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記憶が戻ったら

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 絶叫である。

 とりあえず絶叫。
 それが前世の記憶が戻って最初にしたこと。

 100回振られても諦めないとか前世の自分はやばい奴だった。いや、今絶叫してる自分もやばい奴な気がしないでもないのだけど、とにかくやばい奴だった。

 相手は侯爵令嬢様で、こちらは騎士見習いだ。身分違いも良いところである。それでもめげずに手紙は毎日昼夜贈ったし、会えれば告白した。とにかく告白した。
 同じ学園に通っていなかったら絶対に会うことのできない相手に、同じ学園に通ったからこそ恋をしたアホな男イアン・クレーバーの末路。

 それは、突然始まった戦争による戦死だった。

 100回目の告白を最後に戦争に参加する彼は、本当に死ぬ気で告白した。
 その結果―。

「生きて帰ってきたら、友達として初めて上げてもよろしくてよ!勘違いしないでよね、あなたの為にいっているんじゃないわ!私が寝ざめが悪いから、貴方は生きて返事を貰いに来なさい!!生きて戻った証拠として、赤いバラを100本私に持ってくるのよ!!」

 相手の令嬢にほぼKOを言われた。
 相手の人、ちょっとツンデレこじらせてたんじゃないかなっとか令嬢相手に今なら言えるけど、当時は友達からでも近づけると喜んだものだ。

なのに浮かれポンチのまま死んだ。

「戻れよ!!生きたまま戻れよ!!アホだろ!!死に際もやっぱり令嬢に愛を呟いて果てたけど、かっこよくないよ!!置いてかれた令嬢可哀そうだろ!!」

とか、一通り叫んだことで落ち着いた。
 今世は自分が平凡顔とはいえ侯爵令嬢ジャネット・パメロだから今メイドさんがドン引きした顔でこちらを見ている。何故こんなに絶叫したのか、一応わけがある。
 何とこのギャグのような話。100年後の現在は劇としても使われるほど有名になってしまった話なのだ。

 悲劇の恋人同士として。

 相手の令嬢様も転生してたらのたうち回るくらいの甘々な悲劇として、世間には残ってしまっている。

 何でもどこぞのロミオとジュリエットのような話になっている。
 侯爵令嬢が最初に騎士見習いに一目ぼれしてハンカチで手当てを行い、騎士見習いはその優しさによって心を打たれるらしい。その後二人は色々あって、くっついたりわかれたりを身分差によって繰り返す。最後にそれぞれの父親に認められるために戦争に行く彼を泣きながら侯爵令嬢が引き留めて、生きて戻れたなら戻った証として白いバラを一輪贈り合おう、と約束した。しかし、彼は侯爵令嬢の親友を庇って戦死した。侯爵令嬢は泣きながら生涯誰とも結婚しなかったそうだ。

 嘘だよ。

 ハンカチを落とした侯爵令嬢を追いかけて一目ぼれしてその場で告白。即座振られたのが真実だよ。その後、ストーカーのごとく毎日毎日毎日毎日毎日しつこく昼夜手紙を贈って、贈り物をして、会えたら告白して、振られ続けたんだよ。戦争に行くことになったのも家が騎士の家だったから絶対行かなきゃいけなかっただけだ。侯爵令嬢の親友云々は知らないけど、やけに馴れ馴れしい男に情が湧いて最期は庇って死んだのが現実だ。やけに侯爵令嬢のことでマウントをとって来たから、あいつがそうだったのかって、死後の今知ったよ。バラの色も赤から白に変わっちゃってるし、100本から1本になってるし、なんだこれ。誰がこんな改変して伝えたんだ。

 改変者の名前を知るべく本棚で原作を探したら、筆者は侯爵令嬢マグダレーナ・カトスになっていた。

 自分を100回振った本人だった。

「何でだよー!散々振ったじゃん!!え、もしかしてロマンチストだったの??ストーカー呼ばわりされた記憶もあるよ!?何かあの方の思考に変化があったの??」

 意味が解らなくて、本を放りだして床をゴロゴロした。メイドから話を聞いた両親が様子を見に来ている。顔が真っ青になったのをみて、やっと正気に戻った。

「あら、うふふ。私ったら…」

 サッと起き上がっていっぱいついた埃を払った。まだ両親の顔は青い。

「は、話がある…着替えたら部屋に来なさい。」

 父がかろうじて言葉を絞る。母は父の背中を撫でていた。やばい、これはダメかもしれない。
 しぶしぶこちらの様子を伺っていたメイドを呼んで着替えを埃がまだついた服を着替える準備をした。

「じ、実はジャネットに婚約の申し込みがいくつかきている。もう知っているとは思うが…嫌なら私としては…」
「あなた!しっかりして、このままジャネットが婚期を逃したらどうするの??」

 父が母に背中を叩かれている。ジャネット…ジャネットが自分が名前だと思い出し顎が外れそうになった。今世を生きていくのにこれはやばいのではないかな。
 さっきまで騎士見習いの記憶にのたうち回っていたせいか、あまり自分が侯爵令嬢ジャネットだという気がしない。一瞬、「マグダレーナの約束を守れないな」とか考えてたよ。マグダレーナも、もう死んでいるのに…。いや、待てよ…?

「お受けします。いえ、いっぱい受けてみせます!!」

 もしかしたら過去にとらわれないように、逃げるチャンスかもしれないとこの時は思った。


 最初でえらいことになりました。

 最初は、まず無理な王子とのお見合い会でその次に、同じ侯爵家や公爵家などとお見合いをしていくはずだったのに…なんとこの国のコーディ王子とのお見合い会にて、自分以外6人の候補者がいたのに全員何かしらの体調不良で辞退してしまった。その結果、王子と2人きりのお見合いになってしまったのだ。

 どう考えても王家がわざとしたか、自分の家が何かしたと思われそうだ。
 そもそもこういう事態は、中止にして別の日にすべき―

 そこまで考えて「俺」は思考がポーンっとどこかに行った。

「お、お嬢…?」

 王子はマグダレーナを女性にしたような男性だった…。一気に前世の記憶が蘇って、今世のジャネットはどこかにいった。
 長い長い沈黙の後、ドレスを重ねるように母が足を踏んでくれて正気に戻った。

「オジョウ?とは何かな?」
「し、失礼いたしました。ジャネット・パメロです。この度は招待を頂きありがとうございました。」
「知っていると思うが、第一王子コーディ・バル・クリスタルだ。今日は来ていただき感謝する。」

 じっと観察してくる王子の目を合わせないようにそっと一礼をして、作法通りにコーディ王子と握手を交わす。心臓がドキドキと緊張とときめきとどちらの意味か激しく動いて、顔に熱が集まる。


 お嬢ことマグダレーナそっくりのコーディ王子の容姿は、癖のある少しカールした金髪に緑の瞳。
 教会にかかれた天使が成長したような容姿をしていた。
 マグダレーナは金髪縦ロールに緑の瞳で色彩が似ているが、それ以上に造形と雰囲気がそっくりだった。

 これはおそらくマグダレーナ嬢の生まれ変わりの可能性がある…。
 女友達になるどころかまた身分差のある関係だわ。

 よし、全力回避しよう!!

 滅茶苦茶頑張って結婚・だめ・絶対を伝えてきました。

 何故か婚約が決まりました。

 王家からの希望だった。なんで!!?

しかも呼び出されてお茶会になった時、彼から

「忘れられない男がいるんだ。すまない、君とは仮初の婚約になる。」

と、はっきり言われました。後ろにいたメイドさんと侍従さんの顔がすごいことになっていた。私でも知らなければそうなるわ。王子は周りが見えなくなるタイプなんだろうか。

「あぁ、はい。どうぞどうぞ。誰でも良いですから、巻き込まないで下さい。」

と、婚約を解消しようと口を開いたところ続いた言葉が
「ただ、君が俺の望むバラを持ってこられたら考えても良いぞ」
だったので、絶対にぜーったいに正解を持っていくわけにはいかない。

 相手はやはり前世の記憶持ちのようだし、ご本人確定したので回避したい。
 今世はのんびりしたいですし、相手ものんびりしてほしいので、全力で回避します。

前世は黒歴史です。
 きっと正体を疑われているに違いないわ。初対面で「お嬢」なんて呼んだのはヤンデレ騎士見習いイアン・クレーバー以外にいないから―。

 相手から婚約解消してもらうまで、不正解を持って行き続けることになりそうです。


 最初はこの国の恋人へ贈る定番の白のバラを。
 その次は黄色、ピンク、紫、黒、ドット、ベージュ、オレンジ、青。
 決して赤を持っていかないけれど、コーディ王子に会う時だけバラを持っていった。

「違う」
「この色ではない。」
「イア…思い人ならこの色を贈らない。」

 バッサバッサ切り捨てられる。
 一応、受け取ってはもらえるので、王子の部屋は虹色の花束ができているそうだ。最近はうっかりイアンと口にしている。

 確定。
 これはマグダレーナ侯爵令嬢確定でーす!!…逃げます。

 周囲からは「正解はきっと白のバラよ!」「悲劇のあの物語にかけているんだわ。」などと勝手なことを言われるけれども、最初に白は持っていっている。あの微妙な顔をした顔は何なんだろう?自分が書いた物語では白のバラを贈る約束だったじゃないか。

 王家の方がこのバラ探しには本気だった。

 何せ期待の第一王子が男色家の可能性がでたのだ。そもそも、今まで私が参加するまでのお見合い会をことごとく断ってきていたらしい。かなり必死だった。何なら家が王城にお茶に来る際に、王家が5種類以上バラを準備して持ってくるくらい必死。王妃様からの「絶対にコーディをおとしてください」という圧力も、もらいました。

 これは逃げられないかもしれない。


 そんなやり取りをして数か月経った頃、唐突に婚約は解消された。

 どうやら両親も男色の王子に嫁がせたら大変なことになると思って動いていたようで、解消というより白紙に近かった。告知もしてなかったので一部の人しか私たちの婚約をしらなかったようだ。彼が「イアン」を口にすればするほどに、周囲は険しい顔をしていた。あんなにも彼は必死だったのに…俺は、私は、応えなかった。
 王子はいずれ地方に長期視察という形でいなくなることも聞かされた。

最後まで「私」は赤いバラを贈らなかった。

 「私」は贈れなかった。毎日毎日コーディ王子にバラを選ぶ時間が好きになってしまったから。
 「違う」と言いながら、段々笑うようになった彼が好きなってしまったから―。
 数か月だったけれど、コーディ王子との関係は良好になっていた。いつも不機嫌な彼も私が来ると笑うようになって、「イアン」の話をしなくなってきていた。

 私たちが過去から解放され始めた頃に、婚約は解消されてしまったのだ。
今までに贈った本数は44本。
最後に贈ったのは青いバラだった。


今日は王子が長期視察に行く日。
 死ぬほど悩んだ。ずっと前世にとらわれてコーディ王子に向き合えていなかったから。でも、今の私は違う。
 
 急いで100本の赤いバラを持って、王城に向かえばコーディ王子が出発するところだった。

「待って下さい!!コーディ様にお話しがあります!!」

 一行が足を止めてくれたので、100本のバラを差し出して息を吸った。

「100回の告白はもうできませんが、私は今世の貴方を好きになりました。遅くなってごめんなさい。お願いです、どうか今世の私を好きになってください。」

 叫んでしまった。淑女としては令嬢としては失格だった。
 それでも王子は抱きしめてくれたから、言って良かった。

「知ってる。告白ならこの数か月でずっと貰ってきた。これで144本目だ!!俺も生まれ変わった君が好きだ。今世こそ結ばれたい!!」


後日
正式に婚約をし直しました。

 あれだけ騒ぎを起こしたので、バツとして長期視察は期間を短くしていくことになってしまった。けれど、私も一緒にいくことになっている。もう別れないなら、それでいいと思う。

「新婚旅行はこれでいいな。」なんて王様は笑っていたけれど、この1年後に結婚して正式な夫婦になったら、改めてちゃんと新婚旅行にいく予定があることを私たちは知っている。

 この先は赤いバラを決まった日に贈り合うことが決まった。

 結婚したら3本のバラを贈りあうことになった。
 気づいたら1001本のバラを贈っていた。

 きっとその先も赤いバラを贈りあうでしょう。





白いバラの花言葉…私はあなたにふさわしい、深い尊敬、純潔
赤いバラ100本の花言葉…100%の愛
バラ144本の花言葉…何度生まれ変わっても君を愛する
バラ1001本の花言葉…永遠に
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