光の巫女

雪桃

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第2章 リースへ

迷子

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 数分前。
 千花は1人寂しく人が密集する道路に固まっていた。

(は、はぐれちゃった)

 千花は焦りを顔に貼りつけながら左を見て、右を見て、再び前へ向き直す。
 どこを見ても黒髪のスーツを着た、歳に似合わないほど若々し気に見えるイケメンはいない。
 千花の顔から徐々に血の気が引いていく。
 周りは皆言語の通じない人達ばかりだ。
 邦彦の居場所はおろか、自分が迷子であることも伝えられない。

(そうだお城! 国王様なら先生を呼んでくれるかも)

 そう考えた千花は善は急げとばかりに回れ右をして向こうにそびえ立つ王宮へと足を進めようとする。
 しかしいくら歩いても前へ進めない。

「す、すみません。通してください」

 千花が日本語を発しながら波に逆らおうとするが、それ以上に体格のいいリースの人々が押し寄せてくる。
 もちろん彼らに言葉は通じない。

(人が多すぎて全然先に行けない。それどころか遠ざかっていくし)

 東京の、人が密集している所まで行って慣れればまだ対処の方法も見つかっただろうが、生憎千花はあまり人混み慣れをしていない。
 抵抗しようにも言葉も通じず、身長も体格も勝てない千花は為す術もなく波に身を任せて流されていく。

(と、とにかくまずはこの波から抜け出さないと)

 千花は足をもつれさせながら何とか目だけを動かして空いている所はないか確認する。
 その時、薄暗く誰もいないであろう場所を見つけた。

(路地裏だ!)

 千花は体をできるだけ縮こませ、足と足の間を潜り抜けながら人がほとんどいない路地裏へと足を踏み入れた。

「あー体が楽になった」

 千花は全身を少し伸ばして固まった体をほぐす。
 夢中で気づかなかったがあの人混みの中で何度か肩をぶつけられたり足を踏まれたりしたため千花はボロボロだ。

(さてと、やっぱりお城に行く以外選択肢はないよね)

 路地裏に着いてすぐにスマホの存在を思い出した千花だが、やはり異世界で電波は通らないらしい。
 ずっと圏外だ。

(そもそも異世界に来てスマホが壊れてないだけ運がいいのかな)

 千花は隙間から見える王城をチラチラ視界に入れながら足を進める。
 路地裏と言っても見た目は住宅街のようで、あちらこちらに洗濯物が干してあったり、住民が会話していたりする。

(もの静か。さっきまでの賑わいとは別世界みたい)

 先程までの観光地のような明るい雰囲気も好きだが、千花はこちらの静かな環境の方が好ましい。
 自然はほとんどないが、この静けさは故郷を思い出す。

(お母さん達元気かな。春子と雪奈はもう高校生活に慣れたかな)

 たまに思い出す故郷の人達に千花は薄ら寂しさを覚える。
 この1ヵ月間、定期的に連絡を取ろうとは考えていたが、色々と忙しくまだ現状報告はできていない。

(……帰りたいなあ)

 そう思い立って千花ははっと首を横に強く振った。

(何感傷的になってるの。ただ迷子になっただけ。進み続ければ解決するんだから)

 頬を軽く叩きながら千花は再びレンガ貼りの道を歩き始める。
 着実に王城へ近づいているはずだ。

(もしかしたら安城先生も一度戻ってるかもしれない。この距離だと後10分くらいで……うっ)

 千花は急に顔をしかめて立ち止まる。
 考え事をしている最中に鼻を衝く悪臭が襲いかかったのだ。

(何この臭い……お酒とタバコと、卵が腐ったみたいな)

 あまりの臭さに涙が出てくるが、何とか目の前を見る。
 そこに映っていたものは先程までの平穏な路地とは異なっていた。
 所々に散らばっている食べ物や酒瓶の数々、ネズミや鳥の死骸、そんな汚い道にだらしなく座り込んでいる白髪だらけの人間。

(これっていわゆるスラムってやつじゃ。なんで私こんな所に)

 考え事をしながら城だけを見て歩いていたせいで、いつの間にか入ってはならない領域にまで辿り着いてしまったらしい。
 とにかくここから出ないと狙われると可能性がある。
 そう思って千花が元来た道を引き返そうと振り返るが、そこに道はなかった。

「え……」

 そこにあったのは大きな壁──ではなく2メートルはあるだろうガラの悪い坊主頭の男だった。
 男は青ざめる千花を上から射殺すように睨む。

「──」

 男が低くドスの効いた声で千花に話しかける。
 しかし千花には口だけ動いて見えるだけで声は届かない。

「す、すみません。言葉が、わからなくて」

 千花はパニックに陥り、つい日本語で謝ってしまう。
 それが男の癪に障ったらしく、1つ舌打ちをすると近くの壁を乱暴に殴った。

「ひっ!」

 男が殴った壁の部分が拳型にひび割れる。
 千花は命の危機を感じ後ずさろうとするが背後からいくつか足音が聞こえてくる。
 後ろを見やればそこには大男と同じ体格の、ガラの悪い男達が千花を取り囲んでいた。

「──」
「──」

 男達がとにかく口を動かすが千花には何も聞こえない。
 もしかしたら親切に道案内をしてくれるのかとも考えるが、彼らの表情からしてそれは間違いなくありえない。

(に、逃げ道。さっきみたいにどこか隙をついて)

 千花が目を四方に巡らせていると、最初に対峙した男が千花の首を鷲掴んできた。
 そのまま乱暴に揺さぶられながら足を地面に引き離される。

「うっ」

 衝撃に一瞬脳が思考を停止するが、それも男の醜悪な笑みで戻る。
 たとえ異世界だろうとここから展開されることは1つ。
 金目の物を取られて身ぐるみを剥がされて男達の好きなように弄ばれることだ。
 千花の予想通り男達は段々近づいてきて千花の体に手を伸ばす。

(こんな所で諦めるわけにはいかない)

 千花は大きく息を吸い込むと掴まれた首を軸にしながら必死に足に力を入れ振り上げる。
 千花の爪先は運良く男の顎に強く当たり、掴んでいる手の力が緩んだ。

(今だ!)

 千花は体勢を低くして全速力で男の輪から抜け出す。
 男が何か叫ぶように口を動かすが、千花には気にしている暇はない。

(走れ、走れ! この暗い場所から離れてどこかに隠れないと)

 千花は一心不乱に薄暗く汚い通路を走り抜ける。
 息も段々切れてきたが足音はまだ近づいてきている。

(まだだ。もっと逃げないと……)
「わっ!」

 千花が更に足を踏み出そうとしたが、その直前何かに足をとられ、よろけながら転ぶ。
 その際に制服のポケットに入れていたスマホが落ちてしまう。

「何が引っかかって」

 千花の足を引っかけた正体を見下ろすと、そこには魔法陣が浮かび上がっていた。

「──」

 千花が気配に気づき顔を上げると先程の男達がまだついてきていた。
 顎を蹴られた男の手には同じ魔法陣が浮かんでいる。

「あっ」

 そうだ。
 リースの人間は皆魔法が使える。
 それは身分に限らず全員だ。
 しかし千花は浄化する以外の魔法を知らない。

(足が、動かない)

 立ち上がろうとする千花だが、足を魔法で捕らえられていてはそれも叶わない。
 そうこうしているうちに千花の頭上から男の色黒の大きな手が降ってくる。

「安城先生!」

 千花は何もできず邦彦の名を叫ぶ。
 しかし男の手は止まらない。
 そのまま千花の首に男の手が重なろうとした。
 千花は恐怖に目を強くつぶる。
 その瞬間。

「──」

 千花の後ろから足音が聞こえたかと思うと何かを殴るような破裂音が聞こえてきた。
 恐る恐る千花が目を開けると、フードを被った何者かが男達を相手に戦っていた。
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