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Ⅳ Farvel―決別―

41 「ねえ貴方……レオンの熱が下がった、って言わなかった……?」

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 話し掛けながら、赤く染まった雪を蒸発させていく。

「失礼します」

 同じ要領で頭や髪を濡らしている汚れも蒸発させようと、奥まで見えやすいよう髪をめくりながら落としていった時。

「止めてっ!」

 ――バンッ! と。
 アストリッドに腕を振り払われた。力は弱かったが、得体の知れぬ物を見るような瞳で見られ、頭を殴られたような衝撃を受ける。
 確かな拒絶。
 ほんの数秒の間が、あの窓際の温もりごと凍りついてしまったことを物語っていた。

「あっ……ご、ごめん……有り難う……」

 僅かに落ち着いたように見えるが、少女の細い肩はまだ震えている。視線が合わないのも、手を振り払われたのも――。

「……」

 こんなタイミングじゃ無かったら、アストリッドの反応も変わっていただろうに。
 悪いのは自分だと分かっているが、足掻きたい気持ちが消しきれない。唇を噛み締め、視線を逸らして項垂れる。

「火っ……火を出して……渡された手紙を読みたいの……読まないと…」

 震える声で請われ、「はい」と小声で返し頭上に火の玉を作る。
 服を汚していた血も殆ど蒸発し、ポケットから取り出した木の封筒から手紙を取り出し、広げた。そこには読みやすくも控えめな文字が綴られている。

『お嬢様へ。
 お嬢様にこうして手紙を書くのは初めてだと言うのに、初めてが遺書になってしまって申し訳ありません。驚かれました、よね。
 でもそれだけ、お嬢様にお伝えしたい事があったのです。
 私が死んだのは、どうしてもお嬢様にトロムソに帰ってきて貰いたかったからです。
 レオンの熱が下がらないのです。医者に診せた方が良い熱である事は間違いありません。
 ですが、そうする為のお金が私にはありませんでした。ラップ人の女。私は息子と生きていくだけで精一杯でした。

 ロヴィーサ様に「レオンを助けるお金を貸して欲しい」と頼んだのですが、ロヴィーサ様は「お嬢様が戻ってきてから」「借金をして入院させたら即刻解雇」の一点張りでした。それは何回朝を迎えようと、どれだけレオンの容態が安定しなくても揺らぐ事はありませんでした。
 でも今日……お嬢様がこれを読んでくれるだろう数日前、とある方がお嬢様はカウトケイノに居る、と教えてくれたのです。ロヴィーサ様はなんとしてでもお嬢様を連れ戻したくて、このチャンスをどうするか一生懸命考えました。
 そして1つの案を考えました。
 それは、お嬢様の眼の前で私が死ぬ事でした。

 複数人で町に来て、お嬢様にレオンの為に戻って欲しいと伝えても、そんなの嘘にしか聞こえないでしょうし、警戒するでしょう。
 ですが、カウトケイノと言う町に私が単身乗り込み、眼の前で命を絶つ。
 その手順を踏むと、レオンの為にお嬢様に戻って貰いたいと言う気持ちはぐっと真実味を増します。
 ……だからです。そこまでして戻らないお嬢様ではない、そんなお嬢様の良心を利用させて頂きました。
 私が選んだ方法はとても愚かだと思います。
 でも私はレオンが大好きだから。何としてでもレオンを助けたかったんです。これでロヴィーサ様がお金を出してくれるなら、私はそれで良いのです。
 成長したレオンはきっと私を恨むでしょうね。立ち止まって考えてみたら、もしかしたらもっと良い方法もあっただろ、って。

 お嬢様、いつかレオンに母親の事を聞かれたらこう答えて下さい。貴方の母親はとても愚かだったけど、貴方の事をとても愛していたのだ、と。
 優しくしてくれたのに迷惑をかけて申し訳ありません。どうか私の宝物を宜しくお願い致します。
 ノアイデ様、もし可能でしたら私が死んだら燃やして骨にしてください。そして、レオンの側に置いて下さい。
 最後にこんな事を言うのも変ですが……、お嬢様には何としてでも戻って欲しくはありますが、私は大好きなお嬢様と大好きなお嬢様に協力したノアイデ様を恨んではおりません。お嬢様は私のような愚かな事はせず、けれど夢を叶えて下さい。
 今まで本当に有り難うございました。
 レオンの事、どうか、どうか宜しくお願い致します。

 リーナ・シュルルフより』

 便箋1枚の手紙を読み終え、ウィルは最初の数秒、何かを考える事が出来なかった。
 少しして浮かんだ感情は、後悔。

「……っ」

 嘘をつくという決断を、もう少し慎重に下すべきだった。何もあの場で決めるべきでは無かった。
 命を見捨てる覚悟はしていたつもりだったが、こんな事になるとは少しも思っていなかった。
 ――立ち止まって考えてみたら、もしかしたらもっと良い方法もあったでしょう。
 手紙でリーナが記していた一文が頭から離れない。

「う、リーナ……っ」

 隣でアストリッドが顔を覆うのが分かった。

「ねえ貴方……レオンの熱が下がった、って言わなかった……?」

 一拍後聞こえて来たのは、何時もより低いアストリッドの声。

「……」

 覚悟を決め、濡れていて焦点の合っていない青い目に視線を向ける。

「知ってたの? 知ってて黙っていたの? こんなに、大切な事を?」

 呆然としていた瞳に、やがて確かな光が宿る。受け入れたくない現実に気付いてしまった光が。
 この6年間積み上げてきた物が、音を立てて壊れていくような気がした。

「嘘つき! 信じてたのにっ! 何で言ってくれなかったのよ!」
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