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48友達になっちゃった
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この世界って、日本みたいなカレンダーを見かけない。一応スケジュール管理する習慣はあるようだけれど、手帳も日付を羅列しているだけで、表にはなっていないのよね。だから、青薔薇祭まで後一ヶ月を切っているなんて、全然気づいていなかったのだ。
まずは、祭りまでにしなくちゃいけないことを整理してみよう。
まずは、ミントさんの所へ通って淑女のマナーレッスンでしょ? ドレスの採寸とかもある。
それから槍の持ち方の練習でしょ? それから槍を突きまくる練習。後は、先輩方がやってる模擬戦闘の観察。私って、動体視力と素早さが抜群だけれど、戦闘の経験が圧倒的に少ないので、どうやって動けばいいのか全然分からないので勉強したいのだ。そういえばタラゴンさんからも手紙が届いていたな。足の怪我が治ったので再戦したいらしいけれど、正直言って面倒臭い。
あれ、もしかして、けっこう忙しい? 私、日本にいた頃はもっと平和な高校生生活を送っていたんだけどな。バイトもしてたし、一人暮らしだから家事もしてたけど、これはそんなレベルじゃないよね。
さて、今日の朝練は久しぶりに一人だ。クレソンさんは何か用事があるとかで、珍しく私よりも早く起き出してどこかへ出掛けてしまった。最近クレソンさんは、私の知らない人と会ったりしているようだ。きっとプロジェクションマッピングの夜の誓いを果たすために動いているのだと思うけれど、どんなことをしているのかな。ちょっと顔つきが切羽詰まった感じに見えて心配なので、無理はしないでほしい。
って、私も他人のことを言えないのだけれど。私も少し無理をしてでも、槍を練習しなくては。オレガノ隊長の槍を受け継いだ私は、彼の顔に泥を塗るわけにはいかない。祭りでの勝負では、例え勝てなくても健闘はしたい。
練習場に着いた。朝方の光が、舞っている細かな埃をキラキラと輝かせていて、とても静か。まだ誰も来ていなくて、空気は眠っているかのように穏やかだ。
私は、槍を片手くるりと回してみた。中学の頃、体育祭の応援合戦でバトンを回したことがある。あれと同じ要領だ。オレガノ隊長みたいに風を切るような鋭さはないけれど、ブンッと鈍い音を立てて私の覇気を奮い立たせる。
よし、今日もがんばろう。
私はついに、突きの型の練習をスタートさせていた。本当はまだ槍に向いた体ができていないので無謀なのだけれど、あまりにも時間がないので仕方ない。
オレガノ隊長になったつもりで、静かに槍を構えてみた。自然と心が凪いで、私の大切なものが見えてくる。オレガノ隊長が言っていた。
「槍は、ただ振り回しているうちは上手くならねぇ。ちゃんと、何のためにソレを振るうのか、一度よく考えてみな。その答えが、きっとお前を強くする」
私が大切なもの。やっぱり一番に思い浮かぶのはクレソンさんだ。次にマリ姫様。そして第八騎士団第六部隊。最後に、私が生きるこの世界を守りたい。
私は、まだまだ非力だ。門衛って守るのが仕事なのに、守られてばかり。でもそんなの嫌だ。これからは守る側になりたい。そのためには、強くなる!
槍を構える。目の前の空間に黒い人影を思い浮かべた。躊躇いなく、突く。まっすぐ。鋭く。私の信念のようにブレない突きを目指して。何度も何度も。
はっとした時、外はすっかり明るくなっていた。見渡すと先輩方の姿もちらほらと。皆、祭りに向けて腕を磨くのに余念が無いのだ。
そこへ、凛としたオーラを纏った人物が現れた。私の派遣に付き合ってくれた時とは違い、シンプルな長剣を佩いている。髪型はいつも通りのポニーテールだ。
「アンゼリカさん!……じゃなかった。アンゼリカ副団長」
「おはよう。私の呼び方はいつも通りで構わないわよ」
アンゼリカさんは、私の槍を見てニヤリとした。
「せっかく良い槍を持ってるのに、全然使いこなせてないわね」
「はい。でも青薔薇祭までには、もう少しマシになる予定です」
「そうね。何も心配はいらないわ。あなたの祭りまでの準備は一切合切私が受け持つことになったから」
「え?」
アンゼリカさんは、私を練習場の端に引っ張っていった。そして声を潜めてこう告げる。
「冒険者ギルドの彼女から、依頼をうけたの。全て私に任せてちょうだい」
なんと、アンゼリカさんとミントさんは、いつの間にか繋がっていたらしい。どうやらミントさんが、はじまりの村や西部の街での件でアンゼリカさんに詫び状を送ったらしく、その流れで交流が生まれたとか。
「エース、いい味方を見つけたわね」
「ミントさんと知り合ったのは、たまたまでした」
「運の強さも大切よ」
「そんなものですか」
アンゼリカさんは重々しく頷く。
「彼女ならば、あなたを夜会に連れて行くのにぴったりだわ。腕っぷしも強いから、万が一の心配も少ないし。元々彼女には様々な人脈があるから、あなたの素性や経歴も疑われることなく会場に滑り込めるはず」
「でも、行かなくていいならば、できれば遠慮したいというか……」
「駄目よ!」
アンゼリカさんから、ミントさんに似た独特の威圧がかかる。美人って、皆こんなものなの?!
「私達の楽しみを奪わないでちょうだい。ドレスもマナーも教えるのは私。ミントさんは騎士じゃないから、あなたと頻繁に接触するのは難しいでしょう? でも私ならば、クレソン繋がりで槍の稽古も付き合えるし、うちの屋敷に招いて女としての準備を進めるのにも好都合よ」
「……はい」
つまり、初めから拒否権なんて無いんですね。と私は一瞬不貞腐れたけれど、次のアンゼリカさんの反応にノックアウトされてしまう。
「それに私達、もう友達でしょう? 私はあなたと一緒に街歩きしてみたいわ」
いつもクールなのに、急にデレるとかやめてください。同性なのに、惚れそうだ。
と、うつつを抜かしている場合じゃない。ちょっと離れたところで、また噂されているようだ。
「あいつ、ミントさんと付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「くそっ、アンゼリカ様にまで手を出すとは!」
「そういや、姫様とも良い仲だって噂だぜ?」
「おい、本命は誰なのか、お前聞いてこい」
「そんな惨めな役は嫌ですよ。先輩が行ってきてください」
「確かに。俺が行って頼めば、おこぼれに預かれるかもしれないしな」
「なんでそんなに低姿勢なんですか。エースの方が新人なんですよ?」
「てか、どれも大物すぎない?」
「だよな。俺らには無理だわ」
周りの目が痛い。そんな私、男装門衛、十七歳の秋。
◇
というわけで、アンゼリカさんとの特訓が始まりました! 毎朝稽古をつけてくれる上、今日はなんとご実家のお屋敷にお呼ばれです。私は一応男性ということになっているから、乙女なアンゼリカさんの外聞が悪くなるのではないかと心配なところ。でも、馬車で行き来すれば人に見られることはないということで、お貴族様的に解決されてしまいましたとさ。お屋敷の方々は、先日夜中にクレソンさんが乗り込んできて、私の護衛を依頼した事件があったことから、私が女であることは既にご存知。だから、女の子としてふるまって構わないと言われているので、ちょっぴり気楽になれたのだった。
「エース、いらっしゃい」
門から敷地に入って馬車に揺られること三分。ようやくお屋敷の入口に到着すると、精緻な細工がなされた豪華な扉から飛び出してきたのはシンプルなグリーンのドレスを着た女性。え、もしかして。
「アンゼリカさん?」
「何か失礼なこと考えてたでしょう?」
「滅相もございません」
アンゼリカさんはトレードマークのポニーテールを封印して、ハーフアップにし、毛先を軽くクルクル巻いている。いつもよりも乙女な雰囲気のお化粧に、可愛らしいドレス。もしかして、私のためにこんな格好してくれたのかな? もう惚れちまうぜ! はい、これ二回目。
「アンゼリカさん、素敵です。よくお似合いですね!」
「何、他人事みたいなこと言ってるの。あなたも今から着替えるのよ!」
「えー?!」
あれよあれよという間に、屋敷の奥へ引きずり込まれた私。メイドのお姉様方に嬉々として騎士服をひん剥かれ、その後はお風呂場にぶち込まれる。ありとあらゆる所を磨き上げられて、さらには香油を塗りたくるという全身マッサージコースだ。一瞬、セレブ体験できてラッキーと思っていたけれど、私、お嬢様という職業を侮っていた。これは、羞恥と体力の勝負なのね! アンゼリカさんみたいに冷ややかにほほ笑んでやりすごせる域には、一生かかっても到達できそうにない。
そんな予想外のこととあったけれど、私もすっかり女の子の格好にチェンジしましたよ!
ブラウンのウィッグをかぶって、桃色のドレスを着ている。スカート丈が、前の方だけ少し短くなっていて、足首までのブーツと白い靴下が見えるようになっているのだ。腰にはブラウンのコルセットみたいなのをつけていて、なんと胸元には深い谷間がしっかりある! 今日だけは背中と脇の肉もおっぱいだよ。
「エースもやっぱり女の子だったのね。本当に可愛らしいわ」
アンゼリカさんも大喜びだ。彼女には大変お世話になっているので、形は何であれ少しでも報いることができれば私も嬉しい。
「じゃ、庶民の街へ行きましょうか!」
私とアンゼリカさんは、屋敷にあった最も地味な馬車に乗り込んだ。お忍び用なので、家紋なども入っていないものだ。
その日は、朝から晩までアンゼリカさんと一緒だった。町娘に扮して街に溶け込んでお買い物してみたり、屋台でクレープみたいなものを見つけて食べたり。悩み相談したり、カフェでは美味しいお茶も飲んだ。夜は、いかにもお嬢様という感じのウェディングドレスみたいなドレスを着てマナーレッスンを受けたり。オレガノ隊長には、アンゼリカさんに剣対槍の稽古をつけてもらうと言って出てきてしまったので、ちょっぴり後ろめたい気持ちもあるものの、とってもとっても楽しかった。
私、日本にいた時も一人暮らしを始めてからは、こんなにのびのびと遊びに行く機会なんてなかったのだ。だからアンゼリカさんがいてくれて、本当に良かったなと思う。
それだけに、かつて、こんなに素敵なアンゼリカさんがいたポジション、クレソンさんの隣にいる私は、いろいろと責任重大だなぁとも感じるのである。
最近、クレソンさんとはすれ違いが多くなっている。まだ付き合ってもいないのに倦怠期みたいとか、悲しすぎるよ。
今夜こそ、捕まえておしゃべりしてみよう!
そう心に決めた、お城への帰り道。
まずは、祭りまでにしなくちゃいけないことを整理してみよう。
まずは、ミントさんの所へ通って淑女のマナーレッスンでしょ? ドレスの採寸とかもある。
それから槍の持ち方の練習でしょ? それから槍を突きまくる練習。後は、先輩方がやってる模擬戦闘の観察。私って、動体視力と素早さが抜群だけれど、戦闘の経験が圧倒的に少ないので、どうやって動けばいいのか全然分からないので勉強したいのだ。そういえばタラゴンさんからも手紙が届いていたな。足の怪我が治ったので再戦したいらしいけれど、正直言って面倒臭い。
あれ、もしかして、けっこう忙しい? 私、日本にいた頃はもっと平和な高校生生活を送っていたんだけどな。バイトもしてたし、一人暮らしだから家事もしてたけど、これはそんなレベルじゃないよね。
さて、今日の朝練は久しぶりに一人だ。クレソンさんは何か用事があるとかで、珍しく私よりも早く起き出してどこかへ出掛けてしまった。最近クレソンさんは、私の知らない人と会ったりしているようだ。きっとプロジェクションマッピングの夜の誓いを果たすために動いているのだと思うけれど、どんなことをしているのかな。ちょっと顔つきが切羽詰まった感じに見えて心配なので、無理はしないでほしい。
って、私も他人のことを言えないのだけれど。私も少し無理をしてでも、槍を練習しなくては。オレガノ隊長の槍を受け継いだ私は、彼の顔に泥を塗るわけにはいかない。祭りでの勝負では、例え勝てなくても健闘はしたい。
練習場に着いた。朝方の光が、舞っている細かな埃をキラキラと輝かせていて、とても静か。まだ誰も来ていなくて、空気は眠っているかのように穏やかだ。
私は、槍を片手くるりと回してみた。中学の頃、体育祭の応援合戦でバトンを回したことがある。あれと同じ要領だ。オレガノ隊長みたいに風を切るような鋭さはないけれど、ブンッと鈍い音を立てて私の覇気を奮い立たせる。
よし、今日もがんばろう。
私はついに、突きの型の練習をスタートさせていた。本当はまだ槍に向いた体ができていないので無謀なのだけれど、あまりにも時間がないので仕方ない。
オレガノ隊長になったつもりで、静かに槍を構えてみた。自然と心が凪いで、私の大切なものが見えてくる。オレガノ隊長が言っていた。
「槍は、ただ振り回しているうちは上手くならねぇ。ちゃんと、何のためにソレを振るうのか、一度よく考えてみな。その答えが、きっとお前を強くする」
私が大切なもの。やっぱり一番に思い浮かぶのはクレソンさんだ。次にマリ姫様。そして第八騎士団第六部隊。最後に、私が生きるこの世界を守りたい。
私は、まだまだ非力だ。門衛って守るのが仕事なのに、守られてばかり。でもそんなの嫌だ。これからは守る側になりたい。そのためには、強くなる!
槍を構える。目の前の空間に黒い人影を思い浮かべた。躊躇いなく、突く。まっすぐ。鋭く。私の信念のようにブレない突きを目指して。何度も何度も。
はっとした時、外はすっかり明るくなっていた。見渡すと先輩方の姿もちらほらと。皆、祭りに向けて腕を磨くのに余念が無いのだ。
そこへ、凛としたオーラを纏った人物が現れた。私の派遣に付き合ってくれた時とは違い、シンプルな長剣を佩いている。髪型はいつも通りのポニーテールだ。
「アンゼリカさん!……じゃなかった。アンゼリカ副団長」
「おはよう。私の呼び方はいつも通りで構わないわよ」
アンゼリカさんは、私の槍を見てニヤリとした。
「せっかく良い槍を持ってるのに、全然使いこなせてないわね」
「はい。でも青薔薇祭までには、もう少しマシになる予定です」
「そうね。何も心配はいらないわ。あなたの祭りまでの準備は一切合切私が受け持つことになったから」
「え?」
アンゼリカさんは、私を練習場の端に引っ張っていった。そして声を潜めてこう告げる。
「冒険者ギルドの彼女から、依頼をうけたの。全て私に任せてちょうだい」
なんと、アンゼリカさんとミントさんは、いつの間にか繋がっていたらしい。どうやらミントさんが、はじまりの村や西部の街での件でアンゼリカさんに詫び状を送ったらしく、その流れで交流が生まれたとか。
「エース、いい味方を見つけたわね」
「ミントさんと知り合ったのは、たまたまでした」
「運の強さも大切よ」
「そんなものですか」
アンゼリカさんは重々しく頷く。
「彼女ならば、あなたを夜会に連れて行くのにぴったりだわ。腕っぷしも強いから、万が一の心配も少ないし。元々彼女には様々な人脈があるから、あなたの素性や経歴も疑われることなく会場に滑り込めるはず」
「でも、行かなくていいならば、できれば遠慮したいというか……」
「駄目よ!」
アンゼリカさんから、ミントさんに似た独特の威圧がかかる。美人って、皆こんなものなの?!
「私達の楽しみを奪わないでちょうだい。ドレスもマナーも教えるのは私。ミントさんは騎士じゃないから、あなたと頻繁に接触するのは難しいでしょう? でも私ならば、クレソン繋がりで槍の稽古も付き合えるし、うちの屋敷に招いて女としての準備を進めるのにも好都合よ」
「……はい」
つまり、初めから拒否権なんて無いんですね。と私は一瞬不貞腐れたけれど、次のアンゼリカさんの反応にノックアウトされてしまう。
「それに私達、もう友達でしょう? 私はあなたと一緒に街歩きしてみたいわ」
いつもクールなのに、急にデレるとかやめてください。同性なのに、惚れそうだ。
と、うつつを抜かしている場合じゃない。ちょっと離れたところで、また噂されているようだ。
「あいつ、ミントさんと付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「くそっ、アンゼリカ様にまで手を出すとは!」
「そういや、姫様とも良い仲だって噂だぜ?」
「おい、本命は誰なのか、お前聞いてこい」
「そんな惨めな役は嫌ですよ。先輩が行ってきてください」
「確かに。俺が行って頼めば、おこぼれに預かれるかもしれないしな」
「なんでそんなに低姿勢なんですか。エースの方が新人なんですよ?」
「てか、どれも大物すぎない?」
「だよな。俺らには無理だわ」
周りの目が痛い。そんな私、男装門衛、十七歳の秋。
◇
というわけで、アンゼリカさんとの特訓が始まりました! 毎朝稽古をつけてくれる上、今日はなんとご実家のお屋敷にお呼ばれです。私は一応男性ということになっているから、乙女なアンゼリカさんの外聞が悪くなるのではないかと心配なところ。でも、馬車で行き来すれば人に見られることはないということで、お貴族様的に解決されてしまいましたとさ。お屋敷の方々は、先日夜中にクレソンさんが乗り込んできて、私の護衛を依頼した事件があったことから、私が女であることは既にご存知。だから、女の子としてふるまって構わないと言われているので、ちょっぴり気楽になれたのだった。
「エース、いらっしゃい」
門から敷地に入って馬車に揺られること三分。ようやくお屋敷の入口に到着すると、精緻な細工がなされた豪華な扉から飛び出してきたのはシンプルなグリーンのドレスを着た女性。え、もしかして。
「アンゼリカさん?」
「何か失礼なこと考えてたでしょう?」
「滅相もございません」
アンゼリカさんはトレードマークのポニーテールを封印して、ハーフアップにし、毛先を軽くクルクル巻いている。いつもよりも乙女な雰囲気のお化粧に、可愛らしいドレス。もしかして、私のためにこんな格好してくれたのかな? もう惚れちまうぜ! はい、これ二回目。
「アンゼリカさん、素敵です。よくお似合いですね!」
「何、他人事みたいなこと言ってるの。あなたも今から着替えるのよ!」
「えー?!」
あれよあれよという間に、屋敷の奥へ引きずり込まれた私。メイドのお姉様方に嬉々として騎士服をひん剥かれ、その後はお風呂場にぶち込まれる。ありとあらゆる所を磨き上げられて、さらには香油を塗りたくるという全身マッサージコースだ。一瞬、セレブ体験できてラッキーと思っていたけれど、私、お嬢様という職業を侮っていた。これは、羞恥と体力の勝負なのね! アンゼリカさんみたいに冷ややかにほほ笑んでやりすごせる域には、一生かかっても到達できそうにない。
そんな予想外のこととあったけれど、私もすっかり女の子の格好にチェンジしましたよ!
ブラウンのウィッグをかぶって、桃色のドレスを着ている。スカート丈が、前の方だけ少し短くなっていて、足首までのブーツと白い靴下が見えるようになっているのだ。腰にはブラウンのコルセットみたいなのをつけていて、なんと胸元には深い谷間がしっかりある! 今日だけは背中と脇の肉もおっぱいだよ。
「エースもやっぱり女の子だったのね。本当に可愛らしいわ」
アンゼリカさんも大喜びだ。彼女には大変お世話になっているので、形は何であれ少しでも報いることができれば私も嬉しい。
「じゃ、庶民の街へ行きましょうか!」
私とアンゼリカさんは、屋敷にあった最も地味な馬車に乗り込んだ。お忍び用なので、家紋なども入っていないものだ。
その日は、朝から晩までアンゼリカさんと一緒だった。町娘に扮して街に溶け込んでお買い物してみたり、屋台でクレープみたいなものを見つけて食べたり。悩み相談したり、カフェでは美味しいお茶も飲んだ。夜は、いかにもお嬢様という感じのウェディングドレスみたいなドレスを着てマナーレッスンを受けたり。オレガノ隊長には、アンゼリカさんに剣対槍の稽古をつけてもらうと言って出てきてしまったので、ちょっぴり後ろめたい気持ちもあるものの、とってもとっても楽しかった。
私、日本にいた時も一人暮らしを始めてからは、こんなにのびのびと遊びに行く機会なんてなかったのだ。だからアンゼリカさんがいてくれて、本当に良かったなと思う。
それだけに、かつて、こんなに素敵なアンゼリカさんがいたポジション、クレソンさんの隣にいる私は、いろいろと責任重大だなぁとも感じるのである。
最近、クレソンさんとはすれ違いが多くなっている。まだ付き合ってもいないのに倦怠期みたいとか、悲しすぎるよ。
今夜こそ、捕まえておしゃべりしてみよう!
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