ドグラマ ―超科学犯罪組織 ヤゴスの三怪人―

小松菜

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本編

負けたままで良い奴は

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「いやもう大丈夫だから、ほら、ほら」
「大丈夫じゃない。全治六週間だと言った筈だ」

廊下でチャコと医者が揉めていた。
チャコは屈伸運動をしてみせる。

「ね?」
「ね?  じゃない。ええか、全身大火傷じゃ。落雷にあって命があるだけでも奇跡なんじゃ。筋肉や神経にも相当なダメージがある。内蔵もだ。退院どころか起き上がる事もワシは反対じゃ、無茶は止めておけ」

医者は必死にチャコを説得している。退院すると言って聞かないのだ。
まるで駄々をこねる孫と祖父の様である。

「先生の言う事は正しいよ、解ってるよ。でもさ本当にもう大丈夫だよ。俺もう行かないと。辞表も出さなきゃならないし、何より時間が惜しいんだよ、頼むよ」

チャコが医者の肩を掴まえて哀願する。

「しかし……」
「お願いします、先生。この通り」
「……何をそんなに焦っとる?  どうして辞職までする必要がある?」

医者の質問にチャコは一瞬沈黙した。
どうしてと言われると自分にも上手く説明出来ない。
意地とか、借りを返すとか色々思ったが、結局ただのわがままである。
負けたままではいられない。それだけなのだ。
天才が故に初めて知る敗北。なかなか味わえない貴重な体験だ。

だからこそ乗り越えなければ先には進めない。
乗り越えられてこそ初めて更なる高みに登れるのだ。
チャコはそう考えていた。

「……挫折はさあ、先生。乗り越えて行くもんだって良く言うよね」

チャコの目は真剣だ。

「敗北を知ってこそ、初めて真の強さを知るって言う奴もいる。俺はさ、そういうの良く解らなかったんだよね。実感できないって言うか、ピンと来ないって言うか」

医者は真剣な眼差しで自分の目を見つめてくるチャコの言葉に聞き入っていた。

「嫌味に聞こえるって言われるからあまり言わないんだけど……俺今まで負けた事が無かったからさ。ただの負け惜しみか、負けた奴の言い訳だって思ってたんだよね」

医者が尋ねた。

「それで……負けてみてどう思ったね?」
「……正直良く解らない。解らないけど勝たなきゃ始まらないと思う。今度勝てば引き分けだ、そんでもう一回勝てば俺の勝ちだ。そうでしょう?  勝ちを取り戻す。そうすれば負けは帳消しだ」

しばしの沈黙があった。
どこかでヤモリが鳴いていた。この建物ももうずいぶんと古い。
じっとチャコの目を見ていた医者だったが、ふと笑った。
チャコが初めて見る笑顔だった。

「解らないと言っとったが無意識には解っておるんじゃな。確かに勝ちは取り戻さんとな。負けたままで良い奴はそこまでじゃ」

医者はそう言って片目を瞑った。
チャコの表情が明るくなった。

「じゃあ……」
「おっと、そう簡単にはいかん。だがワシに考えがある。もう少し待ってみい」

今度はチャコの表情が曇った。
くるくる表情が変わるのは見ていて飽きない。
チャコのファンは多い。こういう所が理由なのかも知れない。

「……先生!」
「まあ待て、話を聞け。せめて明日まで待てと言うとる。ワシも一緒に行こう、それならええじゃろ」

チャコの目が丸くなった。

「先生も!?」
「なんじゃ。いかんか。ならお前さんを退院させる話も無しじゃ」
「どうして先生が?  俺、会を辞めるんですよ?  ただの風来坊ですよ?  治療代ももう払えませんよ?」

医者が両手で耳を塞いだ。

「捲し立てるな、やかましい。医者が面倒見ながらなら何とか許可しても良いと言う事じゃ。それにな、ワシもそろそろ辞め時かと思うとったわい」
「辞め時?」
「近頃、若い医者が増えての。ワシのやり方を古臭い等とぬかしよる。だが上も大勢を占める若い衆には甘くてな、ワシはそろそろ閑職送りよ」

医者は自嘲気味に笑った。

「ワシは死ぬまで医者だ。閑職なんぞで大事な時間を腐らせてたまるか。一分一秒でも患者を診るのがワシの本懐じゃ」

そう言ってチャコの尻を軽く叩いた。

「だからワシも行ってやる。負けたままで良い奴はそこまでじゃ。勝ちは取り戻さんとな」

チャコはまた笑顔になった。
そして今度はチャコが医者の尻を軽く叩いた。

「解りました。先生にお任せします」
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