見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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五七

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 ヴァンパイアが笑みを浮かべる。

「ふふふ。少し面食らったが所詮はこの程度だ。まあ、お前よりは少し手強かったかな?」

 そう言ってヴァンパイアは俺を見た。

 恐ろしい。
やはり人間には敵わないと思わせる迫力がヴァンパイアにはある。

 だが。

 俺は震える自分の足を力一杯殴った。

「動け!この役立たずが!ビビってんじゃねえ!」

 恐ろしくて堪らない。
それはもう間違いなく俺の人生の中で一番に恐ろしい状況だった。

 未だに足は震えているし、それを殴る俺の手もまた震えていた。
恥ずかしくて言いたくはないが、今にも失禁しそうだった。

 しかしもう後悔はしたくなかった。
あんな思いをしていなければ、今俺は全力で逃げ出している。
いや、命乞いだってしているだろう。

「冗談じゃない……」

 俺は小声で呟いた。
それは自分自身に対しての言葉だ。

「あんな惨めな思いはもうたくさんだ。何もせずに後悔してたまるか……!」

 自分でも信じられなかったが、俺はそう呟いてやっと立ち上がった。

 足がプルプルと震えている。
生まれたての子馬のようだ。
それでも俺は立ち上がることをやめなかった。

 何人救えるか判らない。
一人も救えないかもしれない。
だが何もせずに後悔だけできるか。

 自己満足で結構。
俺は聖人君子ではないのだ。

「俺は……冒険者だ」

 震える指に力を込めて、剣を強く握りしめる。

「人間らしい……実に人間らしい。恐怖に飲み込まれそうなくせに必死に抵抗する。母親にはたまに居るタイプだが……」

 ヴァンパイアはそう言って不敵に笑みを浮かべた。

「そういうヤツの血が一番旨い……」

 ヒャヒャヒャヒャヒャと今までとは違う笑い方でヴァンパイアが笑った。
高笑いだ。
こっちが本性って訳だ。

 胸糞悪い。

「なるほどねえ。怯える奴をいたぶると飯が旨くなるタイプか。まあ、たまに居るなそういうヤツ」

 突然オオムカデンダルの声がした。

 バキッホキッ!

 キャンッ、キャインッ!

 骨が砕ける音と狼の鳴き声が同時に聞こえた。
この化物狼があんな悲鳴をあげるなんて想像もつかないが、もっと想像もつかない光景を俺は目の当たりにした。

 狼の口があり得ない角度で開かれた。
そして狼の口が裂ける。

 オオムカデンダルが容易く両腕で引き裂いたのだ。
いや『引きちぎった』がより正確かもしれない。

 これにはヴァンパイアも驚きを隠せなかった。
それは表情を見れば誰にでも判っただろう。
ヴァンパイアがあんな顔で驚くなんて、今後もう二度と見られないだろう。

「あー、くせぇ。ヨダレでベッチョベチョだぜ」

 オオムカデンダルはそう言って、手にしていた狼の下顎を投げ捨てた。
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