見知らぬ世界で秘密結社

四八三

 正気か。
いや、とても正気とは思えなかった。
ここまで徹底して民衆の存在を無視できるとは。
文字通り、民草は草でしかないのか。

「ふふ。また生えてくるさ」

 バーデンが笑う。
何故こんな男が将軍なのか。
強ければ何でも良いと言うのか。
俺は帝国と言う物に疑問を覚えた。

 ドグワアアアラガラガラ……！

 突然、大きな音を発てて家屋が砕け散った。
岩だ。
巨大な岩が建物を粉砕している。

「何事だ！」

 銀猫が辺りを見回した。
見れば、遠くから何かが飛来してくる。
これか。

 ドグワアアアラガラガラ……！

 飛来した岩が再び民家を破壊した。

「投石機……！」

 兵士たちの後方に大きな投石機の影が見える。
ご丁寧に岩ごと運んできたらしい。
三台の投石機が、順番に岩を発射する。

 ドグワアアアラガラガラ……！

「もう、やめてくれええ！」

 民衆が泣き崩れた。
これではどちらが侵略者か判らない。

「……てめえ、いい加減にしろよ！」

 俺は頭にきていた。
やり方に文句を言うつもりはない。
モンスターのやり方ならば、もっとえげつない物もあるだろう。
だが、貴様は帝国の将軍ではないか。
臣民を護る将軍が、民草を苦しめると言うのはどうしても許せなかった。

 こいつは、将軍などではない！

 俺はサフィリナックスカタラクトの体勢に入った。
俺の中では最大の破壊力を持つ技だ。
もう、ひとときもコイツを生かしておきたくなかった。

「ふふふ。それはさせん」

 バーデンは俺を見て何かを悟ったかのように、そう言った。

「フィアー」

 バーデンが言った。
と同時に、バーデンの両目が怪しく光を放つ。
全身から黒い煙のようなものが現れ、それが四方へと広がった。

「わあああああ！」

 突然兵士たちが頭を抱えてしゃがみこむ。
兵士だけでは無かった。
住民たちも全てが急に何かに怯えだした。

「な、なんだ？何が起こった？」

 カルタスが驚いて後ずさる。
いや、これはカルタスが正しい。
離れた方がいい。

 まだ煙に巻かれていない兵士たちは、これを見て慌ててバーデンから離れていく。

「ああ！」

 オレコがその場に崩れ落ちる。
しまった。

「カルタス！オレコを連れて離れろ！」

「無理だ！もう煙に巻かれてる。入っていけねえ！」

 カルタスが煙から距離を取りつつ叫んだ。

「ぐ！うああ！」

 だが、カルタスもすぐに足下を煙に浸かってしまった。

「何なんだ、この黒い煙のような物は……」

「恐怖だ」

 俺の戸惑いに、トラゴスが答えた。
いや、この声は。

「これは恐怖だ。人間の恐怖を駆り立てて、無力化する」

 トラゴスが低い声で言う。
低いなんて物じゃない。
これは男の声だ。

「バフォメット……か」