光の巫女

雪桃

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第3章 ウェンザーズ

助けられるものは助ける

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「あの時俺が檻を開けなければ。親父じゃなく、俺が飲み込まれていればウェンザーズはこんなに衰退しなかった。国や民を苦しめたのは魔王だけじゃない。俺も悪魔だ」

 最後は独り言のようにリョウガは歯を噛みしめながら悔しそうに話す。

「ミラン達は俺のせいで苦しんだ。だから、殺された奴らの分もまとめて俺が魔王を殺す。たとえ相討ちになったとしても、俺が親父とこの国を救う。もう1人として犠牲は出したくない」

 今まで抱えてきた分を一気に吐き出すようにリョウガは言い切る。
 その姿に、千花はリョウガが何故頑なに1人にこだわるのか、ようやく理解できた。

(魔王の根城に乗り込めば必ず死者が出る。敵味方関係なく。リョウガは、レオ様の代わりに国を守ろうとした)

 ミラン達に協力しなかったのも、千花達を無理矢理突き放そうとしたのも、全ては悪魔との戦いに参加させないため。
 無謀ではあるが、心意気は国を背負う者として優秀なものと言えるだろう。

「……話は終わりだ。毒も抜け切る頃だし、俺は行く。お前は」
「私も行くよ」

 話を聞いてもなおついていこうとする千花を、リョウガは眉を寄せて横目で見る。

「あれだけ話をしておいてまだ理解してないのか」
「理解はしてる。リョウガがこれ以上犠牲を出したくないこともわかってる」
「なら」
「だから私も戦う。死なない確証はなくても、私は魔王を倒すためにこの国に来た。私にも、国を取り戻す手助けをさせて」

 強い意思を見せてくる千花にリョウガは絶句したような表情を浮かべる。

「お前みたいな小柄な女に魔王を倒せるわけねえだろ」
「リョウガも背丈はそこまで変わらないじゃん」

 千花の言葉にリョウガは青筋を立て始めた。

「俺が小柄だって言いたいのか」
「少なくとも興人よりは小さいよね」
「俺はまだ成長期が来てねえんだよ」
「今いくつ?」
「16だ」
「私と興人も一緒だけど」

 何をムキになっているのか千花にはわからないが、リョウガは悔しそうに顔を引き攣らせる。
 だがあることに気づいて話を変えた。

「お前身長はいくつだ」
「160センチ」

 千花の答えを聞くとリョウガは勝ち誇ったような表情を浮かべながら先を進み始めた。

「俺の方が5センチ高いな。お前の方が小柄だから大人しく助けを待ってろ」

 何を言われているかわからなかった千花だが、リョウガの言葉にはこちらも青筋を立てる。

「そんなに変わらないじゃん」
「いいや変わる。目線が全く違うだろ」
「私だって鍛えてるからそれなりに筋力も体力もあるよ。同じくらい」
「俺は野生の勘があるから、お前より敵をすぐに察知できるがな」
「さっきサソリの音を聞き取れなかったくせに」
「お前は油断して何度も殺されかけたな」
「次は絶対しないから」
「どうだか」

 再び馬鹿馬鹿しい口喧嘩をしながら2人は暗い道を進む。
 しかし先程のような憎しみのある言葉ではない。
 もう暴力沙汰は起こさないだろう──と、思われたが。

「リョウガは沸点が低すぎる」
「お前は言動がいちいち子どもっぽい」
「……短気」
「単細胞」

 段々2人の間の空気が悪くなってくる。

「私、まだ殺されかけたこと根に持ってるから」
「奇遇だな。俺も夜中に容赦なく腹に受けた攻撃が響いてるんだが」
「さっきも髪引っ張ってきた」
「お前は頭に窒息するくらい泥かけてきたな」
「わざとじゃないもん」
「俺もだよ。なんなら試してみるか」

 この2人は学習をしないのか、気づいたら先程のように武器を持って戦闘態勢に入っていた。
 そのまま千花が泥団子を発射しようとしたその時。

「っ!」

 同じく臨戦態勢でいたリョウガが急に腕を押さえて苦しみ始めた。

「っ……うっ」

 演技とは思えないその苦しそうな呻きに千花は急いで杖を下ろして駆け寄る。

「リョウガ!? どうしたの?」

 押さえている所は先程サソリに攻撃を受けた箇所だ。
 まさか毒が回っていたのか。

「違う。毒はもうなくなった」
「じゃあどうして」

 千花が呆然と呟くと、リョウガが袖を捲し上げて傷口を見せる。
 傷口からは、血とは思えない紫と黒の膿のようなものが膨れ上がっていた。

「これは……」
「触るな。多分これは、猛獣の毒じゃない」
「え?」

 リョウガに手を払い除けられながら千花は聞き直す。

「あの猛獣、魔王の血が入ってたのか。くそっ」
「魔王の血って? これは何?」
「多分、3年前親父を飲み込んだ奴と同じ。魔王の体にある悪魔の瘴気だ」

 瘴気と言われても千花には何のことかはっきりわからない。
 ただ、これが体内に蔓延してしまうと悪いことが起きるというのはわかる。

「これは魔法でどうにかならないの?」
「浄化の魔法を使えば」

 じゃあ、と千花が提案しようとすると、リョウガが諦めたように笑う。

「この国で浄化が使えるのは現国王の親父と、光の巫女様だけだ」

 リョウガが諦めた理由がわかった。
 レオは言わずもがな魔王に乗っ取られている。

「どうすれば」
「ベルト貸せ」

 千花が言いかけたところでリョウガが杖を収納しているベルトを指さす。
 何故、と思いながら千花は大人しく杖を地面に置いたままベルトをリョウガに渡す。
 リョウガは自分で素早く瘴気が回っている方の二の腕に、ベルトを鬱血する程強くキツく縛る。

「何してるの?」
「このまま全身に瘴気を回すわけにはいかない」

 ベルトを締め終わると、リョウガは魔法で雷の剣を生成する。
 千花でも持てるような細剣だ。
 リョウガはそれを千花に渡す。

「お前にも握れるようにしてある。これを使え」
「だから何を」
「俺の腕を斬れ」

 そう言ってリョウガは千花が斬りやすいように壁の出っ張りに腕を乗せる。
 しかし千花はその行動に血の気を引かせる。

「む、無理。そんな、腕を斬るなんて」
「このままじゃ体中に瘴気が回って猛獣になる。そうすりゃ味方を食い殺すか自分が死ぬかの二択だ。それなら腕1本なくなる方がいい」

 簡単に言ってくれるが、千花はもちろん人の体を斬ったことがない。
 ましてや剣を標的に振り下ろしたことすら危ういのだ。

「だ、だって」

 猛獣と対峙した時より、命の危険を感じた時より、千花は顔を引き攣らせて1歩後ずさる。
 その手で体の機能を失わせることが恐怖でしかない。

「今この場で俺が猛獣になってお前を殺すか、腕1本失くしても2人とも生き残って魔王を倒すか。どっちがいいかはお前もわかるだろ」

 真剣に千花を諫めるリョウガに、千花も苦しそうに顔を歪めながら覚悟を決めて剣を振り上げる。
 奥歯を噛みしめながら勢いよく剣をリョウガの腕目がけて振り下ろそうとした時だった。

『光の巫女は浄化の魔法が使える』

「あっ」

 気づいた瞬間、千花は剣を振り下ろすのをやめた。
 刃先はリョウガの腕とミリ単位の差もない。
 覚悟をしていたリョウガは千花が急に止めるので顔を上げて声を荒げる。

「お前……っ! 俺だって怖いんだからな!」
「……る」
「あ!?」
「私、浄化できる」

 千花の言葉にリョウガは眉を深く寄せて苛立ちを隠せないように睨む。

「戯言言ってないでさっさと斬れよ!」
「戯言じゃない。私は」
(できる、けど)

 今ここでリョウガに浄化の魔法を使ってしまえば邦彦との約束を破ることになる。
 浄化の魔法は一度きり。
 この前までも千花は魔法を沢山使った。
 この場で一気に魔力を使わなければならない浄化を行えば、べモスとの戦いの前に千花は力尽きる。

(腕を斬る方が、私のリスクも減る。浄化は、べモスに使うべき。でも、でも……)

 傷を残さずリョウガを助けられる方法があるのに、力任せにしてもいいのか。
 大幅な体力と引き換えにリョウガが無傷で助かるなら、そちらを選ぶべきではないか。

(安城先生、ごめんなさい)

 千花は急いでリョウガのベルトを取る。
 そのまま振りほどかれる前に瘴気が渦巻いている傷口に手を当てる。

「おい!」
「動かないで」

 瘴気の部分は触れているだけで火傷しそうになるほど熱い。
 千花はリョウガを制止すると呪文を唱える。

「イミルエルド」

 千花の手中から溢れんばかりの光が漏れ出る。
 真っ暗な室内を、目を覆いたくなるほど強い光が渦巻き、徐々に収束していく。
 目が慣れ、薄ら開けるとリョウガの腕はいつもの肌色に戻っていた。

(やっぱり、できた)

 若干息が荒いのは仕方ないとして、千花はリョウガの腕を隅々まで見ながら瘴気が残っていないことを確認する。

「リョウガ、痛みは……」

 千花が顔を上げてリョウガに尋ねようとする。
 しかしその顔を見て「あっ」と言葉に詰まる。

「なんで、お前」

 千花はもう1つ、邦彦と約束していたことを思い出す。
 たとえ味方であっても光の巫女の候補者であることをバラしてはならない。
 悪用する者が現れるから、邦彦がいない所で力を使ってはならないと。

「まさか、お前が光の巫女……」

 「違う、偶然だ」と言えたらいいが、そんな偶然あるわけないことくらい千花にもわかる。

(安城先生、いっぱい約束破ってすみません)

 心の中で土下座せんばかりに邦彦に謝ってから千花は戸惑っているリョウガの目を真っ直ぐ見つめる。

「私は、魔王を浄化して国を救うためにここに来た」

 千花の迷いのない答えにリョウガは何も言えず固まる。

「悪気があって隠してたわけじゃないけど、驚かせたことは申し訳ないと思ってる。でも、私が光の巫女だと知られた以上、リョウガには絶対協力してほしい。そのために、ここへ来たんだから」

 リョウガが過去を打ち明けたように、千花も正直に秘密にしていたことを話す。
 そのまま千花は疲労を抱えたまま立ち上がり、リョウガに手を差し出す。

「信じられなくてもいい。後で何でも説明する。だから今だけ、一緒にべモスを倒そう」

 千花の言葉に逡巡するリョウガだが、それも束の間、ぐっと唇を引き結ぶと千花の小さな手を力強く掴んだ。
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