友達はエアコンお化け〈社内デザイナー奮闘記〉

山下真響

文字の大きさ
13 / 61

13・オジサンの奇跡

しおりを挟む
 うわー。この人、本当にまた来ちゃったよ。

 夜道をタクシーで走るとたったの十五分で我が家に到着。私は、車内の心地良い揺れでウトウトし始めた竹村係長をなんとか引きずり下ろし、アパートの二階にある私の部屋まで連れてきたのだった。

「竹村係長、着きましたよ。小百合に会ったら、すぐに帰ってくださいね」

 私は部屋の電気を点けると、ローテーブルの前にあった座椅子に竹村係長を座らせた。目は半分以上閉じている。

「じゃ、エアコンをつけますよ。よく見ていてくださいね!」

 竹村係長が小さく頷いたのを確認すると、私はリモコンを握る手に力を入れた。

『ピッ』

 すぐにエアコンの下から黒いモヤが流れ出てきて、あっという間に人の形が現れた。

「結恵(ゆえ)、お帰り。ついに連れてきてくれたんだね。うん、よく見るとやっぱりいい男じゃないか」

 今日も美人な小百合は、艶(なまめ)かしい所作で足を折ると竹村係長の隣へ侍るようにして座った。

「ねぇ、起きておくれよ、係長さん。いつも、うちの結恵がお世話になってるんだってね」

 小百合が竹村係長の肩に触れる。竹村係長は一瞬身体をピクリと動かしたが、それだけだ。それどころか、半分以上夢の世界へ旅立っているように見受けられた。

「竹村係長! 起きてください! 今、隣に小百合が居るの分かりますか?」

 その直後、ずしりと重いものが身体に覆い被さる。竹村係長が急に抱きついてきたのだ。加齢臭はしないけれど、酒臭くてたまらない。

「ちょっと! 何してるんですか?!」
「あー、結恵だー」
「私が何か?! ほんとに重いし、これは不味いですって!」

 もしかして、このまま酒の勢いでこんなオジサンに犯されるんじゃなかろうか。ふとそんなことが頭を掠めて必死にもがく。そのかいあってか、すぐに私の身体は自由になった。ところが、事態はさらに悪化する。

「嘘?! やめてください!!あー……」

 なんと竹村係長はその場で背広とズボンを脱ぐと、隣の部屋にあった私のベッドへ直行したのだ。いろんなことが未経験な女性の前でなんて破廉恥な! 顔を赤くしてしばらく硬直していると、涼やかな声が飛んできた。

「寝床を陣取るとは、なかなかに大胆だ」
「小百合! そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ! 今夜、私寝る場所無いじゃん!」
「ん? あそこで一緒に寝ればいいじゃないか。あれはきっと結恵を誘っているのさ。あの男、さっきは念力を込めて肩を叩いてやったのに、全く靡かなかったね。つまりは、そういうことなのだろうよ。だからもう、私は諦める」

 寂しそうに俯く小百合。長い髪が耳から落ちて、その陰りは哀愁を漂わせるばかりか大人の色気で溢れている。いや、それより念力って駄目でしょう?!

「え……?! そんなわけないじゃない!」
「結恵もその気だと思っていたんだけどねぇ。わざわざここへ連れてきたぐらいだ。かなり気を許している証拠だろう?」
「ないない! だって、オジサンだよ?」

 小百合はクスクス笑うと、身を翻して元の黒いモヤに戻り、エアコンの下にすっ込んでしまった。残されたのは、脱ぎ捨てられた竹村係長の抜け殻。私はそれを汚いものを触るかのようにして摘み上げると、皺になるといけないと思ってハンガーにかけておいた。






 翌朝、私が目を覚まして微睡んでいたのはローテーブルの真横だ。絨毯の上に座椅子の背もたれを倒してその上に横になり、コートを掛け布団代わりにして寝た昨夜。へくしょんっ!しまった、風邪ひいてしまったか。電気代をケチろうとして、寝る前にエアコンの電源は落としてしまったのだ。
 
 私はパジャマの上に厚手のカーディガンを羽織り、首にマフラーを巻いている。部屋の中なのにここまでの重装備をせねばならないのも、全部アイツのせいだ。私はそっと引き戸をスライドして隣の部屋の様子を覗き見た。

「おぉ、早いな。おはよう」

 なんと、竹村係長は既に起きていた。それならそうと声をかけてくれればいいのものを。昨夜と変わらず私のベッドに潜り込み、我が物顔で何やら本を読んでいる。あ、それは!

「紀川もこういうの読むんだな」

 ニタニタ笑う竹村係長が手にしていたのは、私が枕元に置きっぱなしにしていた読みさしの小説。それも先日映画化されたばかりの純愛ラブストーリーだ。かっと顔が熱くなる。

「勝手に他人の部屋を物色しないでください!!」

 そう言いつつも、以前興味本位で買ってしまったR18小説じゃなかったことにホッとする。あれはベッドの下に隠しているから、そう簡単には見つかるまい。もし竹村係長に見つかったならば、退職願を書いてしまうかもしれない。

「それにしても、寒いな」

 竹村係長は、ちゃんと私の羽毛布団で寝ていたはずなのにクシャミをする。私は渋々エアコンをつけた。それは私にとって何気ない動作であり、まさかこれが奇跡の始まりになるとはいざ知らず。いつも通り小百合が現れて、私にだけその存在を見ることができると思い込んでいた。

「え?! 何だよ、その美人な姉ちゃんは!」
「竹村係長、どうしたんですか?」
「どうしたって……あ! 透けてる! おい、お前、このアパート何か憑いてるぞ!」

 私は首を傾げた。

「だから言ったじゃないですか。うちのエアコンには小百合っていう美女お化けが棲んでるんですって」
「おや、係長さん。もしかして私のことが見えるのかい?」

 小百合は長い黒髪を背中側へとかきあげて、さっと竹村係長のいるベッド近くへ歩み寄った。

「で……出たー!!!」
「あれ、もしかして竹村係長、本当に小百合が見えるようになったんですか?」

 もしかして、竹村係長はこういうホラーでファンタジックな現象が苦手なのだろうか。そういう私も、初回は近所迷惑なレベルの叫び声を上げてしまい、竹村係長を呼び寄せることになってしまったんだっけ。
 竹村係長は、壊れた人形のようにコクコク頷いている。

「あら、そうかい。それは嬉しいねぇ。係長さんよ、うちの結恵はどうだい? マッチ棒みたいに細っこい身体だったから、最近はたくさん食わせて太らせているんだよ。これだけ色艶も良くなりゃ、子どもだって授かれるはずだよ?」
「小百合、何言ってんの?! あーもう、竹村係長は小百合のことなんか気にしないでください!」
「いや、待て。小百合……さん? ちょっと話が」

 急に冷静で真面目な顔つきになった竹村係長。ここが私の部屋の私のベッドの上じゃなかったら様になったのに。こんな女の子らしさ満載の場所でシリアスな雰囲気醸し出しても、笑いがこみ上げてくるだけだ。

 小百合は妖艶に微笑むと、楚々と竹村係長に近づいて耳を寄せていた。瞳だけはこちらを捉えて離さないあたり、私のことを話しているのは間違いないだろう。でも、二人の声は小さすぎて聞こえない。あー、気になる!

 密談は二、三分で終了した。

「小百合も、竹村係長と会えてもう満足でしょ? 竹村係長もこれ以上居座らないでください! さっさと出てけ!」
「え、いいの?」

 竹村係長が布団から這い出ようとした時、肝心なことを思い出した。この人、ズボン履いてない! 私はハンガーごと背広とズボンを投げつけてやった。

「竹村係長なんて、大っ嫌い!」

 私にこんなことを言われたにも関わらず、竹村係長は嬉しそうに笑っている。何故だ。オジサンの生態は未知なる現象が多すぎて、とても理解が追いつかない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝
キャラ文芸
【簡単あらすじ】周りから忌み嫌われる下女が、不遇な王子に力を与え、彼を王にする。 ★シリアス8:コミカル2 【詳細あらすじ】  50人もの侍女をクビにしてきた第三王子、雪晴。  次の侍女に任じられたのは、異能を隠して王城で働く洗濯女、水奈だった。  鱗があるために疎まれている水奈だが、盲目の雪晴のそばでは安心して過ごせるように。  みじめな生活を送る雪晴も、献身的な水奈に好意を抱く。  惹かれ合う日々の中、実は〈銀龍の愛し子〉である水奈が、雪晴の力を覚醒させていく。「王家の恥」と見下される雪晴を、王座へと導いていく。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...