光の巫女

雪桃

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第2章 リースへ

空腹の少女、再び

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 千花が休んでいるところはギルド内の宿だったらしい。

「アイリーンさん。先程の続きをお願いします」
「はーい」

 邦彦が改良してくれた通り、翻訳機から流れてくる人々の話し声は大分収まった。
 どうやら先程のは半径1キロ先の声も明確に聞こえる設定だったらしい。

(そりゃ吐くよね)

 千花は邦彦の隣に腰かけてアイリーンと呼ばれた女性と対峙する。
 彼女はギルドに入った当初から色々介抱してくれている人だ。

「改めてはじめまして。ギルド受付嬢のアイリーンです」
「たが……あ、千花です」
「チカちゃんね。可愛らしい子が入ってきてくれて私嬉しいわ。お腹空いてない? お菓子もあるわよ」

 初めから積極的に来るアイリーンに千花が少々引き気味に仰け反っていると邦彦が割って入った。

「アイリーンさん、今は急いでいるので手続きだけでお願いします」
「つまらないの。でもいいわよ。我慢してあげる」

 アイリーンは少しいじけながら右手を上げて手招きするように二度手首を動かす。
 するとカウンターの向こうにある棚から数枚書類とペンが飛んできた。

「!?」
「その反応初々しいわね。前もそうだったわ。魔法に慣れていないから一挙手一投足目で追って」
「アイリーンさん」
「何よ、ちょっとくらい雑談したっていいじゃない。チカちゃん、これギルドに入る時の契約書。目を通したらサインしてね」

 邦彦とアイリーンが討論している間に千花は書類を見下ろす。
 全てこの国の言葉で書かれているが翻訳機のおかげか全て脳に直接入ってくる。
 そこに書いてあるものは日本の契約書と似たような秘密を守ること、公序良俗に反する行為は行わないことといったものだ。
 千花は斜め読みをしながらペンを手に取り、自分の名前を記す。
 それを三度行った後、アイリーンに書類を手渡した。

「ありがとう。それじゃあこれを」

 アイリーンが書類に目を通し確認すると、手の平を向けて円を描くように動かした。
 円が3周すると書類が青白く発光し、文字が紙から抜け出し千花の手首の部分に吸い込まれていった。

「えええ!?」
「はい契約完了。これでギルドの一員になりました」
「ありがとうございます」

 千花が驚きの声を上げながら手首を凝視している中で2人は何事もなかったかのように報告とお礼をしている。
 千花はなんと質問していいかもわからずに口を鯉のように開閉させるしかない。

「ああ田上さん。それは漫画にはない知識なんですか。その紋章はギルドに正式に入所した方につけられる証ですよ」
「入所した証?」

 一度落ち着いて千花は邦彦と手首の紋章を交互に見る。
 紋章はシンプルに腕輪といったデザインだが、中心にはクラゲの体のような丸に5本の棒が描かれている模様と仄かに青白い光が見慣れない。

「なんでクラゲなんですか」
「クラゲじゃありません。光の巫女が使用していた杖の先端にそのような王冠がついていたのです」

 棒だと思っていたものはどうやら巫女が分け与えていた眷属の力を枝分かれしたものらしい。
 どう見てもクラゲにしか見えないのは千花の先入観だろう。

「これを見せれば公認の場所なら入れるわ。通行許可証としても使えるから」

 ギルドの特権をアイリーンが教えてくれた。
 聞きようによっては随分便利な道具ではないだろうか。
 腕に付着しているということは失くす心配もない。

「腕さえ切り落とされなければ使いたい放題っていうことですか!」
「そうね。腕さえあれば、ね」

 アイリーンが一瞬暗い表情を向けて言葉を発したが、千花は気にした様子もない。

「他には何ができるんですか?」
「依頼受注、国の往来、パーティー登録、後は連絡手段としても使えるわね」
「依頼ってことは冒険ができるんですか!?」

 目を輝かせながら千花は邦彦の方へ顔を向ける。
 しかし邦彦は苦笑しながら首を横に振った。

「駄目ですよ田上さん。まだリースに来て初日のあなたを遠出させるわけにはいきません。良くても1週間後です」
「えー……」

 勝手に冒険者気分でいた千花はあからさまに落胆した様子を見せた。
 邦彦は話を切り替えるように一拍置いて口を開いた。

「それより観光をしたいのでしょう。僕の知っている範囲であれば案内しますよ」
「本当ですか!?」

 千花の興味の移り変わりはまるで幼児のようだ。
 アイリーンは千花の無邪気な様子に笑いながら見送る。

「チカちゃんは貢献してくれるといいわね」
「……そうですね」

 2人がそんな話をしていることに、有頂天でいた千花は知る由もなかった。

 ギルドから出た後、千花は外の賑やかさに一瞬躊躇いを見せた。

「こんなに人がいたんですね」
「気分が悪くなったら言ってくださいね」

 もちろん人が密集していたことは先程迷子になった時によくわかっていた。
 しかしいざ声も聞いてみるとやはり千花でも怖気づく。
 体格は外国人のように男女問わず大きくがっしりとしている。
 髪色も目の色も千花の知っているものはなく、本当に異世界なのだと実感する。

「さて、まずはどこから行きましょうか。大抵候補者は女性なのでおしゃれな所を好みますが……」

 邦彦が千花に問おうとした瞬間、盛大な呻き声が聞こえてきた。
 声の主を探そうと邦彦が視線を下に向ける。

「お腹空きました」

 悪びれる様子も恥ずかしがる様子もなく千花は腹を押さえながら邦彦に訴える。
 その間も腹の虫は盛大に鳴っている。

「……確か近くにパン屋があったので、そこに行きましょう」

 邦彦は初めて見る呆れた表情で千花を店へと誘導した。





 邦彦が奢ってくれるということで千花はパンを袋いっぱいに詰めてもらった。
 その数はどう考えても大の男が3人ほどいて丁度いいとされるくらいの量だ。

「安城先生太っ腹です!」
「いいえ、あの店は安いので。ただ賞味期限もありますがどうするんですかその量」

 千花と邦彦は大通りから抜けた公園のベンチに腰を下ろし一段落する。
 今いる公園は自然が豊かでのどかだ。

「もちろん食べますよ。残さず綺麗に」

 邦彦は地球の時間が書いてある腕時計を確認する。
 短針が5、長針が6を指している。

「夕飯まで1時間ですが、それが代わりですか」
「いいえ? 夕飯も食べますよ。これは小腹要員です」

 当たり前のように口にパンを放りながら千花は答える。

(その小さなお腹にどうやって貯めてるんでしょう)

 初対面の時からそうだ。
 千花は暇さえあれば色々口に入れては満足そうにしている。
 本人が幸せそうなので無理をしているわけではなさそうだが。

「これは食費が大変だったんでしょうね」
「はい?」
「いいえ」

 邦彦が思案している間に千花は2つ目のパンを口にしていた。
 選ぶ時に地球では見慣れない食材も入っていたので警戒しながら選んでいたが、元々好き嫌いのない千花は異世界の食べ物も難なく受け入れたらしい。
 美味しそうに食べている。

(幸せそうですね)

 人は空腹が満たされると笑顔になるとよく言うが、千花は特にそれを具現化したような少女だ。
 食べている姿を見るだけでこちらも笑顔になる。
 邦彦がそんな少女を見ていると千花も視線に気づいたらしく一度食べるのをやめ、考えた後不意にパンを1つ丸ごと邦彦に手渡した。

「どうぞ」
「はい?」

 千花が手渡してきたことに邦彦は反応できず疑問を返す。

「大丈夫です。まだ口はつけていないので」
「いえそうではなく。どうして僕に?」

 邦彦の問いに千花は首を傾げた。

「ずっと見てたので食べたいのかなと。奢ってもらって独り占めするのも悪いですし、良かったらどうぞ」

 千花が目を細めながら笑って渡してくるので邦彦は一瞬躊躇う。
 しかし好意を無碍にすることはできず、渡されたものを素直に受け取ることにした。

「ありがとうございます」

 受け取ってもらえた千花は笑顔を崩さずに半分になったパンを再び大きく口に入れた。
 邦彦は目の前に差し出されているパンと千花を横目で見ながら静かに瞼を閉じる。

(彼女が現実を目にし、絶望に立ち向かわなければいけない日はいつか来る。その時までは、この少女を守っていこう)

 邦彦は決意を固めながら、千花からもらったパンをかじった。
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