすより捕まえたり殺した方が安全な筈。
リーナはただ、自分からウィルを遠ざけたかっただけなのだ。
恐らく、ウィルに聞かれたくない話があって。
「レオンの熱は1度持ち直しただけで! お嬢様が家を出たあの日からずっと、もうずっと熱に浮かされています!」
「え、で、でもウィルが、下がったって……」
対話に応じようと思ったものの、リーナが何を言っているのか理解出来なかった。レオンの熱が下がっていないと言うのは、聞き間違いだろうか。
タルヴィクの宿屋で。下がった、とウィルははっきり言ったじゃないか。
「やっぱり……っ!」
困惑している自分を見てリーナは目を伏せ、すぐに声を張って続けた。
「ウィル様は嘘をついているんです!」
「な……、なにを言っているの?」
次がれた言葉が咀嚼出来なかった。
ウィルが嘘を吐くとは思えない。しかし、リーナも嘘を吐くとは思えない。
「っアストリッド! 逃げて!」
その時、湖面から顔を出したウィルの声が丘に響いた。きっとリーナが自分の腕を掴んでいるから、捕まったと思っているのだろう。
でも逃げなかったのはリーナの言葉が胸に刺さって抜けないから。
「どういう事?」
「言葉の通りです。……お嬢様、私は何としてでもレオンを助けたいんです。ですから、どうか、どうかトロムソに戻ってください! レオンを助けられるのはお嬢様だけなんですっ!」
そう叫ぶリーナの目元に、オーロラの光に反射して輝く大きな涙が見えた。その涙は嘘を吐いているようには見えなかったが、ウィルが嘘を吐いていたと言うのも信じられなくて、目の前の光景が現実で起きている物なのかすら実感が沸かなかった。
「え? え?」
「これ、読んでください!」
何が真実か分からず困惑している自分のポケットに、リーナは木で出来た封筒を滑り込ませる。その際リーナと目が合った。
「お願いします、レオンを助けてやってください」
泣きながら告げていると言うのに、その目は不思議と穏やかだった。どうしたらこんな不思議な目が出来るのかと思う程に。
「離れて下さい!」
ウィルの声が聞こえた次の瞬間。
リーナがポケットから短剣を取り出した。
鈍色に光る刃が見えたのと、強くて小さい風が起こした砂嵐に目に瞑ったのは殆ど同時だった。
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突き刺すように冷たい湖面から這い出たウィルは、すぐにアストリッドの元へと駆け出した。
リーナが突然害を成してくる可能性も考えていた。けれどそれ以上に、何時レオンの話が飛び出して来るかで頭がいっぱいだった。
今頃アストリッドは自分が吐いた嘘を知った筈。
真実を知ったあの少女はさぞ失望するだろう。その時彼女がどのような目で自分を見るのか、考えるだけで怖かった。
「離れて下さいっ!」
エプロンドレスのポケットから何かを取り出そうとしているのが見え、声を張り上げる。ここまで来れば魔法が使えるので、リーナが取り出した短剣を風で弾き落とそうとし――気が付いた。
リーナが取り出した短剣の矛先がアストリッドに向けられていない事を。逆に、その矛先がリーナ自身に向けられている事に。
「リーナ! 止めっ――」
グサリ、と。
肉を裂く音が自分の耳に届いた。
リーナの目の前に居るアストリッドが、砂塵に耐えるように丁度目を瞑っていたのは良かったのだろうか。
己の喉に短剣を突き刺したリーナは、1度雷に打たれたように震えた後、喉から血液を噴き出した。赤黒い液体が噴水になってアストリッドの髪を、顔を、服を濡らしていく。
少ししてリーナの体から力が抜け、行き場を求めるようにアストリッドの体に倒れ込んだ。
「ひっ」
大きく目を見張ったまま固まっているアストリッドはその重みに耐え切れず、ベチャリと粘っこい音を立てて共に地面に倒れ込む。
「リーナ!」
一目散にピクリとも動かなくなったリーナの元に駆け寄った。湖畔には少しも似合わぬ濃い鉄の臭い。アストリッドの上から退かせた体に、人体魔法がもう使えない事を悟る。
アストリッドも、自分も、暫く何も言えなかった。
一際強い風が吹いたが、アストリッドの歯が鳴り出したのは濡れた体が寒いからではないだろう。
「……し……死んでしまった、の……?」
カチカチという音が聞こえる中、強張った表情の少女の呟きがやけに大きく聞こえる。
「あっ、貴方が、殺したのっ?」
「違います! ……自分で喉を切ったんです」
首を大きく横に振って否定をし、喉に刺さったままの短剣を引き抜いた。その際、虚ろな目をしているリーナが視界に映り眉を顰める。
「いや、嘘、どうして……っさっきまで、生きていたじゃない! いや、起きなさいよぉ!」
「アストリッド、落ち着いてっ!」
大きな声を上げリーナの遺体を揺さぶる少女は、どう見ても錯乱していた。この濃い鉄の臭いも心を掻き乱して来る一因だ。きっと今の彼女に冷静な判断は下せない。
「だって! こんな事っ!」
「落ち着いて……」
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