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地方都市 伊勢会津

市民旅行ってどういう事なのか

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桜咲き誇る春の折、皆様におかれましてはご健勝のことと存じます。

…なんてビジネス文書みたいな書き出しをしてみたけども、とにかく季節は春、4月1日です。
今日は朝からいつも通り目覚ましで起きてスーツに着替え、1階に降りて朝食を摂ろうとしたところ、俺以外の皆から大爆笑されるというスタートを切った。

「お、お兄ちゃん…! きょ、今日はお仕事無い日だって市報で連絡来てたじゃん…!」

目一杯に涙を溜め、肩を小刻みに振るわせて全力で笑いを堪えて俺にそう伝えてきたのは、1つ下の妹である東條さくら。
中肉中背、平々凡々を絵に描いたような兄である俺の、おそらく母の胎内に忘れてきたであろう突出した部分を全部持って行ったと思われるさくらは、結局この説明をした後に盛大に笑いまくりむせまくり、美少女にあるまじき『鼻から食ってた米が飛び出る』という、家族以外が見たら黒歴史間違いない惨状を繰り広げてくださった。ざまぁ。そして全力のローを食らわされた。解せぬ。

「いやーアンタは予期せぬところで良い笑いを提供してくれるわぁアッハッハッハッ!」

俺がローを貰ったところで腹抱えてゲッラゲラ笑っているのが姉である東條桃華ももか、こちらも俺と1つ違いで、俺が進学しなかった大学へと通っている『伊勢会津の至宝(笑)』と呼ばれる有名人だ。(笑)は俺が付けた。
こっちもこっちで俺に提供を拒むかのようにいいとこどりしている見た目で、何より現状大学主席と来たもんだ。神様は女性に対して初期設定の数値を高く設定し過ぎじゃないですかねぇ…?

「あらあらあら、そんなに笑っちゃダメですよ~! お仕事頑張ってる証拠なんですから~!」

そんな姉妹をやんわりふんわりと注意して俺を庇ってくれたこちらの聖女様が我が母、東條アリス。下の名前から分かるように生まれは海外との事。
こっちもこっちで40代だというのに見た目は明らかに姉と同じぐらいの、俗に言われるところの『美魔女』とやららしい。口調も相まって割と姉より年下だと思われる事も少なくはない。だから神様は云々かんぬん。

「仕事熱心なのは感心するけども、一応市報には目を通しておこうな…?」

苦笑いと共に俺にそう告げてきたのは、我が家の大黒柱である東條睦月むつき。ちなみに1月生まれではない。どうして睦月なんて付けたのかじいちゃん達に聞いてみたいもんだ。
こっちは男性だから俺と同じ……なんて問屋が卸さなかった。中性的な顔つきのイケメンでかつ母さんと同じく見た目が若い。ちくしょう、神様なんて一生信仰してやんねぇ…!



…まぁ一通りお言葉を頂いたところで、とりあえずおとんに言われた通り動きやすい恰好に着替えて来てから俺も朝食をいただく事にした。あぁ~…俺の傷付いた心に味噌汁が染み渡る…!

「まぁ市報を読んでなかった俺が全面的に悪いとして、だ。市全体が休みってそれ生活とか流通とか色んなとこに支障をきたさないの?」

視界に入る範囲に置かれた市報にはこう書いてあった。

きたる4月1日は15年に一度の市民旅行の日です。』と。

…市民旅行? 15年に一度?
いやぁ…この都市がえっれぇ金持ってんのは知ってたけども、10万総市民一斉の旅行たぁおったまげである。

「大丈夫だよ、そもそも色んなものが大体自給自足自己完結してるような都市だからねここ。一部の会社では外部との繋がりがあるとこもあるけども、から」

…やたらと自信満々に言い切る我が家のおとん。一体この都市にはどんな秘密があるのか知りたいところだな。



ん? 『15年に一度』?



「おとーん、これ15年に一度って書いてあんだけど、前の市民旅行の時って俺5歳だよな? 一切記憶に無いんだけど」

議員の秘書みたいな言い分してるけど、さすがに5歳だと自我もあるし記憶だって残ってるハズ…なんだけど、俺には一切そういう記憶が無い。というか旅行という旅行は、学校の修学旅行以外だと中学の時に市外に出た時ぐらいしか覚えが無いんだけど。

「…集合場所ではしゃぎすぎてスッ転んで頭ばちこーんぶつけて、出先でずっと寝込んでたから記憶に無くて当然と言えば当然かなぁ…」



Oh…
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