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「採集なんて手慣れたものよ!」

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 町外れの森の中、ロレッタは採集に来ていた。
 森はそれなりに整備されていて、子どもだけで入っても問題ないように大型の獣を避けるための罠も仕掛けられている。
 それでも、ロレッタのように単独で入る人は少ない。

 採集は基本的に子どもの仕事で、10代も半ばの彼女がするようなことではないのだ。
 なぜこんなことをしているかというと、この季節だけは珍しい薬草が取れるからに他ならない。
 それも子どもたちが帰ったあとの遅い時間にだけ咲く花の部分が、特に効能が高いといい値段で売れた。
 ロレッタはその花の加工がいっとう上手く、毎年恒例の収入源にしているのだ。

 品質を下げないように集中して採っているうちに、いつのまにか日はとっぷり暮れてしまった。
 月明かりはほとんど届かず、光源といえば持ち込んだ行燈花が頼りだ。それも遠くを見渡せるほど明るくはない。
 寒くなってきたな、とは思ったけれど、ロレッタは別に悲観なんてしていない。
 だって子どもの頃からずっと遊び場にしていた庭のようなものだから。いくらこんなに遅い時間まで残ってしまったのは初めてだとしても、今更どうこうなるとは思えなかった。

 その油断がいけなかったのだろうか。
 突然葉を揺らす大きな音が聞こえて、その主を示すかのような影が差した。
 驚いたロレッタは躓いて、道の外へと転んでしまった。

「いったぁ……」

 上手く手をつけたから被害は小さく留められたけれど、強かに打ちつけた膝はズボン越しなのにしっかり擦りむいてヒリヒリする。手のひらも擦過傷ができているようでピリピリ痛んだ。
 思わず声をあげてしまったことを恥ずかしがりながら、花は無事だろうかと辺りを見渡そうとして……できなかった。

「うそ、どうして動けないの……!?」

 道の外には麻痺パラライズの罠が張ってある。ロレッタは見事に引っかかってしまったのだ。
 もちろん、子どもが遊び場や仕事場にするような場所だから大した罠ではない。
 その範囲にいる間、動けなくなるだけだ。解除法も簡単で、罠にかかっていない人に引っ張ってもらって範囲外に出ればいい。
 ただ、ひとりきりの場合は誰かを待つしかなかった。

 ロレッタはどうにか抜け出そうと暴れるけれど、身体は動かず、頭を下に向けた四つん這いの姿勢を変えられない。
 口や舌、瞼などの体勢を変えない場所は動くようだけれど、それ以外は筋肉を収縮させるだけでどうしても関節は曲がらない。

 何も進展しないまま、ただ時ばかりが過ぎていく。
 外部から強制的に動かさないようにしているとはいえ、同じ体勢をずっとしていると身体が痛んでくる。それに、下がっていくばかりの気温がロレッタの身体を蝕んでいた。

(どうしよう……トイレ、行きたくなってきた……)

 湧き上がる焦燥を誤魔化すために身を捩ることすら今のロレッタには許されていない。
 少女ができるのは、括約筋を信じて誰かが来るのを待つだけだ。
 朝になれば誰かしら採集のために森にやってくる。そうしたらきっと助けてもらえるはず。

(今何時なんだろう。空が見えなくてわからないや。うぅ……我慢できるかな……)

 微かな希望に縋るしかない終わりの見えない我慢は不安を煽る。
 しかも、その希望の誰かはロレッタより幼い子どもの可能性が高いのだ。罠にハマって一晩越したことすら笑い者必至なのに、そのうえ漏らしてしまったなんてことになれば町中に笑われることは確定だ。
 絶対に耐えなくてはならない。
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