光の巫女

雪桃

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第2章 リースへ

大事な忘れ物

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 30分後。
 千花は空になった紙袋を小さく丸め、ゴミ箱の中に捨てた。
 本当に完食したことに邦彦は静かに驚いた。

「成長期と言えど、これは流石に」
「食べたら食べただけ体を使うんです。今はまだ落ち着いてるんですよ。2年前までは燃費が悪すぎてお母さんがたまに頭を抱えてましたから」
「そうでしょうね」

 幸い学食は毎日払わなくても学生証を見せれば食べられることになっている。
 手ごろな値段ではあるがこれが毎日となれば誰でも頭を抱えるだろう。
 魔法は体力を多く使うため千花のようにたくさん食べることは良いことではあるが。

「他に行きたい所は……と言いたいところですが、そろそろ寮の門限の時間です。また明日にしましょう」
「ここはずっと日が昇ってますけど」
「少し時差があるんです。1日以上離れることはありませんが平日となるとやはり活動時間は限られますね」

 今度ははぐれないように千花も邦彦も注意を払いながら王城へと向かう。
 翡翠色の扉に差しかかり、そうだと邦彦は千花を見下ろす。

「田上さん、折角なので扉を開けてみてください」
「え」

 一時間ほど前に滞在していた王城だが、15年間このような高貴な場所へ来たことがなかった千花は尻込みする。

「大丈夫です。『扉よ開け』と口にすれば誰でも入ることができますので」
「じ、じゃあ」

 千花は城下街へ出る前の邦彦の真似をするように──ただ心配なので両手を出しながら──少し力を込めて口を開いた。

「扉よ、開け」

 千花が言葉を口にすると、扉は独りでに重厚な音を立ててゆっくり奥へと開いていった。
 千花は感動したように目を見開いた。

「おおっ」
「そんなに緊張しなくても普段開けるような気持ちでいいんですよ。さあ、異世界の扉へと向かいましょう。僕がいなくてもいいように道を覚えてくださいね」

 邦彦は先導するように千花の前を歩きながら手招きする。
 高校の寮でも迷った千花だが、王宮内は更に広い。
 どうしたって邦彦なしにこの迷路を抜け出すことはできなさそうだ。

「心配しなくてもあなたが世界に慣れるまでは案内しますよ。仕事ですから」

 心の内を見透かされたように邦彦が先に答えたため、千花は少し気恥ずかしさを覚えた。
 恐らく自分より前の巫女候補も同じ質問をしてきたに違いない。

(安城先生って一体これまで何人の候補者を見つけてきたんだろう)

 千花は純粋な疑問を抱えたまま、まあいいかと邦彦の後に続きながらリースを出ていった。
 千花達が帰ってきたのは18時20分。
 門限の10分前だった。

「目立つといけませんので僕はここで離れます。今日は慣れないことばかりで疲れたでしょう。ゆっくり休んでください」
「はい」

 ここから行うことは昨日と変わらない。
 学食で夕飯を食べて風呂に入って明日の準備をして寝るだけだ。
 まだ宿題も出ていないため楽である。

(今日の夕飯は何かなー)

 つい1時間前に大量のパンを食べたと言うのに千花はもうお腹が空いていた。
 頭の中は夕飯のことでいっぱいである。

(ご飯を食べたら混む前にお風呂に入って。明日は授業が本格的に始まるからノートと教科書を用意して。後は……)

 長野の両親へ近況報告をしていないことに気づいた。
 路地裏に着いた時に考えていたことだ。

(まだ時間はあるし先にメールしておこう)

 千花がいつもスマホを入れているポケットに手を入れる。
 そこから四角い物体を探そうとするが掴んでいるのは空のみだ。

「あれ?」

 不思議に思って千花はバッグの中や私服の中を探す。
 いや、それはありえない。
 異世界で一度スマホを手にしたのだから。
 ポケット以外ありえない。

「……あ」

 千花は不意に思い出した。
 スラムの男達に囲まれた時、物音がして何か落ちたことを。
 それがポケットにあったものだということを。
 つまりスマホを落としたということだ。

「すみません! 安城先生を呼んでください!」
「あ、あの、用件は」
「聞きたいことがあります!」

 気づいたら千花は全速力で管理人室まで走り、必死に邦彦を呼んでいた。
 管理人は、普段は門限過ぎに教師を呼ぶことは禁止されていることも頭に入れる。
 しかし千花のあまりの剣幕に圧され、内線で邦彦を呼んだ。
 10分後、邦彦が談話室へと来た。
 その顔は完全に何故呼ばれたのかわかっていない顔だ。

「田上さん、どうされたんですか。体調が悪くなったとか」
「スマホを落としちゃったんです! お母さん達の連絡先が入ってるスマホを。逃げてる途中で」

 千花の必死さは伝わった。
 しかし邦彦の顔はみるみるうちになんだそんなことかと言ったような呆れた表情に変わっていった。

「新しいものを買ってもらえばいいんじゃないでしょうか」
「そりゃそうですけど、元のスマホがなければバックアップができないです。せっかく思い出の写真もいっぱい撮ったのに。それに連絡ができないと報告もできなくて」

 邦彦にとってはたかがスマホ1台落としただけでという感想が浮かぶが、千花にとっては唯一故郷と繋がることのできる思い出らしい。
 しばし考えた後邦彦は一度自分の部屋に戻り、すぐにスマホを2台持ってきた。

「とりあえず連絡手段用に僕のスペアを持っていてください。可能性は低いですが今度機関に頼んでスマホが落ちていないか確認させましょう」

 邦彦からスペアを受け取った千花は彼の言葉に驚いて顔を上げた。

「諦めろって言わないんですか」
「言ってほしいなら言いますが、人によって価値観は違います。手はあるのに提供しないのは大人としてどうかと思いますので」

 邦彦が正論を言うので、千花は呆気に取られたように目を丸くした。

「安城先生が優しい先生に見えます」
「今までも優しくしてたつもりですが」

 千花の遠慮のない感想に苦笑を浮かべつつ、邦彦は彼女を見下ろして口を開く。

「確実な保証はできませんが、尽力いたします。家庭の電話番号だけは登録してありますから、連絡したければどうぞ」
「ありがとうございます、安城先生」

 明らかにホッとした様子を見せて寮に戻る千花の背中を見送って邦彦は眉根を寄せる。

(思い出が、時に枷になることもあるんですよ)
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