見知らぬ世界で秘密結社

小松菜

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五六八

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「良いから。見てろって」

 銀猫が言う。
余裕のある表情だ。
俺は腑に落ちないながらも、少し様子を見た。

「……困りましたね。揉め事はお断りなんですが」

 店主はそう言うと頭を掻いた。

「判りゃ良いんだよ。何も金を寄越せと言っている訳じゃねえんだ」

 酔客はそう言って薄ら笑いを浮かべた。
ち、つまらない理屈をこねやがって。
ただ食いは恐喝と同じ事だ。

「いえね。お支払頂けないとおっしゃるなら、それ相応の対価を頂きませんと」

 店主が笑顔で胸を張った。

「なに?」

「お金が無いなら、お持ち物か労働で支払って頂きましょうかね」

 ほう。
俺は店主の行動に驚かされた。
言っている事は至極真っ当なものだ。

「アンタ、俺らに働けと言うつもりか?」

「いえ、お持ち物でも構いませんよ。どちらかお選び下さい」

「……てめえ、下手に出てりゃ良い気になりやがって。冒険者舐めんじゃねえぞ!」

 男が店主に凄んだ。
だが店主は一歩も退かない。

「あなた方こそ、商売人を舐めないで頂きたい」

 店主がそう言った瞬間、街中からゾロゾロと人が集まって来た。
なんだ。
何事だ。
人々は店主と酔客たちをぐるりと取り囲んだ。

「な、なんだてめえら」

 酔客たちが、たじろぐ。

「見ない顔だがよそ者か」

 人々の中からオヤジが一人前に出た。
あれは……宿屋のオヤジだ。
以前、宿を破壊した時に迷惑をかけた、あのオヤジだった。

「あん?だったら何だってんだ」

「この街がネオジョルトの管轄と知っての事なんだろうな?」

 オヤジの言葉に男たちは顔を見合わせた。

「ネオジョルト?あの盗賊団の事か?ヴァンパイア倒したとか、ワイバーン倒したとかホラ話ばかり広がってる」

 男たちは馬鹿にしたような口調でそう言うと、互いに顔を見て笑った。

「そうか……知らないか。なら勉強代だと思って大人しく代金は払って行け。今回はそれで勘弁してやる」

「なにをぅ?このクソオヤジが偉そうに!」

 男たちの一人が剣に手を掛けた。
さすがにヤバイぞ。
だが、銀猫は首を横に振った。
マジか……

「……剣に手を掛けたな。冒険者が街中で民間人に剣を抜くのか。だったら容赦は要らねえな?」

 宿屋のオヤジはそう言うと、おもむろに右手をあげた。

「客商売は舐められたらおしまいだ。この街は他の街とは違うと言う事を、覚えて帰ってもらおうか」

 オヤジが右手を振ると、全員が冒険者たちに襲い掛かる。
どうなってるんだ。
いくら数が居るからと言っても、プロの冒険者に素人が叶う筈が無い。
しかし。

「うおあっ!」

 聞こえてきたのは冒険者たちの悲鳴だった。
良く見れば素人とは思えないほど連携が取れている。
一人一人はただのオヤジやオバちゃんたちだが、連携だけを見ればまるで帝国の歩兵のようだった。

「マジか……」

 俺は呆気にとられてもう一度呟いた。
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