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プロローグ

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「何かがおかしい」と、心から思うようになったのは一体いつからなのか。
物心がついた時から暮らしている伊勢会津いせあいづ市は、何かがおかしかった。
いや、『何かがおかしいと昔は思っていなかった』と言った方が正しいのだろうか。
つまるところ、歳を重ねる毎におかしさに気づいたと言うべきかもしれない。

サンタは実在するかと問えば、大体の人は「そりゃオメーの親御さんだぞ」とさらっと子供の夢をぶち壊すところだろうが、この都市では『誰もそれを疑わない』のである。正確には『俺以外』誰も疑っていない…というか、いる。

…誰が? サンタが、である。

クリスマスイブの夜に、トナカイが牽いているソリに乗って、紅白の防寒着とナイトキャップのようなものを被った、空を駆けるひげもじゃのおじいさんが、確実に視認できるのだ。
マンガやアニメの世界で見るように「フォッフォッフォ」と笑ってすらいる。なんだったらこのおじいさん、俺の家から5軒ほど離れたところに一軒家を構えて住んでいる。
表札には三田みたと書いているが、どうあがいてもサンタとしか読めない。でも誰もこのお方がサンタだとは思っていない。定年後の余生をのんびり過ごす、どこにでもいるご老人…それが周囲の認識。

これだけではない。うちのお隣さんに江風かわかぜさんというそれはそれは美男美女のご夫婦がお住まいなのだが、こっちはもう疑いようもなく二次元の世界にいるエルフである。
商店街に精肉店を構える大貝おおがいさんは、日本人とは思えない程筋骨隆々で身の丈2mは超えている。お分かりいただけただろうか、こちらはオーガである。多分。
街の郊外にひっそりと佇む伊勢会津稲荷神社、そこの娘さんで俺の同級生だった玉藻曜子たまもようこ。…最早ここまで来ると隠す気は一切無いとお見受けします。逆に潔い。

…とまぁこんな感じで、風貌と名前で何もかも察せるイージー仕様になっているにも関わらず、だーれも変だとは思ってないのである。



…というかこの口調疲れるんで普通に戻すよ? いいね?

とにかくこの『名は体を表す』辺りから始まった違和感は、最終的に街全体に対して抱いてしまう。

まず学校が小中高大とエスカレーター式になっている。…あ、高校卒業すればそのエスカレーターは降りていいんだけども。まぁこれは割と無くはないシステムではある。
何がおかしいのか、それはここが『特例を除き、他都市からの編入を認めていない』という事だ。ぶっちゃけて言うとここの学生は全て伊勢会津市民だけで構成されている…だけならまだしも、教職員に至るまで自給自足。
これは完全に閉鎖空間ですねぇ…と、某限定的超能力者のような事も言いたくなるだろこんなもん。

あと基本的に伊勢会津市から出る場合は許可が必要になる。学校のはもちろん、市役所にもだ。出身市から出て観光をしたいと思ってもこのめんどくさい手順が待ってると思うだけで避けたくなる。
そして過去に一度だけ中学生の時に、このめんどくさい手順をがっつり踏んだ上でよその街へと家族と1泊旅行をキメた時、俺は運悪く街の人混みの中で同い年ぐらいの人と肩がぶつかってしまった。
中学生と言えばイキりたい盛りと言うかオラオラしたいと言うか、まぁヤンチャ故にこういうド定番な文句吹っ掛けてくるじゃないっすか。

「オメェどこ中だよ?!」って。

んで普通に返すじゃないっすか、『どこって伊勢示現中いせじげんちゅうだよ』って。
なんで伊勢会津市なのに伊勢会津中じゃないんだって疑問は俺にも解決できないから諦めてくれ。

…まぁ話の腰を折ってしまったけど、結果として少年とそのお仲間が平謝りしてきました。もう意味わかんないよね!
一緒にいた俺の姉に『なんであんなめっちゃ謝ってくるん?』って聞くよね普通に。

でも返ってくる答えは、俺が今まで親から、学校から、市役所から、ありとあらゆるところで質問して返ってくるものと一緒だった。



『いやーこれはしょうがないからねぇ』



…この言葉の意味するところを知ったのはもう5年も前の話になるけども、これを見ている人にとっては、明日以降に理解の追いつくものとなるだろう…と、どっかで聞いたような〆でこの物語は始まっていくゾ!
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