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第2章 リースへ
トロイメア城下街
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「トロイメア国第五十代国王シルヴィー・トロイメア。チカ・タガミを光の巫女候補に命じる」
国王が部屋中に通る凛とした声で言葉を唱える。
その瞬間国王の手から千花の体に向かって光の輪が通り抜けていった。
「?」
突然のことに首を傾げる千花だが、痛みも何かが当たった感触もないまま気づけば国王は手を下ろしていた。
「これで儀式は完了した」
「……今何をしたんですか」
国王がさも当たり前のように言うので千花は間抜けな声で問うしかできない。
「光の巫女は悪魔を浄化できる唯一の存在だ。故に国王である私が位置を把握したり連絡を取ったりしなければならないのだが、聞いていないのか」
つまり今の光の輪はスマホの位置情報や電話機能を千花にインプットしたということだろうか」
「あの、それってプライベートもないってことですか?」
「四六時中監視しているわけではない。命の危険がある場合には光が教えてくれる……と、事前に伝えられるはずだが」
国王が訝しむように眉根を寄せて千花を見下ろすが、当の本人は何も聞いていない。
失礼になるので後ろは見ないが、これも邦彦の仕業ではないかと考えている。
(どうせこれで問い詰めても『聞かれませんでしたので』で通すつもりでしょ!)
「はい聞いてました、と思います。儀式が終わったら私はどうしたらいいんですか」
「後のことは機関に任せている。クニヒコ」
「はい」
後ろで静かに待っていた邦彦を国王は呼ぶ。
「これからは今まで通りお前達に一任する。お前が言っていたこと、嘘でないことを祈っているぞ」
「承知いたしました」
邦彦が言っていたことがわからない千花は置いてけぼりにされている。
だがすぐに邦彦がこちらに来いとでも言うような目を向けてくるので国王に会釈して彼の隣へ戻る。
「失礼いたします」
邦彦と共に千花は謁見の間を出る。
2人が出たところで国王は玉座に腰かけ重く溜息を吐く。
「巫女の後継者……誰でも最初はやる気があるのだけど、あの子は大丈夫かしら」
謁見の間を抜けた後、千花が色々文句を言う前に邦彦が口を開く。
「それではこれから城下街を案内します。わかってると思いますがはぐれないように」
「子どもじゃないんだからわかってます」
千花はこれまでの鬱憤を晴らすように少しぶっきらぼうに返答した。
再び長い廊下を歩き、謁見の間と同じくらい大きい、翡翠色の扉が見えた。
「今から扉が開きます。危険ですからお下がりください」
何かのアナウンスのように伝えてくる邦彦に千花は大人しく従う。
千花がある程度離れたことを見届けてから邦彦は手を扉に当てた。
(また呪文?)
千花が今度こそ言葉を聞き取ろうと耳を傾けたが、邦彦が口を動かす前に扉が音を立てて動いた。
「ええ……」
「なんですか」
「いや、先生が言ってた呪文を聞き取りたかったなーって」
千花の言葉の意味を一瞬考え、「ああ」と邦彦は声を上げた。
「呪文ではなくただ扉よ開けと言っていただけです。ただこの国の言葉は翻訳されないと声すら聞こえないらしいですね」
「この国の言葉って。あ、日本語じゃないんですか」
「当たり前です。なんでそう思ったんですか」
言われてみれば当たり前のことだが、千花には言い分がある。
「だってさっき国王様と話した時もちゃんと通じてましたよ。あれは日本語でしょう?」
「いいえ、陛下が魔法を使ったんです。他国からも言葉の違う種族が謁見に来ますから」
「先に言ってくださいよ」
「聞かれませんでしたので」
お決まりの言葉が出てきた。
聞かないも何も知らないことだらけで聞けることが思い浮かぶわけないだろうといい加減堪忍袋の緒が切れそうだが、持ち前の忍耐力でギリギリ抑える。
「街に出たら言葉が通じませんよね。どうするんですか」
「僕は魔法が使えないのでギルドに行って付与してもらうしかありません。もちろんお金は僕が払いますから心配しなくてもいいですよ。あなたは迷わずついてきてください」
邦彦の言葉通り千花は斜め後ろをついて扉の外へ出ていった。
外へ出た瞬間、爽やかな風が吹き抜けていった。
「これがリースの世界」
千花は邦彦の後に続きながら城下街を左へ右へと眺めていく。
人が多い道には露店が並んでいる。
パン屋に果物屋、アクセサリー屋など様々な店が立ち並び、店主は口を動かしては客と会話している。
(何言ってるのかはわからないけど皆楽しそう)
日本には珍しい水色やピンク、ブロンドなど綺麗な色の髪や目を持つ人もいる。
「先生、後で街の中も見てみたいです」
「時間があったら周りましょう」
千花も年頃の娘だ。
そこら中に賑わっている店があれば気にもなる。
そして邦彦はそんな無邪気な千花を見て苦笑する。
(これから血に塗れる戦いをするというのに呑気なものだ)
この平和な風景がこの世界のごく一部だということを知らない千花を、邦彦は不憫に思った。
(この半年でリースについて説明したが、やはり当事者でない者には苦しめられている者達のことを考えることなど無理だろう。やはり革命を起こす者が現れるまで待つべきか)
確かに千花は今までの無理矢理連れてこられた候補者と異なり、自分の意思でリースに降り立った。
そこは認めていいだろう。
しかし彼女が対峙したのは悪魔の中でも最も下位に立つ低級悪魔だ。
これから待ち受ける更に上位の悪魔に出会った時、千花は恐れをなして逃げるのではないだろうか。
(陛下には嘘でないことを示したいが、それを決めるのは田上さんだ)
光の巫女の候補者はこれ以上増やしてはならない。
何人もいれば国王の加護も弱まる。
そのため邦彦は千花を最後の候補者にすると国王に誓った。
だからこそ千花が一度でも悪魔から逃げれば人間側は敗北する。
(何としてでも田上さんを繋げておかなければ。たとえ何を犠牲にしても田上さんだけは最後まで生き残らせる)
邦彦が心中で決意をすると同時に向こうから来た人と肩をぶつける。
それだけ道路に人が密集しているということだ。
「はあ。田上さん、気をつけてくださ、い……」
邦彦が人混みの中で千花が怪我をしないように後ろを振り返って確認しようとする。
だが、そこに黒髪の少女はいなかった。
「……田上さん?」
邦彦の声は千花には届かなかった。
国王が部屋中に通る凛とした声で言葉を唱える。
その瞬間国王の手から千花の体に向かって光の輪が通り抜けていった。
「?」
突然のことに首を傾げる千花だが、痛みも何かが当たった感触もないまま気づけば国王は手を下ろしていた。
「これで儀式は完了した」
「……今何をしたんですか」
国王がさも当たり前のように言うので千花は間抜けな声で問うしかできない。
「光の巫女は悪魔を浄化できる唯一の存在だ。故に国王である私が位置を把握したり連絡を取ったりしなければならないのだが、聞いていないのか」
つまり今の光の輪はスマホの位置情報や電話機能を千花にインプットしたということだろうか」
「あの、それってプライベートもないってことですか?」
「四六時中監視しているわけではない。命の危険がある場合には光が教えてくれる……と、事前に伝えられるはずだが」
国王が訝しむように眉根を寄せて千花を見下ろすが、当の本人は何も聞いていない。
失礼になるので後ろは見ないが、これも邦彦の仕業ではないかと考えている。
(どうせこれで問い詰めても『聞かれませんでしたので』で通すつもりでしょ!)
「はい聞いてました、と思います。儀式が終わったら私はどうしたらいいんですか」
「後のことは機関に任せている。クニヒコ」
「はい」
後ろで静かに待っていた邦彦を国王は呼ぶ。
「これからは今まで通りお前達に一任する。お前が言っていたこと、嘘でないことを祈っているぞ」
「承知いたしました」
邦彦が言っていたことがわからない千花は置いてけぼりにされている。
だがすぐに邦彦がこちらに来いとでも言うような目を向けてくるので国王に会釈して彼の隣へ戻る。
「失礼いたします」
邦彦と共に千花は謁見の間を出る。
2人が出たところで国王は玉座に腰かけ重く溜息を吐く。
「巫女の後継者……誰でも最初はやる気があるのだけど、あの子は大丈夫かしら」
謁見の間を抜けた後、千花が色々文句を言う前に邦彦が口を開く。
「それではこれから城下街を案内します。わかってると思いますがはぐれないように」
「子どもじゃないんだからわかってます」
千花はこれまでの鬱憤を晴らすように少しぶっきらぼうに返答した。
再び長い廊下を歩き、謁見の間と同じくらい大きい、翡翠色の扉が見えた。
「今から扉が開きます。危険ですからお下がりください」
何かのアナウンスのように伝えてくる邦彦に千花は大人しく従う。
千花がある程度離れたことを見届けてから邦彦は手を扉に当てた。
(また呪文?)
千花が今度こそ言葉を聞き取ろうと耳を傾けたが、邦彦が口を動かす前に扉が音を立てて動いた。
「ええ……」
「なんですか」
「いや、先生が言ってた呪文を聞き取りたかったなーって」
千花の言葉の意味を一瞬考え、「ああ」と邦彦は声を上げた。
「呪文ではなくただ扉よ開けと言っていただけです。ただこの国の言葉は翻訳されないと声すら聞こえないらしいですね」
「この国の言葉って。あ、日本語じゃないんですか」
「当たり前です。なんでそう思ったんですか」
言われてみれば当たり前のことだが、千花には言い分がある。
「だってさっき国王様と話した時もちゃんと通じてましたよ。あれは日本語でしょう?」
「いいえ、陛下が魔法を使ったんです。他国からも言葉の違う種族が謁見に来ますから」
「先に言ってくださいよ」
「聞かれませんでしたので」
お決まりの言葉が出てきた。
聞かないも何も知らないことだらけで聞けることが思い浮かぶわけないだろうといい加減堪忍袋の緒が切れそうだが、持ち前の忍耐力でギリギリ抑える。
「街に出たら言葉が通じませんよね。どうするんですか」
「僕は魔法が使えないのでギルドに行って付与してもらうしかありません。もちろんお金は僕が払いますから心配しなくてもいいですよ。あなたは迷わずついてきてください」
邦彦の言葉通り千花は斜め後ろをついて扉の外へ出ていった。
外へ出た瞬間、爽やかな風が吹き抜けていった。
「これがリースの世界」
千花は邦彦の後に続きながら城下街を左へ右へと眺めていく。
人が多い道には露店が並んでいる。
パン屋に果物屋、アクセサリー屋など様々な店が立ち並び、店主は口を動かしては客と会話している。
(何言ってるのかはわからないけど皆楽しそう)
日本には珍しい水色やピンク、ブロンドなど綺麗な色の髪や目を持つ人もいる。
「先生、後で街の中も見てみたいです」
「時間があったら周りましょう」
千花も年頃の娘だ。
そこら中に賑わっている店があれば気にもなる。
そして邦彦はそんな無邪気な千花を見て苦笑する。
(これから血に塗れる戦いをするというのに呑気なものだ)
この平和な風景がこの世界のごく一部だということを知らない千花を、邦彦は不憫に思った。
(この半年でリースについて説明したが、やはり当事者でない者には苦しめられている者達のことを考えることなど無理だろう。やはり革命を起こす者が現れるまで待つべきか)
確かに千花は今までの無理矢理連れてこられた候補者と異なり、自分の意思でリースに降り立った。
そこは認めていいだろう。
しかし彼女が対峙したのは悪魔の中でも最も下位に立つ低級悪魔だ。
これから待ち受ける更に上位の悪魔に出会った時、千花は恐れをなして逃げるのではないだろうか。
(陛下には嘘でないことを示したいが、それを決めるのは田上さんだ)
光の巫女の候補者はこれ以上増やしてはならない。
何人もいれば国王の加護も弱まる。
そのため邦彦は千花を最後の候補者にすると国王に誓った。
だからこそ千花が一度でも悪魔から逃げれば人間側は敗北する。
(何としてでも田上さんを繋げておかなければ。たとえ何を犠牲にしても田上さんだけは最後まで生き残らせる)
邦彦が心中で決意をすると同時に向こうから来た人と肩をぶつける。
それだけ道路に人が密集しているということだ。
「はあ。田上さん、気をつけてくださ、い……」
邦彦が人混みの中で千花が怪我をしないように後ろを振り返って確認しようとする。
だが、そこに黒髪の少女はいなかった。
「……田上さん?」
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