第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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97魔石になっちゃった

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★エース視点に戻ります。

 クレソンさんと第二騎士団団長が繋がってたなんて、初耳だよ! 私はラベンダーさんとマリ姫様から「アイツはヤバイ。触るな危険!」と刷り込まれていたので、いつの間にか味方になってるなんて思いもしなかった。それに、以前トリカブート宰相が屋敷が火事になった時に逮捕された時も、いろんなことを揉み消したのって第二騎士団でしょ? その親玉が今更クレソンさんと仲良くしてるとか、どんな風の吹きまわしだろう。不思議を通り越して気味が悪い。

 で、その第二騎士団団長のニゲラさんから、追記ほどクレソンさんの元へ魔術の手紙が届いたのだ。今私とクレソンさんがいるのは総帥室。あ、あのポスター? 未だに貼りつけられてますよ。ご丁寧にラミネート加工みたいなものまでされて、立派な特注の額縁に入ってる。ここまでする必要があるの?と、誰かツッコんであげてほしい。

「呼ばれたんですか?」
「あぁ。いよいよだ」

 クレソンさんの言葉「いよいよ」には万感の思いが込められている。念願の王子の地位復活。私は盛大にお祝いしようとしたけれど、すぐに止められてしまった。まだ、早いと。まだあの人達がのさばっている今、決着をつけてこそ王子としての価値が出るのだとクレソンさんは言った。ちょっと、カッコよかった。仕方ないから、私はディル班長にも手伝ってもらって、夕飯だけは豪華にさせてもらったよ。

「クレソンさん、がんばりましょうね」
「僕は大丈夫。エースこそ、もっとリラックスして」

 そんなこと、できるわけがない。私は今から宰相室へ向かうのだ。

 ニゲラ団長が、宰相派の重鎮二人を部屋に引き付けてくれているという。私とクレソンさんはそこへ突入して、彼らを結界に閉じ込める。後は、なんとか私が集中力を切らさずに結界を維持し、クレソンさん達が貴族会とかいう集まりに二人を連行して、数々の罪を暴き、裁くという算段。あくまでハーヴィー王国の法律に則った正攻法でケジメをつけたいのがクレソンさんの意見なのだ。そう上手くいくかなぁ。

 この作戦も、私がいかに二人を長く拘束して、いかに外部の人と接触させないかにかかっている。私の役目は責任重大だ。私は日頃から結界を使うことはあっても、長く維持させた経験は少ない。特別なのは、お城の結界ぐらいじゃないな? あれは仲間である第八騎士団第六部隊の皆やクレソンさん、マリ姫様への思いが込められているから、そうそう壊れることないだろうけれど、あの二人となれば話は別。ついつい自信を失くしてしまうのだ。

 私は小さくため息をつくと、いつもの槍を手にとって、クレソンさんの後ろを追いかけた。


    ◇


 目的地であった宰相室は、入る前から物々しい空気が流れていて、廊下にまで緊張した空気が漂っている。部屋の中から溢れ出る殺気で、ほっぺがヒリヒリして痛い。

「クレソンさん」

 不安になって、彼の顔を仰ぎ見る。いつもの彼ならば、ここで心配無いとばかりにほほ笑んでくれそうなのに、今は扉の向こうを見つめたまま固い表情だ。

「エース、予定変更になるかもしれない。ついて来れる?」
「もちろんです」

 私は待つばかり、守られてばかりの女の子を辞めたのだ。私は大好きな人の隣に並び立ち、役に立ちたい。少しでも、一瞬でも、同じ視点の同じ景色を見て、一緒に悩んで、いろんなことに立ち向かっていきたいのだ。

 改めてそんな思いを膨らませていくと、自然と心が凪いでいった。よし、行ける。私は愛用の槍をしっかりと握り直す。

「クレソンさん、任せてください」

 今度こそ、いつもの笑顔を見ることができた。いざ、突入!

 まず、クレソンさんがドアをノックする。この時点で、軽く金の魔術が展開されていたような気がする。扉の向こうから、中の人の動揺が伝わってきたからね。

「入れ」

 いつも以上に冷たく固い返事がかえってきた。クレソンさんが一瞬こちらを振り返ってニヤリとする。その余裕が羨ましいと思っていたのも束の間。扉が開け放たれた。その刹那――。

「やめて!」

 気づけば、私はクレソンさんと自分を結界で覆い尽くしていた。なぜなら、部屋の中の空気が真っ黒だったからだ。異常すぎる。中の三人の顔が朧気にしか見えないぐらいの濃度。こんな狭いところで、黒の魔術が展開されているなんて、自滅覚悟の特攻にほかならない。

「正気か、トリカブート宰相」
「すぐさま結界で保身するとは小賢しい」

 白と金の光を纏うクレソンさんは、数メートル隔てて黒の煙を巻きつけたトリカブート宰相と対峙している。

「このままでは、黒の魔術に冒されて死ぬぞ。お前達には裁きを待ってもらう必要がある。まだ死なれるわけにはいかないな」
「裁き? はっ! これだから甘いのだよ。君のような成り上がりの王子は、私のように長年の経験と知識、そして実績に裏付けされた信頼ある判断力が、尽く欠けているようだ。砂上の楼閣に立った気分はどうかね? 実に滑稽だよ」

 宰相は私達の結界を黒の煙が覆い尽くす時間稼ぎがしたいのか、かなり饒舌。クレソンさんを煽るようなことを言っているけど、クレソンさん自身は涼しい顔をしたままだ。

「エース、今だ」
「はい!」

 私は自分を覆う結界の外に手だけを出して、すぐに白の魔術を発動させる。これだけ充満した黒の魔術を打ち砕くには、きっと最大出力じゃないと歯が立たない。私はありったけの魔力を注ぎ込んだ。もう汗がびっしょり。そして。

「行けっ!」

 白の太い光の柱が真っ直ぐに部屋の中へ吸い込まれていく。どんどん吸い取られていく。まだ終わらない。え、なんで? これだけやっているのに、全く黒い空気が薄まらない? それどころか、私の白の魔術が押し返されて、相殺どころか少し負けてる?!

「クレソンさんっ」

 クレソンさんも、これは予想外のことだったらしい。必死で慌てた様子を隠そうとしている。

 もしかしてこのままじゃ、私とクレソンさんはこの黒の魔術に飲み込まれてしまう?!

「やっと気づいたようだな、料理以外は無能な娘よ」

 私はハッとして宰相の方を見た。

「黒の魔術は白の魔術と拮抗する程強いのだよ。いや、使いようによっては、白を凌ぐ。全てを黒く塗りつぶすことができる!」
「だが、黒は金に勝てないはずだ」

 次の瞬間、クレソンさんから圧倒的な何かが解き放たれた。私はびっくりして床に尻もちをついてしまう。

「それは、どうかな? 先手をとったのはこちらだ。アルカネット、やれ! 黒の魔術の真髄を見せてやるのだ」

 すると、アルカネットさんらしき人影がゆらりと揺れた。と思ったら、黒い煙が急激に増えて、まだ部屋の入口にいる私達の足元に絡みつくようにそれが流れてきた。

「クレソンさん、ここは一度退いた方が」
「いや。エース、このままでは奴らは魔物化する。確かに僕は甘かったかもしれない。作戦変更だ! 魔術はもういい。物理的に、潰す!」

 クレソンさんは私と私の槍を一瞥すると、一歩部屋の中へ踏み出した。確かに金の魔術はすごい。でも、正直言ってクレソンさんはまだ使いこなせているわけではない。一方、相手は黒は魔術の手練。あれだけの煙に巻かれているのに、平気な顔をしているのも不思議だ。こっちなんて、息も辛くなりそうなのに。

 クレソンさんは、剣を鞘から抜いた。と思った時には、宰相に斬りかかっていた。宰相を庇うように立ちはだかるのはアルカネットさん。ニゲラ団長は失神したような様子で離れたところの床に転がっている。

「この人は殺させないよ」
「大人しくしてくれたら、殺すつもりはなかったんだけどね」
「出来もしないことをほざくなんて。これだからお坊ちゃんは」

 二人の、ある意味息のあった演舞のような立ち合いは、脳をつんざくようなヒステリックでリズミカルな剣戟の音をBGMに続いていく。私は動けなくなってしまって、ひたすらクレソンさんの無事を祈りながら見守ることしかできない。

 次第に、クレソンさんの背中から漏れ出るオーラは、金色を強めていく。同時に、薄暗い程に充満した部屋の中の黒い煙が心なしか薄まり始めた。アルカネットさんは、チラチラと宰相の方を気にしている。宰相本人は黒と金の魔術の両方に冒されてしまったのか、ほぼ動けないらしく、時折体を痙攣させていた。クレソンさんは、青薔薇祭で首位をもぎ取れる実力なのか、まだスタミナがありそうだ。

 もしかして、このままクレソンさんが押し勝てる?! 私の心に僅かな希望が膨らんだ途端、事態は急展開を迎える。

「余所見なんかして良いのかな?」

 クレソンさんの声が合図だった。

 クレソンさんが、やや重心を低くして、アルカネットさんに庇われるようにして床に座り込んでいるトリカブート宰相へ急接近する。ここからは全てがスローモーションで見えた。

 クレソンさんの剣の軌道の先にあるのは、宰相の心臓。振り向きざまに焦りを隠せないアルカネットさんは必死の形相で。それにも構わず、剣は真っ直ぐにターゲットの息の根を止めに行く。のだが、到達したのは宰相の体ではなかったのだ。

 血飛沫が噴水みたいに上がる。

「お前」

 ずっと動けなかった宰相が、掠れた声を出した。

「貴方様を汚すわけにはいきませんでした」

 見ると、アルカネットさんと宰相の間に薄っすらと白い光の膜がある。あれは、確かに結界だ。ほのかに白の魔術の気配もある。アルカネットさん、使えるようになってたのか。光の膜は、クレソンさんの剣によって貫かれたアルカネットさんの腹から出た血を、見事に受け止めていた。

「エースの言う通りだったわ。白の魔術は気持ちの強さが肝だと。あたくしの最初で最後の清らかな魔術が、トリカブート様をお守りすることに役立てて、私は……」
「アルカネットさん!」

 私が思わず駆け寄ろうとすると、それをクレソンさんが阻んだ。本当だ。アルカネットさんの体が、急激に黒の煙に巻かれていく。黒と白を共存させる人物。とても珍しくて異様で、それでいてアルカネットさんらしい姿がそこにある。血が大量に出ていること以上の痛々しさが、その背中から伝わってきて、私は泣きたくなってきた。

「トリカブート様、間もなくあたくしは魔物化します。すると、この部屋の黒の魔術の制御も効かなくなり、貴方様も同じ道を辿ってしまいます。奴らの手にかかるぐらいでしたら、自決を」
「ば、馬鹿なことを言うな。私は死なぬ。せねばならないことが山程あるのだ」
「さすが、でございます。ならば、最後にお情けを頂戴したく。これから魔物化します。トドメを。そして、魔石になったあたくしを、どうかこれからもお側に」

 アルカネットさんはコートから小瓶を取り出すと、その中身を飲み干した。もしかして、れいの、魔物化する薬?!

「心から、お慕いしておりました」

 この失血量でまだ動けるなんて。びっくりしている間に、もっと驚きの変化が起こった。アルカネットさんの体が一気に真っ黒に染め上げられていく。さらに、人の声とは思えぬ寄声が発っせられたのだ。体は一回り大きく膨れ上がり、背中からは蝙蝠羽が生え、額からは角、手足からは鋭い爪が急成長を遂げる。

 まさに、魔物。

 魔物は、宰相を見下ろしていた。宰相は、怖気づいて後退ることすらできない。

 そして。

 再びアルカネットさんは、背後から剣を受けた。
 それを待っていたかのようにも見えた。
 剣を受けて緑の血飛沫を上げ、仰け反るようにして床に倒れ込む。一瞬見えたその顔はまるで満足げに笑っているようで。


 魔物の血特有の鼻の奥にツンっと響く生臭さが部屋を占拠する。トリカブート宰相は、しばらく呆然とアルカネットさんだったものの亡骸を見つめていた。

 クレソンさんはゆっくりとした歩みで亡骸の頭部に近づく。慣れた手付きでナイフを使い手早く解体すると、中からツルリと光る赤い魔石を取り出した。拳ほどもある、情熱の赤。アルカネットさんの人生と愛が詰まった結晶。クレソンさんは、宰相の足元にそれを置く。宰相は黙ってそれを手に取ると、誰かに盗られるとを恐れるかのように、素早く上着の内ポケットに片付けてしまった。そして、上着の上からしっかりと魔石を抱きしめる。

 私は、ついに泣いてしまった。

「エース、今だ」
「はい」

 私は、白く温かな結界で、魔石を抱えるトリカブート宰相を包み込んだ。

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